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悪役令嬢の双子の兄に転生したので、妹を全力で守って恋を応援します!《旧版》  作者: 桃木壱子


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幕間・騎士と弟

騎士アンディの話です。

 俺には血の繋がった弟妹が一人ずついる。更に血の繋がっていない弟妹も一人ずついる。この四人の弟妹の中で、一番俺になついているのは、間違いなくヴィーだ。

 赤ん坊の頃からの付き合いだが、過保護な家族の方針でヴィーには外出の制限があった。だから会うのはたいていシュタイン邸だった。だがペソアから帰国して以来、週一で街歩きに付き合わされている。


 秋に謎の襲撃犯に襲われて以降、ずっと外出禁止令が出されていたヴィーは。俺が帰国すると、俺との外出なら安全だろうからと、許可を父親と兄に迫ったのだった。すったもんだのやり取りの挙げ句、父親と兄が折れた。

 正直、襲撃犯が未だ捕まっていない中、ヴィーを連れて出かけるのは俺だって不安だ。けれどかわいい弟が、期待に目をきらきらさせているのを無下にはできなかった。


 俺の留守中、外出禁止令が出るまでは、けっこう街歩きを楽しんだらしい。ウォルフガング・ブランと親しくなったことでヴィーの世界は一気に広がったのだ。ヴィーの行きたがる場所はウォルフガングと以前行った場所だし、する話のほとんどがウォルフガングが絡んだ話だ。

 きっとウォルフガング・ブランはヴィーのいい友人になるという俺の予測は的中したわけだ。二人を巡り合わせておいて、本当によかった。


 今も、学園で同じクラス委員になったと嬉しそうに話している。みんなが懸念していた学園生活も楽しく送れているようでほっとした。


 ヴィーの頭を見下ろすと、小さい頃から変わっていないつむじが見える。つむじは同じままなのに、ずいぶん成長したなあと感慨深い。

 馬上で俺の腕の中におさまっているヴィー。そのうちおさまりきらないサイズになることがあるのだろうか?いまいち想像が出来ない。


「ほら着いた」

 ヴィーの希望したご飯屋だ。馬から降りて適当に繋ぐ。

「そう、ここ!」ヴィーは嬉しそうに声を上げた。「来たことはある?」

「以前な。ペソアから帰ってからはまだだ」

「そっかー。ほんと、アンディの行ったことのないお店はないね」

「そりゃ、お前たちよりも長く生きてるからな」

「うわっ、そのセリフはおじさんっぽいよ」

 楽しそうなヴィーに拳骨をくれて店に入る。子供でも入れる大衆的な店だ。昼時で混んではいたが、すんなりと席につけた。注文を済ませて改めて店内を見ると、仕事仲間が一組いた。

 休日にデートもせず年の離れた弟と遊び歩いている、とまた噂されそうだ。父親の耳に入ったら、うるさく言われるだろう。


「どうかした?」

 ヴィーの問いにいいや、と答える。俺がこの年の頃は、フェルディナンドと二人であちこち出掛けたものだ。せめて俺くらいは、ヴィーの望むことをしてやりたい。

「それでね、さっきの続き。クラス委員なんだけどさ」

 よくもそんなめんどくさいものに立候補したと思う。俺もフェルディナンドも他推薦で三年間務める羽目になって、散々だった。

「バレン殿下も一緒なんだ」

「え、バレン殿下?」

 ヴィーは頷く。バレンはペソアでアルベール殿下を完全に無視していた器の小さい男だ。どういう訳か、最近はヴィーをターゲットにしてつまらぬ暴言を繰り返していると聞く。その上彼の侍従が、ヴィーの身辺を探っている。理由がわからず気持ちが悪い。


「大丈夫なのか?」

「んー」ヴィーは複雑な表情をした。「意地悪も言われるんだけど、転んだら手を差し出してくれたし、いい所もあるんだよ。よくわからない人なんだ」

 料理が届く。見知った女給仕がヴィーをチラチラ見てもの問いたげだ。弟だよと言って追い払う。

「ウォルフガングがね、気に入られたんだって言うんだよ。僕の反応がおもしろいから、からかっているんだって。どう思う?アンディはバレン殿下とけっこう接点があったんでしょ?」

 思わずため息がこぼれた。確かにヴィーの反応がおもしろくてからかうことはあるだろう。俺だってたまにやる。

 しかしあのバレンがそんな理由なのか?他に理由はないのか?


 目の前のヴィーはさっきまでの複雑な表情はどこへやら、届いた料理においしそうと言いながら満面の笑顔だ。

「…まあ、そういうこともあるかもしれん」

「食べていい?」

「…どうぞ」

 幸せそうにもぐもぐ食べるヴィー。黙っていればフェルディナンドに似たクールな美人顔なのに、表情はめちゃくちゃ幼い。そのギャップがバレンの心も掴んだのだろうか。それならそれで心配はないのだが。


「アンディもそう思うなら、嫌われているわけではないのかな。気にしないのが一番だね」

「…いや、念のために警戒はしておけ。俺は帰って来てからはバレン殿下とろくに話していない」

「わかった。…これ、めちゃくちゃ美味しいね。アンディも食べなよ」

 そういってヴィーは皿をこちらへ押しやった。

 まったく危機感がない。それがヴィーらしいと言えば、その通りなんだけど。本人は襲撃犯がペソア語を話していたことには気づいていないし、そもそもあれはただの強盗だと思っているから仕方ないのかもしれないが。

