1章 ・ 1 取り戻した記憶3
フリスビーで頭を強打したあと、あたしは前世(としか考えられないもの)を思い出した。
たぶんだけど、後頭部を打つ、ってのが前世の死に方と同じだったから、引き金になったんじゃないかな。
そうして、前世の“あたし”と今の“ヴィー”の二人分の記憶と人生に混乱して。
あげくに女子高生だった身体が男の子の身体になっていることに愕然として。
なんとか、これは夢じゃないって納得したころ。
今度はこの世界が、前世であたしがやりこんでいた乙女ゲーム『シュシュノン学園』だって気がついてパニックになった。
だってあたしを含めたいつメンの5人みんなが、ゲームの登場人物なんだもん。
隣に座って、あたしと同じように蝶を目でおいかけてるアルを盗み見る。
ゲームにおいて、“アルベール王子”はあたしの一番のお気に入りだった。
優しくて穏やかで。でもなにかしらのトラウマを抱えているせいで、恋に臆病。そんなキャラだった。
たとえまだ10才のお子様とはいえ、そんな人が親友なんだもんなー。すっごく複雑。
あたしの視線に気づいたアルがこちらを見てにこりと笑う。
あぁ、もう、かわいすぎる!
お姉さん、ショタ趣味ないよ。ないけどさ!
あまりのかわいさにクラクラしちゃうよ。
「…レティは?ミリアムと一緒かな?」
「うん。二人で作戦を練ってるよ」
「作戦?」
「ジョーの誕生日。何を送るか、品物が被らないようにだってさ」
「そっか!ぼくたちも考えなきゃ!」
そうだねとアルはうなずいて立ち上がると、あたしに向かって手を伸ばした。
「アル!ぼくはもう大丈夫だって。ひとりで立てるよ」
「うん、でも、さ」
アルは穏やかな笑みを浮かべたまま、あたしを待っている。
まったく!こういうところが素敵王子様なんだなぁ。
あたしはアルの手をつかんで立ち上がった。
このかわいい親友が、どういう経緯でトラウマを抱えることになるんだろう。ゲームの中では明かされることはなく、主人公の誠実さに癒されて立ち直るっていう展開だった。
ゲームの開始は、あたしたちが王立シュシュノン学園に入学するところ。それまで後5年あるから、この間に何かが起こるにちがいない。
でも、そんなの絶対に許さない。こんなにかわいくて素敵な親友が傷つくなんてことがあっていいはずがない。
あたしはまず、アルを守らなきゃ。
ぐっ、と握りこぶしに力をこめると、アルはプッと吹き出した。
「ヴィーってば気合いが入りすぎだよ」
「えへへ。女子組に負けないプレゼントをかんがえなきゃね」
「…うん」
ちょっと複雑な表情のアル。そっか。レティに勝っちゃいけないのかな。アルもあたしに負けず劣らず妹が大好きだからね。
それがまた問題なんだけどさ。
『シュシュノン学園』の攻略対象は5人いて、一人目はアル。二人目が、まぁ誰でも予想がつくだろうけど、宰相の息子たるあたし、ヴィットーリオ・シュタインなんだよね。
そんなわけで、あたしも銀髪にアイスブルーの瞳という色素薄めの線が細め、文系?な感じの美少年。
ゲームのキャラ設定では冷静沈着でアルベール王子の片腕的存在。恋にも女の子にもまったく興味なし。
そんなだから攻略が一番難しいと言われていたくらい。
おかしいなぁー。今時点では元気いっぱい、アウトドア大好きな少年なんだけど。まぁ、女の子に興味がないのは、中身があたしなんだから当然だけど。
で、3人目がジョーこと、ジョシュア・マッケネン。ゲームでは、黒髪に黒い瞳、細マッチョ。親しみやすいムードメーカーってキャラなんだけど、今もまったくその通り。
さすがにマッチョではないけれど、あたしたち3人の中では一番運動神経がいいし、しなやかな体つきをしている。
これって大方のゲームなら、騎士団長の息子役になると思うんだけど、なぜか財務大臣の息子なんだよね。
目新しさを狙ったのかな?
残りの二人は学園に入ってから出会う(と思われる)から、置いておいて。
あたしたち男子3人は攻略対象だから、まあ、いいんだ。
困ったのはレティとミリアムの女子二人。二人とも、ゲームの中では悪役令嬢なんだよね。