番外編・副官と上官4
◇ある早朝◇
騎士団本部に到着をしてから執務室に入るまでの間、何人もに声をかけられた。大半は好意的だ。
今日から復帰だろ、よかったな。
と。友人兼上官のアンディが、ようやく出仕するのだ。正直言って、嬉しい。三週間前のあの日、二度とこんな日はこないと覚悟をしていたから。
だけれどそんな感慨よりも、もっと重要なことがある。そのために俺は、始業時刻より相当早く執務室に入った。あの腰抜けもすぐに来るはずだ。昨日、必ず来い、来なければ…と脅しておいた。
どうしても仕事より先に聞かなきゃいけないことがある。
朝から酒をかっくらう訳にはいかないので、品良く茶を入れる。
それほど待つことなく扉が開き、俺の上官ブルトン中隊長が入ってきた。
俺の顔を見て
「早いな」
と言う。
「そりゃな」
と返す。
三週間ぶりだ。
こいつも感慨はあるのだろう。部屋の中央で足を止めると、目を細めて室内を見回した。
「…苦労かけたな」
「全くだ。この貸しは一生かけて返せよ」
「一生?割に合わなくないか?」
「それでも足りないくらいだ」
ほらよ、と茶を差し出す。
「なんだ?サービスがいいな」
と笑うアンディ。
「勿論、今日だけだ。で、どうした?」
返答がなくても、顔を見ればわかる。
腰抜けアンディは、かつてないほど幸せそうだ。
こいつは机に腰かけると
「言った」
と一言。
「で?」
「いい返事を貰えた」
「よかったな、おめでとう」
ありがとうと返答するこいつは、満面の笑みだ。
昨日、シュタイン邸で打ち合わせをしたとき、この腰抜けは今晩には必ず告白すると断言をした。こいつの駄目っぷりを二週間も見せられた俺は信用しなかったのだが、こいつは続けて言った。
ヴィーは明日から学校に行く。だから絶対に今晩伝える、と。
それなら仕事前に結果を報告してくれと頼み、この時間を設けたのだ。
俺も自分の机に腰を乗せる。
「で?念願叶ったキスはどうだった?緊張して初心者みたいに鼻をぶつけたりしなかっただろうな?」
俺のからかいに、腐れ縁はあからさまに不機嫌になった。
「なんだ?まさかまた弱気が出て出来なかったのか?」
「違う」
アンディは深いため息をついた。
「フェルディナンドに邪魔された」
「は?なんだそれは?あのシスコン、可愛い妹をお前には渡せないとでも言い出したのか?」
哀れな男は首を横に振った。
「俺がヴィーを好きなことを隠していたのが気にくわないらしい。婚約は認めるが、彼女に触れることは禁止、キスなんて徹底的に邪魔してやるだなんて言いやがった」
思わず吹き出す。
「そっちか!」
あの兄馬鹿は、親友馬鹿でもある。こいつが打ち明けてくれないことに、相当落ち込んだに違いない。
「あいつ、気づいていたらしい」
「知ってる」
は?とアンディは目を吊り上げた。
「だってお前を散々煽っていたぞ?」
「いつ!?」
「しょっ中」
「なんで教えてくれない!」
「フェルディナンドには知られたくないって必死だったじゃないか。言わないほうがいいかと思った」
まあここ二週間は、知らせないほうが面白いことになりそうだと考えたからだ。実際、なっているし。
「ふざけんな…」
「気づかないお前がニブすぎる」
哀れな男は再び深いため息をついた。
「おかげで昨日は殴りあいだ」
また吹き出す。
フェルディナンドは見かけと違って、なかなかの猛者だ。こいつといえども、相当痛い目にあっただろう。
「しかもシュタイン公爵までフェルディナンドの味方しやがった」
またまた吹き出す。
「…笑いすぎだ」
息子の親友に激甘な公爵までそうきたか。こりゃ親子揃って相当苛ついていたんだろう。
「面白すぎる。全部、順を追って話せ」
腐れ縁は仏頂面で黙っている。
「いいんだぜ。俺は口の軽い男だからな。特にヴィアンカの前じゃ」
ざけんな、と呟きが聞こえた。
