2章・3主人公マリアンナ 3
時々忘れるんだけど、あたしも攻略対象なんだよね。ここはどう返事をするのが正解なんだろう。マリアンナには同情する。でもミリアムを悪役令嬢にする訳にはいかない。
「いいよとは言えない」
ウォルフの言葉に仰天した。いつだって親切で人付き合いのうまい彼とは思えないセリフだ。
「お前は知らないのかもしれないけど、ヴィーは宰相の子息だ。友人も王子殿下や王女殿下、財務大臣子息。オレは違うけど、ヴィーは貴族の中でもハイクラスなんだよ。クラスでろくに女友達もいないお前がヴィーと友達になってみろ。やっかまれるだけだ。本気で友達がほしいなら、まず同性の友達をつくれ」
言葉を失った。ウォルフの言ったことは、真実だ。謙遜するつもりはない。
でも。ウォルフがあたしはハイクラスで、自分は違うと線引きをしているとは思わなかった。アルもジョーもウォルフも、みんな同じ友達なのに。
「なんでヴィーがしょぼくれているんだ」
ウォルフがあたしの頭をわしゃわしゃした。
「お前とオレは友達」
「…なんでわかったの?僕が考えてたこと」
「単純すぎ」
ウォルフは笑ったが、すぐにその笑顔を引っ込めた。
「わかったか?」とマリアンナに言う。「お前のために言ってるんだぞ。ヴィーやアルベール殿下、ジョシュアと友達になるのはまだ先だ」
マリアンナは項垂れている。表情は見えない。けれど、ぽたりとシーツの上に水滴が落ちた。
「…どうしてそんなひどいことを言うんですか?」
ぽたり。ぽた、ぽた。
ウォルフは静かにため息をついた。
マリアンナが顔をあげる。悲しげな表情、流れる涙。普通の男なら、僕が力になるよと手を握りしめ…
って、この展開、さっきも考えたな。
「女の子の友達ができないからお願いしているのに。ウォルフガングさん、ひどいです。ヴィットーリオさんは友達になってくれますよね」
マリアンナの目はうるうるしていて、すごくかわいい。
「ごめん、ムリ」あたしははっきり言った。「今のウォルフガングの話を聞いたよね?まっとうな意見だよ。それに彼は僕の大事な友達だ。大事な友達のまっとうな助言を、頭から無視するような子とは友達になれる気がしない」
マリアンナは固まった。
この子はバカなのだろうか?
それとも男子には人気があるみたいだから、うるうるしていればあたしが友達になると言うと計算していたのだろうか?
どのみち、さっきまであった同情心もきれいさっぱり消えてしまった。
今までもこの調子で、人の助言を聞いて来なかったに違いない。キンバリー先生が今ゲインズブールの元へ行ってくれているのも、彼女のためではない。あたしがかわいいから(突っ込みたいのはひとまず置いておいて)だ。
そのままあたしたちは誰も口を開かなかった。
戻ってきた先生は、能天気にやっぱりだめだったよーと報告。ウォルフとあたしは丁寧にお礼を言い、医務室を後にした。
◇◇
今日もブラン家の馬車で送ってもらう帰り道の車中。なんだか酷く疲れた気分だった。
「なんだかごめん。巻き込んで」
あたしの言葉にウォルフは笑って、何を今更、と答えた。
「ヴィーには最初っから捲き込まれっぱなしだろ」
反論できないよ。
「でもさ、ウォルフガングがあんな対応をするのは意外だった。誰にだって人当たりがいいじゃないか」
「それじゃ商売にならないだろ。相手は見極めてるぜ」
「そうか。僕は見極められて、ハイクラスだから仕方なく友達になっておこうってとこかな」
「んな訳あるか」
語気強く否定するウォルフ。
「うそうそ。ごめん、わかってるよ。ありがと、友達になってくれてさ」
ウォルフは、おうと真顔で答えた。
「それにしても、マリアンナは変わった子だね」
「ああ」とウォルフは吐息して再びあたしを見た。「実は評判が悪いんだ」
マリアンナは昨年秋に学園の寮に入った。だからその頃から寮生との交流はあるのだ。だが、やはりというか、男子には人気があるのだが、女子とは上手くかなかったらしい。
女子の前では。自分は平民出身だからと控えめな様子を見せる。けれども一方で、莫大な魔力を保持していて、そのために研究生になれたのだとさりげなくアピール。そこには自分は選ばれたのだ、他の人とは違うのだという意識が強く現れているらしい。
ところが男子の前では、そんな様子は微塵も見せないで、可愛くて世間知らずの平民ですアピールをするそうだ。
ウォルフの一つ年上の姉(はじめてのお茶会に居合わせた姉だ!)が、騙されないようにねとの警告と共に教えてくれたんだそう。
ウォルフが実際に同じクラスになってみたところ、やはり姉の言葉は真実だと思えたそうだ。すでに数少ない庶民出身の女の子たちとの間に溝ができているらしい。それもマリアンナに選民意識があり、自分から距離をとっているせいだという。
さっきまでの彼女を見れば、悪評は事実だろう。
