2章・3主人公マリアンナ 2
◇◇
一般市民が魔力を持っている場合、シュシュノン学園入学の前年の春に、魔力検査を受ける決まりだ。
その検査で、マリアンナが莫大な魔力を秘めている可能性がわかった。家族はその可能性にまったく気づいていなかった。
すぐに都からシュシュノン学園の教授兼研究所所員のお偉い方が三人やってきたそうだ。数日間に渡って彼女の魔力を調べた結果わかったのは、彼女は例えて言うなら宝石の原石だ、ということだった。
彼女は確かに莫大な魔力を持っている。しかも癒し系統に秀でているようだ。けれどあくまで持っているだけで使いこなせる力も技も持っていない。それを習得するためには、大変な修練が必要となる…。
三教授はマリアンナに提案をした。この素晴らしい魔力を国のために活かさないか、と。
今すぐ都へあがり、実験生として研究所へ入る。住まいはシュシュノン学園の寮がある。今年度は実験生として、決められた修練を積む。来年度からは学園に通いながら、更なる修練を積む。
決められた修練をこなし規則を守り、王宮専属《癒す者》の見習いとなるならば。両親には、生涯働かなくて済む程度の支度金を下賜する。マリアンナ本人は、学園卒業後に正式な王宮専属《癒す者》として採用、更に子爵位以上の貴族と養子縁組をする。
そんな契約を自らの意思でマリアンナは結んだ。
◇◇
ウォルフとあたしは顔を見合わせた。うまい話には裏がある、って知らないのかな?
「…癒し系の魔法にどういう影響があるか、知らなかったのか?」
ウォルフが聞いた。軽い怪我や病気ならいいけれど、程度が悪く酷くなるほどに術者の体力も奪われてしまう。他系統の魔法と違い《人》に関わるため、術者の限界を越える魔法を求められることも多々ある、やっかいな魔法。
貴族は、たとえ素質があっても《癒す者》になんてならない。
マリアンナは首を横に振った。
「だいたいは説明を受けたの。でもあたしほどの魔力があれば、あたし自身に影響は出ないって言われたわ。それならとても名誉な仕事だからやってみようと思ったのよ」
あたしは内心、首をかしげる。ゲームのマリアンナも強大な魔力を持ち、癒し系が得意だった。けれども研究生になったとか、《癒す者》の見習いになったなんて設定はなかった。この差はなんだろう。
やっぱりゲームと似てはいるけど違う世界だから?
それとも誰かが、ゲームとは異なるように動いているから?
どちらなんだろう。
「それに」とマリアンナは続けた。「うちは地方の小さい町で細々とパン屋をやっているの。貧乏というほどではないけれど、豊かというほどでもない。小さい妹、弟もいるの。仕度金がもらえるなら両親も喜ぶと思ったのよ」
「もうそのお金はもらっちゃったの?」
マリアンナはうなずいた。
なるほど。それなら契約破棄はできないだろう。一生働かなくて大丈夫なんて、どんなに恐ろしい額なんだ。彼女が過酷な修練とやらを断れないのも仕方ない。
「とりあえずゲインズブール先生に直談判しかないかな。ちょっと加減してくれって」
あたしはウォルフを見た。
「まあ、そうなるな。だが誰か助っ人が欲しい。あ、お前は引っ込んでろよ」
「なんで!?」
「なんでって」ウォルフは呆れたような表情だ。「ゲインズブール先生は魔法オタクの危ないヤツだから気を付けるようにって、フェルディナンドさんに言われてるだろう?」
「え、なんで!?」
そりゃ言われてるよ。言われてるけど、
「なんでそれをウォルフガングが知ってるのさ?僕話したっけ?」
ウォルフは、やばいって顔をした。
「え、なに、ウォルフガングってば僕の知らない間にフェルとも仲良くなってる訳?」
ウォルフは、いや、その、と口ごもっている。
「もう、どんだけ過保護なのさフェルは!ウォルフガングもいちいち気にしなくていいよ、そんなの」
「…でもさ、お前がクラス委員になったから心配なんだと思うぜ?」
「それが過保護だっての!」
もう、本当に恥ずかしいなあ。
「そんなに僕の信用がないのかな…」
「…可愛くて仕方ないんだろ、多分」
