番外編・月明かりの姿見
ヴィーの話です。
月日が少し戻りまして、
七日七晩の昏睡から目覚めた後になります。
ふと目が覚めた。レースのカーテンを通して届く月光が部屋の中を明るく照らしている。
まだ夜中か。
夢を見ていたな。すでに記憶から消えかかっているけれど。恐らくはまた、小さい頃の夢だ。毎晩のようにそれを見ている。
目をつむり、懸命に思い出す。
…そうだ、ミリアムがいた。わたしは…なぜか彼女を見下ろしていた。
どこか高いところに…そうだ、庭の木だ。止めるミリアムを振りきって、庭の木に登ったことがあった。
それをフェルに見つかって、ものすごくお説教された。女の子のすることじゃない、って。
横でアンディが笑いながら、『昔、フェルディナンドも登って、執事に公爵家の令息がすることじゃないって叱られたんだ』と教えてくれた。フェルが『お前も一緒にやって叱られたくせに!なぜバラす!』と怒ったっけ。
夢を見ては、ぽろりぽろりと幼い頃のことを思い出す。どれも楽しいことばかり。
忘れていたことが悲しい。
昔のわたしを取り戻せて嬉しい。
よいしょ、と起き上がる。
自分の体を見ると、胸にはささやかなふくらみ。
七日七晩の昏睡から目覚めて今日で四日。いや、五日になったかな。
女の子の体には慣れた。というか、しっくりしている。
わたしは、女の子だ。
気付いたら、自分のことを『わたし』と言うようになっていた。少し前までは『あたし』だったのに。
ヴィアンカだった頃の記憶を取り戻したからなのかな、と思っている。
『わたし』がしっくりするのだ。
ただ。
どうしてか女の子の服装がダメ。なんだか落ち着かない。
今着ている夜着は女物だ。昏睡から目覚めたときに既に着せられていた。そっと男物がいいと頼んでみたけれど、スルーされてしまった。
まだ一日の大半を寝台の上で過ごしているけど、女物の寝間着を見られたくなくて、ローザに文句を言われながら男の子の服を着ている。
寝台から降りる。急いで目眩を起こしたら大変だから、ゆっくりと。
そろりそろりとクローゼットに向かい、中から服を取り出す。今日届いたばかりの女の子の服。もちろんスカート。床まで届く丈。
とても可愛らしいデザインで、ミリアムが着たら絶対に似合うと思う。…わたしも着てみたい気はする。
だけど、どうしてか着られないのだ。
月明かりの中、姿見に向かって女の子の服を自分に当ててみる。
どうなんだろう?
かわいいのだろうか?
変じゃないのだろうか?
似合っているのだろうか?
この前まで男の子だったわたしが着て、女装している感はないのだろうか?
それに…。
明らかに、見た目が弟でなくなってしまう。
女の子に戻っても兄でいてくれると約束をした。
約束はしたけれど…。
胸の中がもやもやとしている。
呪いが解けて、わたしもみんなも幸せのはずなのに、なぜだかすっきりしない。
服をクローゼットに戻す。
姿見に映るのは、白いワンピースを着ているかに見えるわたし。
目覚めた日は自分の格好にまで気が回らなくて、この姿でアンディと過ごしてしまった。
何も言われなかった。
かわいいともおかしいとも。
女の子に戻れて良かったとも。
そのことに気づいたのは翌日。
わたしも余裕がなかったのだから、アンディだって余計なことに目を向ける余裕はなかったのだろう。ひたすら、ごめんと言い続けていたしね。
だけど、もやもやする。
鏡の中の自分を見ているのが苦しくなって寝台に戻った。縁に腰かける。
そこから真正面のチェストの上には、今日完成したばかりの立体パズルが乗っている。
アンディと組み立てた。
ここで二人でああでもないこうでもないと言っていたら、いつの間にか来ていたミリアムが、何とも言い難い表情を浮かべていた。
どうしたの?と問うと彼女は、
「嬉しいのよ!」
と笑顔になった。
そうしてわたしをぎゅっと抱き締めると、
「女の子の服を着たヴィアンカは誰よりもかわいいに違いないわ!」
と言った。
「だけれど御披露目は、わたしは二番目でいいわ」
「二番目?」
「ええ、二番目」
彼女はうなずいて、ローザが承知しましたと返事をした。
そうしてミリアムはお邪魔してごめんなさいね、と出ていった。
ミリアムは誰の次のつもりであんなことを言ったのだろう。
どのみち、まだ女の子の服を着る気分ではないけれど…。
◇◇
「もう七日も経つのに!こんなに素敵なお召し物が沢山あるのに!」
ローザがクローゼットを整理しながら、ぷりぷり怒っている。
女の子になって七日が経ったけれど、今日も男の子の服を着ているわたし。午前中に尋ねてきたマリアンナにも怒られた。
だってさ…。
「…本当はすごく楽しみにしているんですよ」とローザ。「でもそう言うとヴィアンカ様の負担になってしまうからって、我慢なさっているんです。お気の毒に」
「誰が?」
ローザは手を止めちらりとわたしを見て、またクローゼットに向き直った。
「アンディ様以外に誰がいるんですか!本当は、ヴィアンカ様が女の子の服を着たら一番に知らせてほしいと頼まれているんです!まったく、いつまでお待たせするつもりなのか」
アンディが?
そんなことを言っているの?
わたしの女の子の格好を楽しみにしてくれているの?
胸がざわざわする。
「…だってわたしにはそんなこと…」
「ヴィアンカ様が『男の子の自分も好きだった、ヴィーがいなくなるようで淋しい』って言ったからじゃないですか!」
言った!
目覚めた翌日に!
本当にそう感じているから。
そのことを話したらアンディは、ヴィーって呼ぶよと言ってくれて嬉しかった。
だけど、そのせいで気を遣ってくれていたの?
アンディは女の子の格好を喜んでくれるのかな。
変だとは思わないかな。
と、執事が恭しく大きな箱を運んできた。
「まあ、またドレスが届きましたよ!」 とローザが声を上げる。「今日こそ着ていただきますよ!」
変に思われないのなら。
楽しみにしてくれているのなら。
「…着てみようかな」
思いきってそう言うと、ローザは満面の笑顔になった。
◇◇
ずっと後になって知ったこと。
目覚めた日。女の子の夜着を着ているわたしを見たアンディは。
本当はすごくすごく、抱きしめたくて仕方なかったんだって。
それを教えてくれたあと、とても可愛かったよ、と囁いてくれた。




