2章・3 主人公マリアンナ 1
シュシュノン学園に入学して三週間が経った。学校はびっくりするぐらい順風満帆。毎日アル、レティ、ジョー、ウォルフと一緒にいられるだけでも楽しいし、授業を受けるのも懐かしい、新しい友達ができるのも幸せ、委員の仕事すらおもしろい。相変わらずバレンには酷いことを言われるけれど、親切なときもあるから気にならなくなった。ミリアムとレティが悪役令嬢になる展開もない。
唯一、上手くいかないのはマリアンナ。彼女はいつも遅刻ギリギリに登校し、放課後は真っ先にいなくなる。休み時間は、あたしがうまく時間をつくれない。いつも誰かしら声をかけてくれるから、話しているうちに授業の時間になってしまう。
こっそり観察はしている。かわいいからか、よく男子に囲まれている。やや疲れたような顔に見えるけれど、それ以外に気になるところはない。
いまだ、彼女は早朝の中庭でアルと初めての会話を交わすことはできていない。このままゆっくり登校だと、その展開はないままだろう。
ゲームの展開にはならないのかな。
それなら助かるのだけどね。
◇◇
教師から雑用を命じられたウォルフとあたしは、放課後になんだかわからない魔法に関する道具を運ばされた。
それを終えてさて帰ろうと、中庭に面した回廊を歩いていると、そばの低木がガサッと音を立てた。ネコでもいるのかと目をやると。見えたのは、人間の足。それも女の子。
「ちょっと」
とウォルフの袖を引っ張って、足を指差す。ウォルフも目を見張る。そして静かに女の子の足に近づくと、低木を覗きこんだ。
「何してるんだ?」
キャッと、可愛い叫び声。あたしも続いて覗きこむと、そこにいたのは。
「…マリアンナ・ワイルド?」
そう、彼女だった。
彼女は口に指を一本あててシーと言う。
あたしとウォルフは顔を見合わせた。まさかこの年でかくれんぼでないだろう。
「お願い、黙っていて。もう限界なの。休みたいの」
必死に懇願する顔は疲れきっている。
「…誰から隠れているんだ?」
とウォルフ。
「ゲインズブール先生。あたし、先生の特別指導を受けているんだけど、厳しいの。毎日フラフラで。今日はもうダメ。休みたいの」
マリアンナはちょっと涙ぐんでいる。だからいつも遅刻ギリギリなのかな。なんだかかわいそうだ。それにこれは彼女と仲良くなるチャンスだ。
「じゃあさ、倒れたことにしよう。ウォルフガングと僕がここで気を失っているマリアンナを見つけて、医務室に運ぶ。僕は心配でしばらく付き添う。それなら休めるんじゃないかな?」
僕の提案にウォルフは頷き、マリアンナは戸惑いを見せた。
「この作戦ではごまかせない?」
「…わからない」
自信がなさそうな声。
「だとしても」とウォルフ。「ただ隠れているよりは言い訳は立つぞ」
そうか、と彼女は呟いた。
「よし、じゃあマリアンナは気絶したふり。ウォルフガング、悪いけど彼女を運べるよね?」
だって以前、あたしを軽々とお姫様抱っこで運んでくれたもん。思い出しただけで顔から火が出そうだけどさ。
「了解。ちょっと失礼」
ウォルフはそう言うと、片膝をつき、なんなくマリアンナを抱き上げた。マリアンナは真っ赤になっている。そりゃそうだよね。ウォルフだってそこそこイケメンだし、同じクラスの男子にお姫様抱っこをされて動転しないほうがおかしい。
「よし、じゃあマリアンナ。寝たふりだよ」
彼女は慌て目を閉じた。よし、医務室へ。
救護の先生はあっさりと騙されてくれた。入学式で倒れていたからまたかという反応だった。ささっと様子を見ると、休めば大丈夫と断言をして、約束があるのでと医務室を出て行ってしまった。なんてラッキー。
「ウォルフガングは帰っていいよ。今日は店番するんでしょう?マリアンナは僕が見てるからさ」