多分ってなにさ、とか、もうすぐ16だけど?、とか突っ込みたいことはあったけれど、ウォルフに怒っても仕方ない。
そりゃさ、アンディの言うとおり、見た目に限って言えば、頼もしいのはウォルフだ。それは認めよう。だけどあたしをもっと信頼してくれてもいいんじゃないのかな。
ふう、と一息ついて気持ちを切り替える。
「とりあえずこの件は置いておこう。で、誰に助っ人を頼むかだね」
あたしの言葉にマリアンナは、あのう、とおずおずとした口調で言った。
「アルベール殿下はどうでしょうか。王家の方だし、ゲインズブール先生も耳を貸してくれるんじゃないかしら」
「アルはダメだよ。王子だからこそ、王家が関わる契約に口出しなんて出来ない。僕は彼を巻き込みたくない」
なによりアルに彼女を近づけなくない。
「…ごめんなさい」
マリアンナはしょんぼりとする。
「普通に考えたら」とウォルフ。「救護の先生に口添えしてもらうのが一番だけど、あの先生じゃ頼りないよな」
先ほど会った先生は、かなり若い女の人だった。カッツより年下だろうし、たとえ協力してくれたとしても、カッツは相手にしないんじゃないだろうか。
他に学園で知っている大人は二組三組の担任や授業を受け持っている教師だけれど、まだ人となりを詳しく知らないから誰を頼っていいのかわからない。
「ア…」
「ブルトン小隊長に信頼できる教師を紹介してもらう、ってのはなしだぞ」
…提案する前に却下されてしまいました。
「なんでさ?」
「かっこ悪い」
「そんな理由!?」
「学園のことは自分たちで解決したくないか?」
「そうだけどさ。まだ入学して日も浅いし、アンディは別枠だよ」
「なんだよ、別枠って」
「兄のようなものだしさ。フェルみたいに過保護じゃないし」
「あの人が一番過保護だよ!」
「え?」
驚いて言葉に詰まる。
ウォルフは息を吐くと、頭をがしがし掻いた。
「悪い、今のはなしだ。ヴィーにとっては兄でもオレにとっては師匠だから、カッコ悪いとこはあんま見せたくないんだよ」
「そっか」
ウォルフの立場を考えていなかった。その前の言葉が気になるけれど。そんなことを今言い争っても仕方ない。
「じゃあ、どうしようか」
マリアンナはしょぼんとしたままだ。
と。
「ごめん、ごめん」
と能天気な声とともに救護の先生が戻ってきた。
「手伝いをする約束があったからさ、ごめんね。まだ寝てる?あ、起き上がれるのね。じゃあ薬湯作るよ」
返事も聞かずに一人でしゃべり、薬湯の準備を始める。二十歳くらいに見えるけれど、手際はいい。その動きはベテランに見える。
「疲労回復とリラックス効果の薬湯ね。後でレシピを書いてあげるから、これからは自分で作りなさい。材料は分けてもらえるよう、植物園に伝えておくから。倒れる前に飲むのよ。こんなにしょっ中倒れるんじゃよくないわ。カッツの指導のせいなんでしょ?」
あたしはウォルフとマリアンナと顔を見合わせた。今、カッツと名前を呼び捨てにした。ということは、それなりに親しいということなのでは?
「先生はゲインズブール先生と親しいんですか?」
ウォルフが訊く。
「んー?親しいっていうか、付き合いは長いよ。学生の時からだから」
手元から目を話さず先生が答える。何種類かの葉っぱをゴリゴリ擦っている。
「同級生なんですか?じゃあうちの兄も知ってますか?」
いや、同級生じゃなくて、ゲインズブールやフェルの後輩ってこともあるかな?
「違うよ」先生、苦笑。「若く見てくれてありがと。私がここに着任して二年目にカッツが入学してきたの。一年研修してから来たから、えーと、私が五コ上で、付き合い九年目に入るのかな?もちろんフェルディナンドも知ってるよ」
一瞬の間。
「ええー!」
三人の叫びが重なった。
「…二十歳くらいかと思った」
とはウォルフ。やっぱりそう見えるよね。
「ははっ、ありがとね。今年29だから君たちより13もおばさんだよ」
先生は初めて手を止めて、首筋を掻いた。そしてあたしを見る。
「あー。あの、さ、ヴィーちゃん」
ヴィーちゃん!?
