番外編・王子の鬱憤2
まだ夜が明けたばかりの早朝。冷たい風が春の花の香りを運んでくる。王宮の中庭。いるのはベンチに並んで座っているミリアムと僕。遠くに立ったまま仕事の話をしているシュタイン公爵と僕の父。
父と僕が早朝の散歩をしていたら、所用で娘を連れて出仕してきた宰相とばったり会った…という設定だ。
一昨日の視察で僕がアンディに『義理の父からの信頼が厚くてデートが許されて、羨ましい』と言ったのがしっかりと報告書に記載されていて、シュタイン公爵の目に止まってしまった。
結果、両方の父親の計らいにより、短いれど二人きりの時間を作ってもらえたのだ。こんなのはプロポーズした時以来だ。あれから僕たちが会うときは、必ず侍従と侍女が付き添うようになった。
僕は王子だ。
礼節を守り常識ある行動をとるのが当たり前。
結婚前の男女が二人で会うなんて言語道断。
…なんて納得出来るか!!
ようやくミリアムと両思いになれたのに、常に周りに人、人、人。
奥ゆかしいミリアムはほんの短い間、手を繋いでくれるのが関の山。キスなんて夢のまた夢だ!!
もう丸10ヶ月もこの状態だ!!
こんなの耐えられるか!!
ヴィアンカとアンディを見てみろ!二人きりで遠乗りだぞ!それを周りが許している、それどころか暖かい目で見守っちゃって、挙げ句に人のいない穴場スポットなんて教えている!
なんだよこの落差は!
…そりゃアンディだって、色々我慢しすぎて気が遠くなりそうだと嘆いていたけれど。でも二人きりで、手は繋げる。キスも出来る。馬に乗るときなんて抱きついてもらえる!くそっ、ずるすぎる!
僕もせめて、上品さを忘れたミリアムに切なくいとおしげに『アル!』と名前を叫んでもらいたい!駆け寄ってもらいたい!
たまる一方の不満を気の毒に思ったのだろう父親たちが、せっかくこの場を用意してくれたのに、ミリアムは僕から15センチも離れて座るし、バカップルの話なんかをする。
僕はいちゃいちゃしたい。
「だって」ミリアムが虫の羽音のような小声で言う。「…何を話せばいいの?」
真っ赤なミリアム。可愛いミリアム。
僕は馬鹿だ。
彼女はこのシチュエーションに緊張しているのだ!なんでそんな簡単なことがわからない。
「…何も話さなくていいよ」
僕は二人の間の15センチの距離を詰める。彼女は驚いて離れようとしたけれど、さっと腰に手を回して逃がさない。
なにしろ良い手本がいるから、どうすればいいかよくわかる。
散々レティに不埒ななことをするなと怒ってきたけど、まさかここであれが役に立つとは。ありがとう、ジョー。お前は素晴らしい教師だ。
うつむく彼女の顎に手をかけ、こちらを向いてもらう。恥ずかしげに伏せた目、揺れる長い睫毛。
可愛い。すべてが可愛い。
愛らしい唇にキスをする。
何度も何度もついばむようなキスを繰り返す。
奥ゆかしいミリアムはされるがまま。だけど逃げることもせずに、震えながら僕の服を掴んでいる。
ミリアムはこれでいいんだ。僕の名前を叫んでくれなくても、駆け寄ってくれなくても。
僕のことを大好きでいてくれるのだから!
ああ、だけど。
こんなキスでは物足りない。
もう少し大人のキスをしたい。
できればその美しい首筋に顔を埋めたい。
いいだろうか?
ミリアムは怖がるだろうか?
だがこんな機会は次いつあるか、わからない。
決行するべきだ!
「いいのかなー」
朗々とした声が中庭に響き渡る。
「キスしまくってる」
ミリアムがパッと僕から離れる。
遠くの公爵が振り返る。顔が怒りで真っ赤だ。
くそっ!
声の主を探す。
「上だぜ」
見上げると窓から半身を乗り出して、ニヤニヤ顔でバレンが見下ろしていた。
「いつかの仕返し」
と嬉しそうに言う。
「ふざけるな!落ちてしまえ!」
バレンは笑って引っ込んだ。
公爵が大股でやってくる。
「殿下!キスなど許してません!」
「なぜだ!なぜアンディは良くて僕は駄目なんだ。理由をはっきり教えてくれ!」
僕の隣ではミリアムが真っ赤になってうつむいている。かわいそうだけど、ここは引けない。はっきりさせておかないと。
「アンディはキスまでで我慢できる!殿下は危ない!」
大声で断言されたことに、上からくすくす笑いが聞こえてくる。バレンとヨハンに違いない。
…そして僕も反論できない。先ほどの僕の心を覗いていたのだろうか。
公爵は僕が反論しないことで、更に顔を歪めた。不埒な感情を抱いていると認めたようなものだ、と気づくがもう遅い。
「今日の視察、殿下はお怪我で欠席か。残念だ」
と公爵。拳を握っている。
「いや、ちょっと待ってくれ!」
「父さま!」
仮にも僕は王子なんだぞ!
「そのへんにしてやってくれ」
おっとりがたなでやって来た父が、公爵に言う。
「どうせ次に二人きりになれるのは結婚後だ」
「…それならば」
公爵は拳をといた。
「結婚後!?」と僕は叫ぶ。
「仕方ない」と父。「王子として節度ある振る舞いをしなければならないからな」
け、結婚まであと何ヵ月だ?
がっくりとうなだれると手に柔らかいものが触れた。ミリアムの手だ。
彼女を見ると真っ赤な顔をしている。
「まずは今日のお花見を楽しみましょう」
「…ああ」
返事をしながら彼女の手に指を絡める。これくらいは許されるよな。
公爵を見上げると、大きなため息のあとに、
「許せるのはそこまで!」
と叫ばれた。
お読み下さり、ありがとうごさいます。
☆改稿と誤字の訂正について☆
本日の改稿はすべて、この10日ほどに頂いた誤字報告の適用です。
今後誤字報告を受け付け致しません。
また余程ひどいものでなければ、自らも訂正は致しません。
ご報告が遅くなり、申し訳ありません。
作品を読んで下さる方にとって、何がベストか考えました。
あまりに誤字が多いので、誤字報告をしていただけることは、本当に助かっていました。ありがとうございました。
一方で私ですと、『改稿』の文字を見てわくわくして読んだのに、誤字以外はどこも変わっていなかった。というのはひどく落胆します。
ですので、上記のようにすることにしました。
誤字脱字が多く読みづらいと思いますが、どうぞご理解ください。
また今まで誤字報告を下さった皆様、ありがとうございました。
桃木




