番外編・騎士と山桜 2
◇◇
小さな平地を一通り散歩をしたあと、一際立派な桜の木の下に敷布をひいた。
リュックからサンドイッチを取り出すと、ヴィーがはにかんでタマゴサンドは自分で作ったと言う。出発は早い時間だったのに、この遠乗りのために張り切って作ってくれたのかと思うと胸が熱い。
ありがとうと言って頭を撫でると、嬉しそうに笑った。
「アンディに頭を撫でてもらうの、大好き!」
「『大好き』が沢山あってくれて嬉しい。…が、逆に嫌いなところはあるか?あるなら直す」
来週からヴィーは新学期が始まる。学校生活ではどうしたってあいつに比べて俺は不利だ。だから俺はがっつりと彼女の心を掴んでおきたい。
ヴィーは眉間に皺を寄せて考えているようだったが、小さく、あっ、と声をあげて頬を赤らめた。
「なんだ?」
「…なんでもないよ」
どう見ても何かある。だがヴィーは
「本当だから!ランチを食べよう!」
と強引に話を終えた。
気になりつつも我慢をして、ヴィーお手製のタマゴサンドを食べる。美味しい。そう伝えれば、彼女の目尻はますます下がる。
本当になんて可愛いのだろう。
だけど最近は可愛いだけではなくて、大人っぽくもなってきた。
呪いが解けた当初は幼さがあったのに、今はない。伸長も少し伸びてミリアムと同じ背丈になった。背中側から見たら見分けがつかない。
ゲインズブールは、やはり呪いが成長を妨げていたと結論づけた。
あいつはヴィー本人や周囲の人間から聞き取り調査をした。学会に発表はせずに、研究して資料に残すだけという。
フェルディナンドは渋い顔をしていたが、命の恩人だから仕方ない。
で、その調査の結果。ヴィーが当初は男の子らしく育ったのに、やがてそれが緩やかになり、最後の数ヶ月では急速に女の子らしくなったことに、ひとつの仮説が立った。
どうやらヴィーの心の変化が関係したようだ、と。
呪いをかけられてから何年かは、ヴィーの自我は完全に男の子だった。だから男らしく成長。
その後、前世の記憶を取り戻し、自我が女の子に戻った。それが呪いに影響し、その効果も薄れ始めた。
そして。ゲインズブールが言うにはヴィーが俺を意識し始めたのと、急速な女の子化が始まったのが同時期らしい。
この調査結果を知らせてくれたときに、ゲインズブールは
「あと少し待てば本当に自然に呪いが解けたかもしれん」
と言った。その隣に座っていたナターシャは
「だからキスすればよかったんだよ!」
とニヤニヤした。
「そうだな、キスしたら一気に解けたかもな。なぜさっさとしなかった。そうすればより良い研究になったのに」
真顔で言うゲインズブールに腹が立った。自分だって散々ナターシャとこじらせていたくせに。
「…教師のセリフか。だいたいさっさとしなかったのはお前だろ。プロポーズに何年かかっている」
「…お前の悪行をヴィアンカに全て話そうか」
「俺は悪行した覚えはない。取られるのが嫌ならナターシャにお前の名前を書いておけばよかった」
「気安く名を呼ぶな!」
そんなやり取りをしたあと。
前世の話は内密にする約束だとのことで、ゲインズブールは最後の数ヶ月の変化についてだけシュタイン家に報告した。
するとおじさんにもフェルディナンドにも、
「それならさっさとやっておけば良かったのに」
と言われた…。
隣で美味しそうにサンドイッチを食べるヴィーを見る。
可愛いヴィー。
昔から彼女を見ていると心が落ち着いた。彼女は俺の苦手な悪い感情を持つことがほとんどなかったからだ。
いつも楽しそうにニコニコ笑って、真っ直ぐな目をしていた。
そんなヴィーを俺は大切にしたい。
傷つけたり、嫌な思いをさせたりなんて絶対にしたくない。
あの頃、たとえ秘密の計画がなかったとしても、彼女の意思を無視して自分の欲をぶつけるなんてことはしなかっただろう。それは苦しく辛い戦いではあるけれど。