ゲームの主人公のはずなのに。ただの痛い、かわいそうな子じゃないか。
やっぱりこの世界は、単にゲームに似た世界というだけで、展開が同じように進むというわけではないのかな。
「ま、クラスメイトとして、程よい距離を保とうぜ」
ウォルフの言葉にうなずいた。
ノーマルエンドの場合って、主人公はどうなるんだったっけ?あたしにとって重要だったのは、ミリアムとレティを悪役令嬢にしないことだけだったから、他のことは気にしていなかった。
ゲームをプレイしていたのも、もう九年も前だから記憶も曖昧だし。
まあ、悲惨な結末ってことはないだろうから思い出さなくてもいいか。
「けどさ、キンバリー先生が29だとは思わなかった」とウォルフ。「うちの姉たちより年上だぜ。信じられない」
そうだねと同意する。
なんだろう、童顔ではないし、小柄でもない。気さくな話し方が年若く錯覚させるのかな。でもお肌も綺麗だったし、スタイル抜群だし、とても三十路手前には見えなかったな。
「ていうか、先生独身かな?珍しくない?あの年で」
「だな」
この世界で女子がアラサーで独身なんて、かなり肩身が狭い。貴族なら本人になにかしらの問題があると噂されてしまうだろう。
かといって貴族の既婚者である女性が働いていても、財政が苦しいのかと後ろ指を指されてしまう。
面倒な世界だ。
そういえば。先生は昔アンディと付き合っていたと話していたっけ。
「僕、アンディの元カノって初めて会ったよ。みんなが色々言うけど実際に彼女に会ったことはなかったから、ちょっと疑ってたんだよね」
「恋人なんていないって?」
あたしはうなずいた。
「婚約者に逃げられたでしょ?気の毒すぎるから、そういうキャラだから仕方ないねってことにしてるのかな、ってさ」
「なるほどな。でも」ウォルフは少しだけ逡巡を見せた。「けっこうな遊び人だよ、あの人は。元カノなんてその辺にゴロゴロしてる」
「そうなんだ」
どうにもイメージがわかない。あたしにとっては、良い兄だ。
「この前店の前で会っただろ?ご飯屋。あそこはブルトン小隊長がペソアに行く直前の元カノが働いてるぜ?」
確か、あのお店に行きたいと頼んだとき、アンディは他のお店を提案した。それをあたしが頼み倒して連れていってもらったんだ。
「ほんと、騎士としては尊敬できるんだけどなあ。女癖が悪くなければもっと早く出世してるって噂だぜ」
「今だって早いのに?」
「そう。もったいないよな」
「ふうん」
正直なところ、うちでフェルと遊んでいるアンディからは、そんな切れ者感は感じられない。もっともフェルもだけど。
「でもペソアから帰ってきてからは僕とばかり遊んでる。今は彼女はいないのかな。僕が邪魔しちゃってるのかな?」
「どうだろうな。けど噂にはなってるぜ。あのブルトン小隊長が遊んでないって。だからペソアで痛い目にあったか、でなければ向こうに本命ができたかって言われてるんだ」
「うーん。どうだろう。いい人は見つからなかったって言ってたよ」
そうなんだ、とウォルフはうなずいた。
アンディは今年23歳になる。公爵家の跡取りで、この年で婚約者もいないというのはかなり珍しいらしい。そのせいでブルトン公爵が苛立って、親子の仲が険悪になっているとフェルから聞いた。
フェルも本気で心配しているようで先日、やっぱりミリアムと婚約だけでもさせようかと言い出して、ミリアムにこっぴどく叱られていた。
だってミリアムはアルが好きなんだもんね。
「早くアンディにいい奥さんがみつかるといいんだけど」
「え?ヴィーはそれでいいのか?街歩きが出来なくなるだろ?」
ウォルフは驚いて目を丸くしている。
「僕だってそこまでワガママじゃないよ。街歩きはさ、フェルたちが許可してくれれば他の人とできるでしょ。ウォルフガングとか、ウォルフガングとか、ウォルフガング」
「オレしかいないじゃん!」
「だってアルはムリだし、ジョーも街歩きには興味ないよ。よろしく、ウォルフガング。僕もブラン商会で何か買い物するからさ」
「まあ、いいけどよ。まずは許可だよな」
「そうなんだよ!許可だよ!」
「オレ、鍛練がんばるわ」
「え、なんでここで鍛練の話?」
「ブルトン小隊長くらい強くないと、許可はおりないだろ?」
「それは難しいんじゃないかな?アンディ敵なしって、フェルがいつも自慢してるよ」
「…くじけることを言うなよ」
「ごめん。でもウォルフガングもけっこうフェルに信頼されてると思うよ。だって僕の知らないところで密談してるんだもんね」
「げっ。蒸し返すか?」
「蒸し返すよーだ」
なんだか楽しいなあ。マリアンナのおかげでどんよりとしていた気分が、もう晴れている。
学園生活がどうなるのか心配だったけと。こりゃ楽しい三年間を過ごせるんじゃないの?
『シュシュノン学園』、楽勝だね。




