2章・2 二日目
今日も鏡の前で、全身をチェックする。
うん、悪くない。
自分で思ってたより、制服を着ているあたしはちゃんと男の子だ。昨日、たくさんの生徒を見て、わかった。あたしより背の低い男子も、華奢な男子もいる。けして多くはないけれど。ジョーやアル、ウォルフが規格外サイズなんだ。比べるのが間違っていた。
となると問題は立ち振舞いだよね。以前、ウォルフに指摘された。筋肉をつける前にそこじゃないかと。
あたしもわかってはいるんだ。ヴィーとしての話し方、態度が幼いことは。でも年相応の男子っぽさがわからないんだよね。一人称を『オレ』にしてみたら、ミリアムとフェルに、とんでもない勢いで怒られたし。言い出しっぺのウォルフも首をひねりながら、そうじゃないんだよなと言い。結局、変わることができなかった。
でもねえ。さすがに15歳男子学生なんだから、それっぽく振る舞いたい。きっとあたしが幼くみえるから、バレンに目をつけられたんだろうし。
ああ、学校が始まる前に頑張ってキャラ変しておくんだった。
とりあえず出来ることから、やるしかない。
今日は入学二日目。
オリエンテーションのムカデ競争がある。主人公とバレンが出会うかどうかをしっかり見届けないと。あたし的にはバレンとのハッピーエンドになってほしいんだよね。そこを気にかけつつ、ムカデをがんばる。
それともう一つ。クラスの委員を決めるはずだ。フェルの話では、委員は不人気で立候補をする人はいないらしい。だけどゲームではジョーが立候補する。で、ジョールートなら主人公も立候補する。これは絶対に阻止したい。
そして今日、絶対にやらなくてはいけないこと。主人公マリアンナと会話すること!
昨日の入学式は、ゲームと違う展開だった。なぜだろう。
予想その一。あたしはここをゲームの世界だと思っているけど、実は違う。
予想その二。誰かがゲームと違う展開にしようとしてる。
順当に考えたら、マリアンナかカッツ・ゲインズブールがキイパーソンだろう。そのどちらかがあたしと同じ転生者で、故意にゲーム展開にならないようにしているのではないだろうか。もしそうなら、今のところマリアンナにはなんの利点もないから、カッツが転生者の可能性が高いんじゃないだろうか。
今日は絶対にマリアンナに話しかける。まずはどんな子なのかを確認して、できたら転生者かどうかも探る。
よし、計画完璧。
気合い入れていこう。
◇◇
「クラス委員というのはな、クラスのまとめ役であり雑務係であり教師の手下だ」
カッツの言葉にクラスは静まりかえる。
一時間目から委員決めだったのだけど、各委員の説明のためにカッツが最初に言ったのが、まさかのこの一言。
やっぱりこの人、うちに来たときと違う。なんか怪しいなあ。
「二人な。立候補はいるか?いなければ推薦な」
これはフェルやアルの言ってた通りだ。今朝アルは、立候補は出ないだろうから、最終的に推薦で自分がやることになると思うとため息ながらに話していた。
それに対してジョーは、王子として忙しいお前がやることはないよ、と言っていた。
推測するに、アルがクラス委員になるのは気の毒だと考えたジョーが立候補する、という流れなんじゃないだろうか。
カッツがあんなことを言うから、誰一人、立候補しない。このままじゃジョーと主人公がクラス委員になってしまうに違いない。
よし、覚悟を決めた。
あたしはすっと手をあげる。
「立候補します」
「ヴィー!?」
ミリアムが声をあげる。あたしは振り返った。
「せっかく学校に入ったしさ、色々チャレンジしようと思うんだ」
「よし、他にいないかー」
そうカッツが言い終わるか終わらないかのうちに
「はい!」
と複数の声がして手が上がった。ミリアムとウォルフとマリアンナだった。
マリアンナとはまだ話せていない。彼女は遅刻ギリギリに来たのだ。何を考えているのか、まったくわからない。
ミリアムは首を巡らせてウォルフが手をあげているのを見ると、自分は手をおろした。
「残念だけど、わたしは辞退します」とミリアム。「ヴィーと一緒にやりたいけれど、わたしでは足を引っ張ってしまうかもしれない。それに比べてウォルフガングは友人も多いし、頼りになる。きっとヴィーのいたらない所をサポートしてくれます。だからウォルフガング、ヴィーをよろしくね」
