1章・最終話 帰還 3
アルの私室に戻り、扉を開く。ただいまと挨拶をして、ミリアムの目と鼻が赤いことに気づく。泣いていたの?
あ、さっきみんな涙ぐんでいたっけ。そのせいかな。
彼女はにっこり微笑む。
「あら、ヴィー、早かったのね。会えなかったの?」
「会えたよ。けど忙しそうだったからすぐに切り上げた。明日うちに来てくれるって」
「そう、よかったわね」
あたしは彼女の隣に座る。向かいにはレティとジョー。左にアル。出立前と変わらない。
なんだろう。この雰囲気は。どことなく沈んでいる。アルが帰って来て嬉しいはずなのに。
「下でバレン・ルー・ペソア王子に会ったよ」
「えっ!」
なぜかみんなが大きな声で反応する。顔が強ばっている。
「大丈夫だったか?」とアル。「話したのか?」
「うん、ちょっとだけ。ていうか、名前を聞かれて突然ガキ呼ばわりされて終わり」
「それだけ?」
とミリアム。うん、と頷く。みんなほっとした顔だ。なんなんだ一体。
「バレン王子に僕はすごく嫌われていてね」
とアル。
「ええ?一緒の馬車で来たよね?」
「それはペソア王の意向で仕方なかったんだ。あちらの学校では一応普通の対応をしていたんだけどね、プライベートでは露骨に僕を嫌っていたんだ。だから気をつけて。僕の友達には態度が悪いかもしれない。今、ちょうどその話をしていたんだ」
アル、にっこり。
そうか、だから空気がおかしかったんだ。
「来月から同じ学校に入るけれど、絶対に彼に一人で会ったらだめだよ」
「そうよ、もう悪口を言われたのでしょう。そんな嫌なやつ、何をするかわかったものじゃないわ」
「女の子組とヴィーは、必ず俺かアルと一緒じゃなきゃ近寄らない、ってことにしよう」
「ちょっと待って!」異議がある!「なんで僕まで女の子組と同じ扱いなのさ」
四人は顔を見合わせた。
「あら、だってこの中で一番苛め甲斐がありそうじゃない?」
ミリアム、爆弾発言!
「ひどい、ミリアム!」
「でもそれが事実だ」
とジョーまで!隣でレティがうなずく。アルを見れば、
「残念ながらその通り。もしかすれば女の子には意地の悪いことはしないかもしれない。けどヴィーには容赦しないだろうね。だって何もしてないのに、暴言吐かれたんだろ?」
うっ。そう言えば何もしてない訳ではないのかも。
「あの…。行きにすれ違ったときにガン無視しちゃった。侍従の集団だと思って。まさかバレン王子がいるなんて思わなかったから」
「ん?行き?どんな状況だったんだい?」
「いや、行きは今言ったとおりでさ。戻ってくるときに待ち構えられてた。で、『ガキ』って言われたんだよ」
「え、わざわざ待ってたの?あいつ」
アルが目を見張る。うんとうなずけば、四人は目配せしあった。
「これはまずいかもな」
とジョー。隣でレティがうなずく。
「ヴィー、もう標的に決められたんじゃない?」
とミリアム。
「そんなあ」
でも自業自得か。僕が先に挨拶しないで通り過ぎたんだ。がっくり肩が落ちる。
「とにかくヴィーは絶対にバレンと二人で会ったらダメだよ。僕かジョーね」
「…ウォルフガング・ブランでもいいわ」
とミリアム。アルが彼女を見る。
「入学したら二人だけでは手が足りないもの」
「そうだな」とジョー。「あいつは信用できるよ、アル」
そうか、とうなずくアル。
「…僕、そんなに守ってもらわなくても大丈夫だよ。女の子じゃあるまいし。悪口の一つや二つ、気にしないし」
ちょっと複雑な気分だよ。
「そうね」とミリアムは微笑んだ。「アルがあんまりひどい目に合ったと言うからつい過剰に心配しちゃったわね。でもみんな、気をつけましょう。レティはちゃんとジョーが守るのよ」
「おう」
「よし」とアルは手を叩いた。「この話はここまでにしよう。僕がいなかった間のことを聞かせてよ」
それから僕たちはたくさんの話をした。みんな話たいこと聞きたいことが山のようにあって、侍従のストップがかかるまで怒濤のように喋り続けた。でもアルは休んで疲れをとらないといけないからね。
最後に一人ずつ、またアルとハグをしてさよならをした。あたしはまた心臓がバクバクしたけど、一方でだいぶ慣れたような気もする。そつなく対応できたはずだ。
帰りの馬車で、ミリアムと二人きり。窓から入る夕日が彼女の顔を橙に染めている。笑顔でいるのに、どこか辛そうに見えるのは気のせいかなのかな。
「アル、すっかりかっこよくなったね。見違えたよ」
「そうね」
うなずくミリアム。
「僕たちの周りってイケメンばかりだよね。ジョーとかフェルとかアンディとか。あ、一応ウォルフガングも」
ぷっとミリアムが吹き出す。よかった。
「一応なんて、ひどいわヴィー。仲良くしてるのに」
「うーん。ウォルフガングもいい男だと思うよ?でもアルたちに比べると、やや普通?」
まあ、アルとジョーはゲームキャラだし。ウォルフはモブにいたかどうかすら覚えてないし。
「あと、ヴィーもイケメンね」
「…優しいなあ、ミリアムは。僕、自分でも男っぽくないって分かってるよ」
「あら、男っぽいだけがイケメンの定義ではないわ。ヴィーはすごく美しいわよ。そうね、儚い妖精の王子様って雰囲気よ。黙っていれば」
「ちょっと!最後の一言、いらなくない?」
ミリアムは口元を押さえて可憐に笑う。本当にかわいいなあ。こんなにかわいいのに、学園に入ったら悪役令嬢になっちゃうの?とても信じられない。
「ねえ、ミリアム」
「なあに」
「アルってばより素敵になったけど、好きになったりしちゃった?」
ミリアムは。あたしの言葉に目を見開いて固まった。それから急激に顔が真っ赤になった。夕焼けの中でも分かるほどに。
「な…にを言ってるの、ヴィーったら。あたしが好きなのはヴィーだけよ」
笑顔。でも取り繕った笑顔だ。声も少し震えている。
「そっか。そうだよね」
あたしはミリアムの手を強く握りしめる。
心臓が飛び出そうなぐらいに激しく脈打っている。
ミリアムはアルが好きなんだ。
きっと、今さっきの話なんかじゃない。ずっと前からだ。あたしが気付かなかっただけ。ミリアムはあたしに気付かれないように、慎重に慎重に隠していたんだ。
なんで?どうして?という気持ちと。彼女が悪役令嬢になる可能性が高まった不安とで、あたしは何がなんだかわからなくなった。




