幕間・友人の放課後
友人ジョシュアの話です。
「淋しい」
そう言うと、我が国の第二王子、ゆくゆくは国王になるアルベールは底無し沼なみに深いため息ををついた。
王宮の中庭。美しい花園のような庭園でアルと二人きりのティータイムだ。
レティとミリアムは、私室でなにやら密談中。俺たちは悲しいことにそこを追い出されて、男二人で茶を飲んでいるのだ。
だけど今、アルが感じている淋しさは女子組のせいじゃない。以前なら必ず一緒にいた親友、ヴィーの不在が淋しいのだ。
ペソアに行っているうちに、どこの馬の骨ともわからないヤツにとられた。
そんな感覚らしい。俺はヴィーがウォルフガングと親しくしていることに、すでに慣れている。けれどやはりヴィーがいないのは、淋しいし変な感覚だ。なにしろ13年の付き合いだ。親兄弟よりお互いのことを知っている。
「委員会が終わったら来るって言ってただろ」
今週最後の平日。明日は休みだから放課後はみんなでまったり過ごそう。そんな約束をしていたのに、ヴィーはまた委員会が入ってしまったのだ。
「そうだけど」アルは不満そうな表情だ。「委員会、楽しそうだよな」
「いやお前、あれほどやりたくないって言ってただろ」
アルは、自分が推薦されてクラス委員になるに違いないと確信し、嘆いていた。そして誰もがそうなると思っていた。
だが、アルは忙しい。本当に忙しい。ペソアでだって苦労したのだ。だから俺が立候補するつもりだった。一応、立候補者がいるか様子を見てから、と考えていたのだが。まさかヴィーが立候補するとは思わなかった。
だがヴィーも俺と同じ考えだったらしい。
結局クラス委員はヴィーとウォルフガングに決まった。俺からしたら、ベストの組み合わせだ。下手にウォルフガングとミリアムの組み合わせにでもなっていたら、一大事だった。
だが、厄介なはずの委員をヴィーたち二人が楽しそうにこなしているのが、アルは淋しいようだ。我が儘なやつめ。
「ウォルフガングは今日も予科練なんだよな?」
とアル。
「そう言ってただろ、全く。自分で誘っておいて覚えてないのかよ」
「いや覚えているさ。あいつも大概忙しいよな。よく委員に立候補をしたよ」
そりゃミリアムが怖いからだろ、という言葉を飲み込む。
いつだったかヤツは頭を抱えて、オレはミリアムに手下と思われていると嘆いていた。だかそれは違う。
ミリアムとフェルとアンディの三人に、手下だと思われているんだよ、お前は。…とは口には出さなかったけれど。俺だって優しさくらい持ち合わせている。
或る意味、ヤツが一番の貧乏くじだ。
つまらん、とアルはテーブルに頬杖をついた。
「なあ、ジョー」
アルはじろりと横目で俺を見る。剣呑な目をしている。
「なんだよ」
「お前、最近レティとどうなんだよ」
「どうってなんだよ」
「泣かせてないだろうな?」
「泣かせてないよ。こっちは泣き顔見たいのに」
「おい!」
「大丈夫だって、お前の留守中だって、俺は紳士的だったって言っただろ?安心しろよ」
アルは盛大にため息をついた。
「確かにお前はそう言って、僕はそれを信じた。だけど信じた僕が馬鹿だった」
「なんでだよ」
「お前、執事長に怒られただろう。昨晩、居残り組だった侍従から聞いて呆れたよ」
「俺、なんかしたっけ?」
「はぁ?」アルは頬杖をやめて、その腕を伸ばして俺の耳をつまんだ。「どの口が言う。こいつか?こいつの口か?」
「痛いって、やめろよ」
散々人の耳を引っ張ってから、アルは手を離した。
「まあ、そんな反応だろうとは思ってたけど」
俺はこの一年を振り返ってみた。
昔はよくアル、ヴィーと一緒にイタズラをして怒られた。程度が過ぎると判断されると侍従長が出て来て雷を落とされたものだが、最近はイタズラなんてしないし、そもそもレティに関することだろう。
「あ、」思い出した。「あれか。ヴィーたちと紅葉を見に行く筈だった日の」
「それ。散々レティを泣かせておいて、それなんだからな。親友やめるよ?」
ん?今、聞き捨てならない言葉があったぞ。
「レティ、泣いたの?俺は見てないぞ」
「知るか。ていうか、なんだよ練習って。レティに失礼だとは思わないのか。おかしいだろ?」
「そうか?普通、なんだって練習してから本番に臨むものじゃないか。下手なほうが失礼だろ。がっかりされるのも嫌だし」
「…長い付き合いだけど、お前の思考がまったく理解できないね」
「えー、じゃあお前は『キス下手ね』って言われてフラれてもいいわけ?」
「いやそれは」
アルの視線が彷徨った。
「ほら、お前も嫌なんじゃないか」
「いや、僕のことはいいんだよ。少なくともレティはそんなことは絶対に言わないよ」
「そんなの分からないじゃないか」
「いや、絶対に言わない」
「ああ、ここにも馬鹿兄がいるよ」
「僕はフェルディナンドほどじゃないよ」
「俺はフェルディナンドの名前なんて出してないぜ」
むむむと二人でにらみ合い。
「お二人方」と侍従。「ヴィー様があちらに見えます」
慌てて侍従の指し示す方を見る。ヴィーの前ではあまり突っ込んだ恋愛話はしないのが、暗黙の了解だ。
「おい」
とアルが不機嫌な声を出した。視線の先、窓の向こうに侍従に案内されて歩くヴィーがいる。その隣にいるのはバレンだ。
「なんだってあんなヤツと」