「待って待って、ミリアム!」
にっこりとウォルフに微笑む彼女。マリアンナも立候補していることをガン無視だ。悪役令嬢の貫禄が漂っているよ。まずいよ。
「でも」マリアンナが立ち上がった。「委員は男女一人ずつのほうがバランスがいいと思います。私はやりたいです」
うわ、彼女も強い。
「でも君」とジョー。「昨日は式典中に倒れたし、今日は遅刻ギリギリだよな。そんなんで委員なんて出来るのか? 」
この一言にざわめきが広がった。ジョーに賛同する声が多いようだ。
マリアンナは、たまたまですと答えたけれど、余計に印象を悪くしている。
「僕はウォルフガングに一票入れるよ」
アルがよく通る声で言った。すると自然と拍手が始まった。
「よし」とカッツ。「クラス委員はヴィットーリオ・シュタインとブランで決まりだ」
マリアンナは唇を噛んで静かに座った。
やっぱり彼女に不利に進んでいる。カッツが黒なのだろうか。
それにしてもミリアムだ!あたしはもっと上手く立ち回らないと、彼女が悪役令嬢になってしまう。難しいなあ、もう。
◇◇
その次の時間はオリエンテーションで、クラス委員はさっそく仕事をしなければならなかった。休み時間中に講堂に集合だって。おかげでまたマリアンナと話ができない。ミリアムには、マリアンナの立候補を無視した発言の件を婉曲に注意した。けれど彼女は
「ごめんなさい。ウォルフガングなら文句なしにヴィーを助けてくれると思ったのよ。そうしたら他の立候補のことなんて頭から飛んでしまったの」
としょんぼりしてしまった。悪気はなかった…のかな。いつもあたしのことを第一に考えてくれているし。でもそれが彼女を悪役令嬢にしてしまうのは困るんだよ!
「ウォルフガングはなんで立候補したの?」
隣を歩くウォルフを見上げる。悔しいけど、やっぱり制服姿が様になっている。鍛えすぎなんだよ。このまま騎士団に入っちゃえばいいのに。
「んー」ウォルフは遠い目をした。「悪寒がしたから?」
「なにそれ?」
「ま、ヴィーと一緒にやったら楽しいだろうな」
頭、わしゃわしゃされました。うーん。絶対に何かごまかしているよね。いいけどさ。
言われた通り、講堂に入ると。
「まじか」
とウォルフが小声で呟いた。すでに他のクラスの委員が集合していたのだが。その中にバレンがいたのだ。
おかしいなあ。ゲームではそんな設定ではなかったと思うんだけど。
向こうもあたしに気づいて、僅かに顔をしかめた。
「なんだ、お前も委員か、ヴィットーリオ・シュタイン」
「はい、殿下。よろしくお願いします」
ぺこり。ウォルフも
「ヴィー共々よろしくお願いします」
と挨拶。
バレンはあたしとウォルフを交互に見たけど、それ以上は何も言わなかった。ほっ。
他の委員三人中二人がウォルフと同じ少年団出身だった。偶然らしい。残りの一人は女の子だった。貴族の令嬢にしては珍しく活発そうな雰囲気で、長い髪を高く結い上げてポニーテールにしている。それぞれ自己紹介し合った。バレンを除けば、仲良くできそうな顔ぶれだ。
しばらくして他クラスの先生が来て、オリエンテーションの内容と(やっぱりムカデ競争だった!)委員の仕事を説明し、ムカデで使う変な仕様のヒモを配った。ムカデは名前の順で並んで先頭と最高尾を委員がやるとのこと。自然と各クラスの先頭は少年団出身の三人に決まった。
そうこうしているうちに、チャイムがなり学生が集まってくる。あたしたちもそれぞれのクラスに戻ることになったんだけど。あたしは歩こうとしてすぐに派手な音を立てて転んだ。みんながぎょっとした顔で振り替える。は、恥ずかしい。
「大丈夫か、ヴィー!」
「どんくさいな、お前」
ん?今、なんか聞いたことあるようなセリフが聞こえた。顔をあげるとバレンが呆れたように見下ろしていた。これはあれに似てない?主人公がバレンと出会う場面。
「何やってんだ。ほら」
バレンは顔をしかめたまま、手を差し出した。さすが王子様、下から見上げてもイケメンだ。
って。んんん?なんだこの展開は?
