幕間・赤毛の闘争
赤毛のウォルフガングの話です。
朝起きたら窓の外は一面の雪景色。ちょっとやそっとじゃない積雪。今日は少年団の鍛練の日だったけれど、これでは中止だ。代わりに屋敷の男総出で雪かきをやることになるだろう。店周りの。
めんどくさいなあと頭を掻きかき、寝間着のまま外を眺めていると、侍従がやってきた。お盆の上に手紙が一通。
こんな積雪の中、どうやって?送付魔法しかないな。誰だろう。
不思議に思いながら手に取り見れば、差出人はまさかのヴィーだった。
あいつは送付魔法なんて出来ない。兄にやらせたのか。余程の急用なのに違いない。
何かあったのかとはやる鼓動を感じながら手紙を読むと…。
可能だったら、シュタイン家の裏庭に来てほしい。シュタイン家の人間にみつからないように気を付けてね、との内容だった。
どういうことだ。嫌な予感しかしない。
とりあえず店周りの雪かきはしなくて済みそうだが、どうやってシュタイン家まで行くかが問題だ。失われた魔法には、空を飛んで移動する術もあったらしいが、現代では見たことはない。さてどうするか…。
◇◇
結局、新雪でも歩きやすいかんじきを靴につけ、自力でシュタイン家へ到着した。
オレの姿を見たヴィーは飛び上がらんばかりに喜んだ。それほど喜んで貰えるのは嬉しいけれど、その傍らのスコップが気になる。その後ろには橇もある。これは予感が的中したんじゃないだろうか?
「ありがとう!」
ヴィーは満面の笑顔をでオレの手を握りしめた。
「来てくれて本当にありがとう!」
「…おう。まさかと思うが、橇遊びをする気か」
「そうなんだ」
ヴィーは悪びれもせずに笑顔で首肯する。
「ここね、ほら、緩やかな坂だろう?もうちょい雪を盛って傾斜をつけるんだ」
念のために辺りを見回す。ミリアムやフェルディナンドどころか、侍従のウェルトンもいない。
「お前、あの手紙はどうやって届けさせたんだ?」
「エレノアに内緒で頼んだ」
なるほど。兄妹でヴィーに甘いのか。
「坂作りも橇も、屋敷の人間には内緒なんだな」
「ミリアムに怒られるからね。そういえばロレンスは?」
ロレンスはオレの侍従だ。
「置いてきた。今日は総出で店周りの雪かきだ」
出掛けに父親から非難の眼差しを向けられたが、ヴィーからの緊急の要件なんだと告げたら、態度はころりと変わった。代わりにロレンスがオレの分までこき使われているだろう。
けれどこれからオレがさせられるのは、店周りの雪かきと何ら変わらない。誰とやるかが違うだけ。
二人でひたすら雪の坂を作る作業。はっきり言って非力のヴィーは、やる気でカバーしているとはいえたいした戦力じゃない。
なんでこんなことを思い立ったのか。そう問うと。
「んー。本当はスキーがやりたいんだ」
と意味の分からないな回答が帰って来た。
「山に行ってやりたいのだけど、怪我をしたらどうするって言われて一度も行けてないんだ。となると、庭でできる範囲で楽しむしかないだろ?スキーができるだけの斜面を作るのは大変だから、橇でガマンしているんだ」
「ちょっと待て。この橇遊びは前からやっているのか?」
「そうだよ。毎年」
当たり前のように答えるヴィー。どこから突っ込めばいいんだ?
「毎年やってて、誰にも気づかれてないのか?」
「まさか。毎年ミリアムに怒られてるよ。坂を作るのが早いか、見つかるのが早いかって競争だよ。今日はラッキーでさ。ミリアムってばレティのとこにお泊まりしてるんだよ。女子会なんだって」
なるほど。
「毎年怒られているのに、やってるのか。ミリアムが気の毒になるな」
そう?なんて言いながら、袖で額の汗をぬぐうヴィーはめちゃくちゃ楽しそうな顔をしている。
「しかしこれをお前ひとりでやるのは大変じゃないのか?何時間かかるんだ」
「まさかあ」ヴィーは大笑い。「僕ひとりで出来る訳ないじゃないか。完成前に見つかっちゃうよ。いつもアンディが作ってくれてたんだ」
なに!?
「今年はアンディがいないからムリだと思っていたんだけど、ウォルフガングが手伝ってくれて助かったよ」
「お前、ブルトン小隊長にこんなことをさせてたのか?」
「うん。あの筋肉は見てくれだけじゃないよね。いつもあっという間に作ってくれるんだ」
本当にどこから突っ込んでいいのか。思わず頭を抱えたくなる。
「お前なあ、あの人はエリートなんだぞ」
「小隊長、最年少なんだろ?知ってるよ」
「いやそれだけじゃない。騎士団評議会も最年少だし…」
「何それ?」
「貴族青年部評議会なんて4人しかいない幹部のひとりだぞ。それも最年少だし」
「知らないなあ」
「お前、フェルディナンドさんも幹部だぞ」
そうなんだー、とヴィーはいたって呑気だ。さすがに呆れてしまう。
「とにかくエリートだし、めちゃくちゃ忙しい人なんだぞ」
「うちにはしょっ中いるけどなあ」
ふと。これはもしかすれば家柄の差なのかもしれないと思い至った。
ヴィーは政治に疎い訳ではない。国の歴史や政治、経済についてよく勉強しているようだ。自分の兄やその友人が何の職務についているかも把握している。多分、プラスアルファの名誉職に興味がないのだろう。青年部評議会の幹部なんて、普通の貴族ならはなりたくて仕方ないものだ。だがシュタイン家のような家ではそんなものは、なって当たり前のことなのかもしれない。
とはいえなあ。ブルトン小隊長、騎士団のときは厳しくて凛々しいのに。そんな人が他人様の屋敷裏で、せっせと橇遊びの準備をしているなんて。
ヴィーを見れば、男にしては華奢すぎる腕で、懸命に雪をすくっては投げ、投げては固め、と必死に坂を作っている。
バカな子ほどかわいい、と聞いたことがある。
オレは上着を一枚脱いで投げ捨てる。
アンディに比べて時間がかかるなあ、なんて思われたくない。明日の筋肉痛を恐れるな。店周りの雪かきより、よっぽど有意義じゃないか。
オレはスコップを剣のように掲げた。
「よし、本気で行くぞ」
ヴィーは手を止めオレを見ると、口元に手を添えて
「よっ!三代目!」
と意味のわからないかけ声を叫んだ。
読んでくださってありがとうございます。
次回、本編に戻ります。