「いや」ウォルフは首を横に振った。「お前を一人で残して帰ったら、ミリアムに殺される」
「…」
真剣な表情に返す言葉がない。そんなことはないと言いきれないところが困る。
「ごめん、ありがとう」
いいや、とウォルフガングは笑顔で答える。
「…あの。」
寝台に寝ているマリアンナがおずおずと声をかけてきた。
「忙しいのよね。ありがとう」
「僕はヒマだよ。ウォルフガングは忙しいけど、いつだって優しいんだ。気にしないで。マリアンナ、大丈夫?何か飲み物でももらって来ようか?」
「いいえ、いらないわ」
「眠る?」
いいえ、と答える顔は疲れて見えるけれど、イケメン二人(一人はあたしね)に見つめられたら眠気なんて飛んでしまうのかもしれない。少なくともあたしは無理だ。
だからこのチャンスにできるだけ話をしたい。
「ね、マリアンナ。委員決めのときはミリアムがごめんね。彼女、僕のことをいつも一番に考えてくれているんだ。その分、たまに周りが見えなくなっちゃうことがあるんだよ。決して悪気はないんだ」
「ミリアムは本当にヴィーが大切だからな」
とウォルフガングが付け足してくれる。
「そうなのね。羨ましいわ。心配してくれる姉妹やお友達がいて。あたし、地方から一人で出てきたから。こんなにボロボロでも、助けてくれる人はいなかったの」
彼女は深いため息をついた。
「でも今は委員にならなくてよかったと思っているの。ジョシュアさんの言うとおり、自分の体調も管理できていないもの」
「なんでクラス委員になりたかったの?」
これは肝心な質問だ。みんながなりたくない委員。あたしとウォルフはともかく、他クラスは推薦で決まっている。
マリアンナは何度かまばたきをした。
「…クラスに早く馴染みたかったの。寮が一緒の知り合いは何人かいるけれど。平民は少ないからなかなか親しいお友達ができなくて。人気のないクラス委員をがんばれば、みんなに受け入れてもらえるかもって考えたの」
彼女は悲しそうな顔で目を伏せた。
気のせいかな。さっきから友達がいなくて辛いアピールをされているような。
こんな可愛い子に辛いと告白されたら、普通の男子なら手を握りしめて「僕でよければ友達になってくれるかい」と猛アピールするんじゃないだろうか。
って、そういうゲームの主人公だったわこの子。
そういえば隣に普通の男の子がいたっけとウォルフを見ると、白けた顔でマリアンナを見ていた。
あれ、おかしいな。モブキャラには主人公のモテモテフェロモンが効かないのかな?
ここはあたしがマリアンナの手を握りしめて、励ましたほうがいいのかな。でも、やり過ぎてしまうと、ミリアムが悪役令嬢になってしまうかもしれない。加減が難しいなあ。
「ゲインズブール先生の特別指導を受けているって話だけど」
とウォルフ。マリアンナは伏せていた目を開いて、ええと答えた。
「嫌だって断ればいいじゃん」
おお、正論。
「こんな所でこそこそ休んでも何の解決にもならないだろ?結局周りに迷惑をかけてるだけじゃないか」
ウォルフ…。正論だけど、優しさが微塵も感じられないよ!いつもの優しさはどこへ行ったんだ!
可愛らしい主人公が弱っているんだから、ここはゲインズブール酷し!って騎士道精神を発揮して怒る場面じゃないの?
マリアンナも理解できないのか、目をパチパチしている。
「…えっと」
彼女はあたしを見る。
「確かに先生にはっきり断るのが一番かも」
あたしも正直に答えると、マリアンナは更に困惑した表情になった。しばらくあたしとウォルフの顔を交互に見ていたけれど、何か覚悟を決めたのか、話しにくいからと言って起き上がった。自分で枕を直してヘッドボードに背中を預ける。
姿勢が落ち着くと彼女は、
「断れないの。そういう契約をしてしまったから」
と、より疲れた声で言ったのだった。