 ヴィーの皿からチキンを一切れもらい、うまいなと言えば、そうでしょうと目尻を下げる。


 呑気なヴィーの代わりにウォルフガングが警戒してくれるだろう。あいつは襲撃された時、ヴィーに庇われたことにショックを受けて、必死に鍛練を重ねているようだ。本来なら騎士団に入る予定の者が入る少年団の上部組織、騎士団予科練にも入ってきた。

 かわいそうだが、あいつに苦労してもらう他ないな。


 食事を終え店を出て、馬の準備をしていると。

「あれ、ヴィーじゃないか」

 と声がして、振り返ると当のウォルフガングが立っていた。剣を持っているから予科練に通うところらしい。

「あ、ブルトン小隊長」ウォルフガングは姿勢を正した。「おはようございます」

 すっかり見習い騎士らしさが板についている。おはようと挨拶を返し、いいよと許可を出して、ウォルフガングは姿勢を緩めた。

「ヴィー、お前またブルトン小隊長にワガママを言ってるのか」

 呆れたようにような声音。

「いいじゃないか。アンディは僕の兄さんのようなものなんだから」

 俺はヴィーの頭を撫でた。

「そのうちまた、友達とも出歩けるようになるさ」

 うん、と素直に頷くヴィー。心配性のシュタイン公爵とフェルディナンドを説得するのは容易ではないだろうけれど。今やウォルフガングも信頼されているから、いずれ許可はおりるだろう。


「そうだ、ヴィー。明日の放課後の委員会。俺がお前を送るよ。店に出なくて構わないって言われたからさ。だからミリアムには先に帰ってもらって大丈夫だ」

「本当?助かるよ、ありがとう」

「そうだ、バレン…殿下のことは」

 とウォルフガングは俺を見た。

「聞いた。ウォルフガング、頼りにしている。よろしくな」

 ほんの一瞬、ヤツの気持ちが大きく揺らいだのがわかった。けれどウォルフガングは顔には出さず、

「…任せてください」

 と頷いた。ヤツは俺をずるいと思ったようだ。

「別にウォルフガングを頼らなくても、僕は大丈夫なのに」

 危機感のないヴィーが不満気な顔をする。

「ウォルフガングとお前、どちらが頼もしい?」

「ひどいよ」

 ヴィーの頭を撫でて、宥める。こいつは小さい時からこれが好きなのだ。

「…仕方ないなぁ」とヴィー。「ごまかされてあげるよ」

「ウォルフガング、欲しいものがあるから後で注文させてくれ。あと、次の休日にでも剣術指南をしよう」

 とたんにヤツの顔が変わる。

「ありがとうございますっ」


 ご機嫌になったウォルフガングを見送って、ヴィーと俺は再び馬に跨がった。次の目的地は市民に人気の雑貨店だ。

「ウォルフガングってさ、アンディを尊敬してるよね」

 とヴィー。さて、それはどうだろう。

「あいつは騎士団全員にあんな感じだぞ」

「そうなの?他の騎士たちを知らないからなあ。でも、ウォルフガングは僕の知らないアンディを知っているよね。よく怒られるんだ。『小隊長にそんなことをさせてるのか』って」

「ふうん」

「アンディ、ほんとは嫌だったりする?」

「何が?」

「僕のおもり」

 ヴィーは正面を向いているので、表情は伺いしれない。だがどんな気持ちでいるのかはわかる。こんなことは珍しい。

「俺は楽しいぞ。最近フェルディナンドも遊んでくれないしな」

「そっか」くるりと振り向くヴィー「よかった!」

 嬉しそうな顔だ。頭をなでてやりたいが、手綱を放してヴィーが転落したら困る。と、ヴィーは表情を変える。

「ていうかアンディ、早く奥さんになってくれる人を見つけたほうがいいんじゃないの?みんな心配してるよ」

「余計なお世話だよ」

「ま、僕は遊んでもらえてラッキーだけどさ」

 ヴィーは正面に向き直る。

「馬での散策なんて、絶対にアンディとしか行かせてもらえないからね」

 と、また振り返った。

「すっかり忘れてた!送ったクッション、使ってくれた?」

「ああ、あれか」

 ペソアに着いてすぐの頃、ドーナツの形をしたクッションがヴィーから送られてきたことがあった。

「おもしろい形だったな。なんだか騎士団の連中が気に入ってな。あっちの都で人気が出たぞ」

「そうなの?痔用のクッションなんだけど。そうか。必要としてる人が世間にはそんなにいるんだ」

 その言葉に脱力する。どうやらあれは、出立前に俺が買い込んだ薬に端を発したらしい。そんな用途だとは、まったく思いもよらなかった。

「いや、流行ったのはそういう理由ではないと思うぞ」

 なんだ、とヴィーは言って、すぐに次の話題に移った。

 まあ、俺を心配して送ってくれたには違いない。

 バカな子ほどかわいいと、誰が言ってたんだっけな、とヴィーの変わらないつむじを見ながら考えた。


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