アルとバレンは相変わらず冷戦状態だ。学校でも王宮でも必要最低限の会話しかしない。
レティ、ミリアム、俺も同じだ。必要な時しかあいつには話しかけないし、向こうも話しかけて来ない。
「ヴィーに近づくな、馬鹿王子」
アルが端正な顔を歪めて、らしくない悪態をつく。
「すっかりお気に入りらしいぜ。意地悪と親切が交互に繰り出されて面白いってさ」
ウォルフガング情報だ。もっともあいつは面白いとは言ってないけどな。ヴィーの盾になることを命じられている身としては、心安まるときがないだろう。
建物と中庭をつなぐ扉が開いてヴィーがやってきた。バレンとの会話が楽しかったのか、笑みをたたえている。
「おまたせ。あれ、女子組は?」
「密談中。俺たちは追い出されたんだ」
「へえ。何をしてるんだろうね」
ヴィーがアルの隣に座る。
「委員会、お疲れさま」
「ありがと、アル」
「まさかと思うけど、バレンと一緒に来たのかい?」
アルの笑顔がひきつっている。しかしヴィーは頷いた。
「バレンが自分の馬車に乗っていけってしつこいからさ」
「で、二人で来たのか」
「それがさ」とヴィーは初めて笑顔を引っ込めた。「ウォルフガングが『二人にしたら俺がミリアムに殺される』って言うんだよ。それでウォルフガングの馬車で三人で来て、あいつはそのまま帰ったんだ。どれだけミリアムを恐れているんだろ。かわいそうになったよ」
俺は焦るウォルフガングを思い浮かべて、笑った。さすが手下だ。苦労しているな。
「それならいいけど」とアル。「バレンはいつ牙を剥くかわからないからな、十分気を付けるんだよ」
「わかってるよ」ヴィーは不満気だ。「もう、なんでみんな僕を子供扱いするのかな」
「ヴィーが苛められているからだろ?今、バレンの標的はお前だけだぜ?」
「でも親切なときもあるよ。僕はお菓子好きだろ?だから帰りにペソアのお菓子をくれるって」
アルも俺も脱力する。
「菓子で釣られるのは子供じゃないか」
アルの言葉にヴィーは赤面した。
「…まずい、言い返せない」
「食べるときは用心しろよ。激辛かもしれない」と俺。
「もしくは腐っているかもしれないよ」とアル。
「今ごろ菓子に細工してるぜ、きっと」と俺。
ヴィーは、でもなあと言いながら、皿の上のクッキーを取って食べた。昔からこいつは菓子が好きだからな。
「食べてみてからのお楽しみだね」
とヴィー。結局貰って食べるのか。
アルはがっくりと肩を落としている。
そこへレティとミリアムがやって来た。二人とも手にお盆を持っている。だがシルバーのケーキドームが乗っていて、中身は見えない。
「ヴィー、お疲れさま」
とミリアムが笑顔を向ける。ヴィーも笑顔で答える。いつだって相思相愛だ。彼女はそのままヴィーの隣に立つ。レティは彼女と俺の間だ。
「これは何?」
とヴィーが盆を目で示して聞くと、女子組二人は顔を見合わせてふふふと笑い、ケーキドームを取り去った。中にはフルーツで飾り付けたプリンが、それぞれ2個ずつ。
「わたしたちが作ったの」
とミリアム。えっ、とヴィーが声をあげる。
「ミリアムとレティが自分で作ったの?」
そうよ、と二人は胸を張る。どうりでカットされたフルーツがいびつだと思った。
「すごい!」けれどヴィーは目をキラキラさせている。「すごいじゃないか!美味しそうだよ!」
ミリアムとレティは嬉しそうだ。
「ほんと、すごいね。綺麗な仕上がりだ」
アルも出遅れたとばかりに褒め称える。
「クラスの女の子がね、自分で作るって話していたから、わたしたちもやってみたの。ヴィーはいつも委員をがんばってくれているでしょ?そのお礼よ」
とミリアム。ということは、俺とアルはオマケか。それより、プリンは4個しかない。
はい、とミリアムはヴィーに一つ渡す。ヴィーはすでにスプーンを握りしめよだれを垂らさんばかりに、プリンを見つめている。
レティが俺に一つ、渡してくれる。女子組はそれぞれ残った一つを自分の前に置き、盆とケーキドームを侍女へ渡して席につく。
「僕のは!?」
アルが王子とは思えない情けない声をあげる。
「一つ、失敗しちゃったのよ」
とレティは言ってミリアムを見る。
「アルはそんなに好きじゃないでょ?」
とミリアム。
「好き!プリン好きだよ!」
必死さに笑えるぜ。
ミリアムはため息をついて、仕方ないなあと言った。
「はい」と自分の分をアルの前に置く。「あげるけど、残したら嫌よ」
「ありがとう」
ようやく王子らしい顔に戻るアル。
「じゃあミリアムは僕と半分こにしよう」
ヴィーがミリアムとの間に自分のプリンを移動する。二人できゃっきゃ喜んでいるのを見ながら違和感に気づいた。
いつもだったら。アルの分がなければヴィーが真っ先に、自分と半分にしようと提案する。なのに今日は黙っていた。なんでだ?
「食べたくない?」
レティが珍しく不安そうな顔で俺を見ている。
「まさか」
スプーンでプリンをすくって口に運ぶ。
「うん、美味しい」
レティはほっとした顔をして、自分も食べ始めた。
かわいいな。
最近、思う。
レティが俺を好きになってくれればいいのに。
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次回、本編に戻ります。




