番外編・騎士と山桜 1
騎士アンディの話です。
「うわあ、きれい!」
ヴィーが俺の背中で歓声をあげる。
しまった。この小さな平地に入るより先に馬から降りておくべきだった。彼女が今、どんなに可愛い顔をして喜んでいるかが見えない。
自分の間抜けさを呪いながら馬を降りた。
目前には山桜の海。何種類かあるのか濃淡のある薄桃色が圧巻だ。
ヴィーが桜が好きだと言うから、日帰りで行ける穴場スポットの情報を騎士団員から募った。
マッシモには
「穴場?人気の少ない穴場スポットに行って何をするつもりだ?」
とニヤつかれたが、単純に可愛いヴィーを独り占めしたいだけだ。
情報を寄せてくれたのは大半が若い衆だったのだが、ひとりだけ定年まで後数年というベテランがいた。俺が少年団の頃から世話になっている人だ。
その人が教えてくれたのが、自分の出身地そばという、ここだ。
都郊外の里山の奥。やや谷になっていて、入り口がわかりにくいせいか穴場だと言っていた。
だが穴場というよりも、全く知られていない場所なのだろう。ヴィーと俺の他に人影はない。
同じく馬を降りたヴィーを見れば、目を輝かせ頬を桜色に染めて周りを見回している。
なんて可愛いんだ。
「やっぱり日本人は桜だよね!」
「ニホンジン?それはなんだ?」
「わたしの魂」
ヴィーはにっこり笑った。
時々ヴィーは、俺の知らない言葉を使う。どうやら記憶にある前世の知識らしい。それがわからないことが、たまに歯痒い。
どうやら俺は、彼女のことは何でも知っていたいらしい。そんなことは不可能なのに。自分がこんな貪欲な男だとは思わなかった。
「日本っていうのはね、前にわたしが住んでいた国。その国の人は桜が大好きなの」
「そうなのか」
と答えながら、胸が痛い。その前世とやらではどんな男がヴィーの隣にいたのだろう。馬鹿な嫉妬だと頭ではわかっているのに、心はどうにもならない。
「お花見デートも憧れてたな。桜の木のトンネルを手をつないで歩きたかったの」
…ということは前世ではしていないのか。少しだけほっとする。
ヴィーが手を繋いできた。
えへ、と可愛く微笑む。
彼女は俺の手が好きらしい。
手が好きと最初に言われたときは、誰の手でも好きなのかと勘違いをして焦った。初めてウォルフガングに会ったときにその手をしっかり握りしめていたからだ。だが、俺限定だと聞いて安堵した。
どうして俺はこんなに愛しいヴィーの隣に、他の男にいてもらおうなんて思えたのだろう。不思議でならない。
彼女を好きだと自覚する前は、彼女には素晴らしい男との幸せな結婚をさせてやりたいと願っていたし、俺が万が一消えた後はあいつに彼女を支えてもらおうと考えていた。
自覚をした後に初めて、それまで時たま感じていた、なんとも言い難い不快な気持ちが嫉妬だったことに気がついた。
いい年をして、俺は全く自分のことが分かっていなかったのだ。
…それでも、恐らくは無理だろうと諦めていた彼女の隣。
そこにこうして居られることに感謝する。
俺だってヴィーの手が好きだった。豆が潰れれば、彼女は優しく丁寧に軟膏を塗ってくれた。その手を握りしめたいと、どれほど願っただろう。
手を繋いで二人で辺りを散策する。本当に誰も訪れない場所なのだろう。足元は散った花と草花でふかふかだ。
「歩きづらくないか?」
「大丈夫だよ。アンディは過保護だね」ヴィーが笑う。「フェルよりよっぽどだよ!」
「そんなことはない。あいつに勝つ筈がない」
あの馬鹿兄には今回も散々釘を刺された。清く正しくだぞ、と。
俺にはしつこく言うくせに、アルベール殿下に言っているのは聞いたことがない。贔屓だと抗議をしたら、…まあ、いい。
自分の過去のあれこれを棚に上げて、腹の立つ奴だ。
「素敵なところだね」とヴィー。「…よく来ていたの?」
「いや、先輩騎士に教えてもらったばかりだ。だいたいフェルディナンドはこういう場所より見晴らしがいい場所が好きだしな」
「ふうん」なぜかヴィーは満足そうににっこりとした。「アンディお勧めデートスポットかと思った」
「違う!」
そうか、そう思われていたのか。
「断じて違うからな!帰ったらその騎士の元へ行こう!」
くすくす笑うヴィー。
「わかったよ、大丈夫、信じてる」
「本当か?」
「本当」
ヴィーは何が楽しいのか、目尻を下げて笑っている。
「ずっとアンディはわたしを子供扱いしてたよね。わたしもアンディはすごい大人なんだと思っていたけど。…時々子供みたい」
自分でもそう思う。ヴィーのおかげで知らない自分を発見してばかりいる。
「幻滅しないでくれよ」
「するわけないよ!子供っぽいアンディはかわいくて大好き」
『可愛い』と言われるのは複雑な気分だ。だが。大好きと言ってもらえるならなんだって構わない。
空いている手でヴィーの頬に触れると、彼女は手を重ねて猫のように頬擦りをした。
「アンディの手も大好き」
可愛らしく微笑むヴィーの唇に自分のそれを重ねる。