「ヴィー?動けないのか?」
ウォルフがすぐ脇にしゃがみこむ。
「あ、いや、大丈夫」
目の前にまだバレンの手がある。美男でしかも意地悪なやつの手は抵抗があるけど、無視するのも怖い。あたしはその手をしっかり掴んで立ち上がった。
「アリガトウゴザイマス」
「ヴィー、靴ヒモがほどけてる」
「そんなので転ぶなんて、ほんとガキだな」
バレンは言い残して去る。
なんだこれは?もしや彼はツンデレなのか?だとしてもあたしにツンデレして楽しいのか?
とりあえず靴ヒモを結び直す。
「バレン殿下って、よくわからない人だね」
「…そうだな。参ったな、厄介なことになっちまったぞ」
ウォルフはため息をついて肩を落とした。
教師からオリエンテーションについての説明があり、その後いよいよムカデになって、練習。しかし学生のほとんどがムカデ競争なんて見たことがないのだ。もたもたして、どのクラスも上手くいかない。そのうち各クラスとも、先頭から熱血指導が始まった。どうやら少年団出身の闘争心に火がついてしまったらしい。
結果、本番ではどのクラスも足並みが揃い、驚異的な速さでの接戦となった。教師陣もこんな白熱の戦いは見たことがないと驚いていた。そしてあたしたちの組が優勝。
…そんな訳で、マリアンナがもたもたすることはなく、当然バレンから「どんくさい」と小バカにされることもなかった。会話すらなかった。
また彼女にとって不利な進み方だ。
ただ、あたしには進展があった。あたしはクラス委員として列の最後についたのだけど、前がマリアンナだったのだ。おかげでようやく彼女と会話ができた。といっても競争に関することだけだったけどさ。
オリエンテーション終了後。再び召集のかかったクラス委員。今度は次の時間に配布する教科書を運ぶよう命じられた。
内心うへえと思いつつ。知り合ったばかりの仲間と文句を言いながら教科書を運ぶのは、一気にみんなの距離が縮まったようで楽しかった。
バレンの態度も普通だったし。
うーん。あたし、『ガキ』呼ばわりが悔しくて、まだちゃんと謝っていなかった気がする。
「バレン殿下」
呼びかけるとバレンはごくごく普通に、なんだと返事した。
「あの、すいませんでした。最初にお会いしたとき、気が付かないでご挨拶せずに通りすぎてしまって。まだ謝罪してませんでしたよね。遅くなってしまいましたが、大変な失礼をして申し訳ありませんでした」
頭を下げる。バレン、無言。あれ、また怒らせちゃったのかな。
「…お前、ガキなうえにバカだよな」
ええっ。更にディスられましたよ。
「しかもすぐに顔に出る」
「ぎゃっ!」
突然、バレンはあたしの頬を指で詰まんで引っ張った。
「殿下。やり過ぎです」
ウォルフが助けに入ってくれて、バレンは頬を離してくれた。
「…ほんと、ガキだ」
そう言い捨てて、バレンは自分の教室へと去っていった。
「大丈夫か?ヴィー」
「…ねえウォルフガング。僕は許してもらえないのかな?」
「いや」ウォルフは首を横に振った。「言いたかないけど。お前、めちゃくちゃ気に入られてるよ」
「はい!?」
なんだそれは?
「…おもちゃ認定されてるんだと思うぜ」
「おもちゃ!?」
予想のななめ上をいく扱いだよ!
「反応がおもしろいからな」
そんな。
何度も言うけど、あたし、みんなの七つ年上ですけど?それなのに、おもちゃ?ひどいよ!
「ミリアムには黙ってろよ」ウォルフはため息。「ぜってー、怒り狂うから」
「う…ん」
たしかにその姿が目に浮かぶ。次はひっぱたいてやると宣言していたっけ。ウォルフの説の真偽はともかく、また暴言吐かれたことは黙っていないと。
なんだか本当に、色々とどうなっているんだろう?
あたしの頭の中ははてながいっぱいだった。