…もっともフェルディナンドに言わせると、ヴィーの思いに気づいていなかった間抜けは俺だけらしい。する必要のない我慢だったぞ、とおじさんに真顔で言われた。父親の言葉とは思えない。
そして間抜けな俺は、独りよがりにも、彼女がもっともしてほしくなかったことをしてしまった訳だ。
偶然結果が最良だったとはいえ、俺は彼女を一時ひどく傷つけ悲しませ不安に陥らせてしまった。
七日七晩の昏睡から目覚めた後しばらくは、ヴィーは目覚めたあとのことは全て夢で、俺から目を離したら俺が消えてしまうのではないかと心配していた。
ヴィーにそんな思いをさせるなんて、俺は本当に大馬鹿者だ。
もう二度と黙ってこんなことはしないと、彼女に誓った。
「…なにか変かな?」
サンドイッチを置いて、ヴィーが尋ねる。
「何も変ではないぞ」
「じゃあなんでそんなに見るの?食べにくいよ」
「…見ていたか?」
「見ていたよ!もう!」
怒るヴィーも可愛い。
「お前が思い浮かべた、俺の直してほしいところはどこかと考えていたんだ」
「えぇ?」
まいったなあ、と遠くに目をやるヴィー。諦めたのか、吐息した。
「…直してほしいわけじゃないの。気になっただけ」
「なんだ?言ってくれ」
彼女は真っ直ぐに俺の目を見た。
「アンディって年下の女の子はあまり好きじゃないって聞いたの。これは直せるものではないでしょ?」
顔から血の気が引く音が聞こえた気がした。
「誰がそんなことを言った!」
「ゲインズブール。歴代の彼女、ほとんど年上か同い年だったって。年下は一人二人くらいって」
「…」
あのナターシャオタク!余計なことをヴィーに言いやがって!くそ!覚えてろ!
「…やっぱり本当なんだ」
しょんぼり顔のヴィー。
「いや、違う。それは、」
確かに年下は苦手だった。自分でもなんでかはよくわからなかった。感情が幼く見えるところが駄目なのかもと自己分析してみたりもした
だが最近フェルディナンドに言われた。無意識に『妹』枠に入る女性を避けていたんじゃないか、と。
それが真実かは俺もわからない。
「一人二人ってことはない」
「…全部で何人彼女がいたの?」
「…」
何を言っても墓穴を掘る気しかしない。
「ふふっ」
突然ヴィーの顔か綻んだ。
「焦っているアンディ、かわいい」
「ヴィー?」
「ちょっとは嫉妬するけど。でもアンディがわたしのことが大好きだって、すごくよくわかるから大丈夫。わたし、アンディが大好き」
ざっと強い風が吹いて桜吹雪がヴィーに降り注ぐ。まるで桜の精のようだ。
ニホンジンというものは理解できないが、優しい桃色の花びらは、彼女の心根によく似ている気がした。
そっと彼女を抱き寄せる。
「ごめんな、ヴィー。お前が嫉妬すると言ってくれて、俺は喜んでいる。馬鹿な男だ」
「うん。わたしもわたしのために焦ってくれるアンディを見て嬉しいの。同じだね」
大好きだと言い合って。
俺はこぼれそうになる深いため息を飲み込む。
清く正しく、と呪文のように心の中で繰り返す。
あと一年。来年の今頃には結婚式を終えている筈だ。それまでは紳士でいなければならない。
俺の腕の中で、俺に全幅の信頼を寄せて幸せそうにしているヴィー。
実は必死に取り繕っていると知ったら、また可愛いと言ってくれるのか。それとも慌てて身を離すのか。
愛しいヴィーの唇に、いつもと同じ触れるだけの可愛いキスを落とした。
読んで下さってありがとうございます。
◇以下、独り言です◇
ご感想で、ヴィーとアンディのいちゃラブを見たいとのご意見を頂いたので考えてみました。
が、すみません、これが限界でした。
結婚式、というご意見もあったのですが、今のところ、どうしても思い付きません。
わかるのは、前日にフェルディナンドがアンディを相手にべろんべろんに酔っぱらいながら号泣するだろうな、ということだけです。
ご感想下さった方、すみません。