◇◇
腐れ縁に、一世一代の告白の様子を詳しく白状させ終わると俺は、
「どこから突っこめばいいのかわからん」
と言ってやった。
腰抜けは剣呑な目をする。
「まずはウォルフガング様々だな。で、お前は情けなさすぎる。ヴィアンカから告白してもらったようなもんじゃないか」
うるさい、との不平が小さく聞こえたが、無視する。
「にしてもフェルディナンドはさすが、馬鹿兄馬鹿親友だな。覗き見をしているなんて」
「だろう?あり得ない」
「腰抜けで阿呆な親友が余程心配だったんだな」
「…お前、忘れているかもしれないが、俺は上官だぞ?不祥事を捏造して僻地に飛ばしてやろうか?」
「できるもんならやってみろ。可愛いヴィアンカに泣きついて洗いざらいぶちまけてやる。嫉妬に狂ったお前が、ウォルフガングの遠乗りを姑息な手で妨害しようとした話なんて、いいよな」
「言ったら二度と都に帰って来れないと思え」
俺は肩をすくめた。
あの頃のこいつは、色んなものを抱えていたから正直に行かせたくないと言えなかったのだろう。だとしても、姑息だ。
そしてシュタイン公爵に婿に入ると約束したというこいつが、今後どうなるかもわからない。
騎士団長が八月末と決めた結婚の期限にも間に合わない。
それでも長い腐れ縁のこいつが、腰抜けの卑怯者に成り下がろうが、騎士でなくなろうが、幸せなになってくれて、心底よかったと思う。
「で、どうするんだ?フェルディナンドの言う通り、キスは結婚まで我慢するのか?」
「まさか」と腰抜けは即否定した。「今日は学校に迎えに行く約束をしている。帰り道ならあいつに邪魔されることはない。絶対にする」
「…言ってることが思春期のガキ並みだな」
「うるさい」
「まあ、頑張れよ」
そろそろ始業の時間だ。
アンディは中隊の騎士たちに、長期休暇からの復帰挨拶をしなければならない。お互いカップを机に置いて立ち上がる。
「帰り道か…」
ふと良案が浮かんだ。
「…なんだよ」
「騎士たちを配置させよう。うまくいくか見守ってやる」
「ふざけんな!」
「だってフェルディナンドだぞ?邪魔しに来るかもしれないぞ?」
腐れ縁の友人は動きを止めて考えこんだ。
「…まさか。いや。そこまでじゃ…」
こいつだって、あいつが邪魔しに来ないと断言出来ないんじゃないか。
笑いが込み上げる。
「よし、配置決定だ」
「余計な世話だ!」
終わることのない言い合いをしながら友人兼上官と俺は、隊員たちの元へ向かった。
読んで下さってありがとうございます。
一旦完結にしたのに、番外編を加えてすみません。
マッシモいい奴エピソードを書き忘れたことに気づいたら、どうしても書きたくなってしまいました。
ちなみにマッシモは貴族の次男です。
『仲間内』は数人いて、マッシモとアンディ以外は
少年団→予科練・学園→騎士団が、他に二人
少年団→予科練・学園→官吏が、フェルディナンド
少年団→学園→官吏が、一人
ぐらいです。
少年団で出会い、全員貴族、剣術の腕前は同等(最後の1人除く)、共に研鑽してきた仲間です。
あとアンディは、初めてヴィーがもうそれほど子供じゃないと思い知らされたときから、無意識に年の差を気にしてます。
分かりづらいですが…。
ヴィーから年齢の話をふったのは(多分)1回だけです。
◇◇
ゲインズブールネタにも、書くつもりでいたのに忘れてしまったネタがありました。
食事をキンバリーに運ばせているのは、単純に彼女に研究室に来てもらいたいから。そこでしかイチャイチャできないから!という理由でした。
本当に読んで下さってありがとうございます。
完結してから恐ろしい勢いでアクセスしていただいてます。
愛着のあるキャラたちなので、目に止めていただけて、とても嬉しいです。
つたない作品ですが、少しでも皆さまに楽しんでいただけたら幸いです。