「あとでわかってゴタゴタするのは嫌だから先に言っとくね。昔アンディ・ブルトンと付き合ってた。でも、けっこうな昔ね。今は違うから」
先生はまた机に向き直って薬湯作りを再開する。
「…何から突っ込んでいいのかわからない」
ウォルフに訴える。ウォルフも、あーとかうんとかしか答えない。
「え、何なに?」先生が答える。「まだ質問がある?」
「とりあえず、先生」といち早く立ち直ったウォルフ。「マリアンナに話を聞いたんですけど、ゲインズブール先生の指導が厳しいって」
「そうだね。でもそういう契約をしたんでしょ?君」
先生はさらりと受け流す。
「僕たち、もう少し加減してもらえるよう、ゲインズブール先生にお願いしに行くことにしたんです。先生も口添えしてもらえませんか」
「ムリムリ。カッツが魔法のことで他人の意見なんて聞くはずないじゃない。だいたい、その契約をのんだのはマリアンナでしょ。喜んでサインしたって聞いてるよ」
彼女を見ると顔を赤くしてうつ向いている。
「だって家族のためになると思って」
消え入りそうな声だ。
「こんなに体調を崩すほど修行して、身に付くんですか?」
先生は再び手を止めてあたしを見た。
「こういうのって、がむしゃらにやればいいってものじゃないですよね。身も心も安定していてこそ、上達できるんじゃないですか?」
「ヴィーちゃん」と先生。まさかのまた『ちゃん』呼びだ!「ヴィーちゃんの言う通りだよ。だけどね、マリアンナが自分でカッツを選んだ時点で詰んじゃったのよ」
先生の言葉に驚いて、再びマリアンナを見る。
「どういうこと?」
「彼女は一応、担当指導は選べたんだよ」と先生。「確かにカッツは他人の魔力を伸ばすのに秀でてる。でも人間性にかなり問題がある。だからこちら側もきっちり説明してカッツと、他の教授と、好きな方を彼女自身に選んでもらったの。私は学園でも数少ない女教師だから、選択の助けをしなければいけない立場だった。だからちゃんと、カッツはヤバいヤツだよって教えたよ」
なるほど。だからマリアンナは先生が戻ってからだんまりを決めこんでいるのか。
ていうか、ゲインズブールはやっぱり誰が見てもヤバいヤツなんだ。
「だって」とマリアンナは再び消え入りそうな声。「年が近いほうが良かったし。優しそうに見えたから」
確かにあたしも紳士だと騙されたもんね。マリアンナがそう信じてしまったのはしょうがないかもしれない。
「でも、いいよ」と先生。「ヴィーちゃんがかわいいから、話してあげる。でも期待しないでね。カッツは常識が通じないから」
先生は立ち上がると、薬湯の入ったお椀を持って、あたしたちの元へ来た。薬湯、というかグリーンスムージーというか青汁というか…。飲みにくそうな匂いがしている。
「はい、ここでヴィーちゃんとブラン商会の外商担当くんに質問です。先生の名前はなんでしょう?」
ウォルフとあたしは何度目になるのか、顔を見合わせた。学園に在籍する教師、事務員、用務員、すべての紹介が入学式であった。でも人数が多くて覚えていない。
先生は割と美人だ。目元は涼やかだけど、表情はいたずら気で形の良い唇がにんまりと笑みを湛えている。スタイルもいい。
「ナターシャ・キンバリー先生?」
自信なさそうにウォルフ。すごいぞ、ウォルフ。あたしはまったくその名前に覚えがないよ。
「正解。さすがだね、ウォルフガング・ブラン。商会は安泰だ。はい、賞品だよ」
そう言って、キンバリー先生は薬湯を差し出した。
「マリアンナはこれを飲んで。私はカッツの研究室へ行ってくる。ヴィーちゃんとウォルフガングはここで待っていて」
「僕たちも…」
と腰をあげると、
「ダメダメ」と先生は手を出して制した。「ヴィーちゃんを無駄にカッツに近づけるわけにはいかないよ」
その言葉に嫌な予感を覚えた。
「…もしかして先生もフェルに僕のことを頼まれてますか?」
「そんなもんだね。だからいい子にしてるんだよ」
そう言い残して先生は颯爽と医務室を出て行った。
「フェル!帰ったら絶対に抗議する!」
「止めとけって。兄としての仕事だと思ってやりな」
「ウォルフガングは聞き分け良すぎ!」
「そりゃ、うちは過保護どころかスパルタだからな。オレからしたら大事にされているヴィーが羨ましいときもあるぞ」
そうか、と納得する。ウォルフの売上ノルマはかなりシビアみたいだからな。
「…あの」
また消え入りそうな声。マリアンナだ。
「色々とごめんなさい。あたしが世間知らずのせいで迷惑をかけてしまって」
あたしは彼女を見た。憔悴している。
「しょうがないよ」とあたし。「マリアンナはよくわからなかったんだろう?ゲインズブール先生は見た目は紳士だしさ」
「キンバリー先生の感じじゃ、ゲインズブール先生の指導が変わるのは難しそうだ。お前が自分でなんとかするしかないぞ」
ウォルフの言葉に彼女は素直にはいとうなずいた。そして。
「ヴィットーリオさん、ウォルフガングさん。お友達になってくれませんか」




