番外編・副官と上官3
◇ある昼下がり◇
「まだしてないのか?」
俺の質問に友人兼上官は不機嫌な顔で、来る度に聞くなと言った。
愛しいヴィアンカの解呪を自ら行うという無謀な賭けに出たこいつは、多くの助けを得て最悪の事態を免れた。それでも七日七晩もの間、高熱に浮かされて心配したが、目覚めから一週間たった今はもうすっかり元気だ。
俺は二日に一回はシュタイン邸へ来ている。こいつの見舞いと隊の状況報告…というのは表向き。腰抜けの腐れ縁に檄をとばしつつからかうのが主目的だ。
今俺たちは、剣の手合わせをしようと、二人で庭に出たところだ。
再びこんなことができて嬉しい。
こいつから秘密の計画を聞いたときは、二度と出来ないと覚悟した。
あの悲愴感に比べれば、今この悩みなんてちっぽけなものだ。
まだこの馬鹿はヴィアンカに告白も求婚もしてない。
本当に腰抜けもいいところだ。
すっかり元気なヴィアンカは、いつ会っても蕩けそうな顔でアンディを見上げ、幸せそうに笑っている。
これで何をためらうことがある?
それなのに。二人の間には微妙な距離があき、こいつの振る舞いは不自然だ。いつまでも、以前と変わらない『兄』のような振りをしている。
まあヴィアンカもまだ女の子の自分に慣れていないようだ。いまだに男の服装をしている。しかもまだこいつを兄と慕っている。
歯痒くて仕方ない。
いっそ俺がぶちまけてやりたい。
「さっさと剣を抜け」
まだ不機嫌な顔の腐れ縁。
「…いい加減にしないとウォルフガングにとられるぞ」
俺が腕を組んで仁王立ちのまま言ってやると、奴の顔は嫉妬に歪んだ。
そんな顔をするならさっさと好きだと言えばいいのに。
他人の感情がわかる魔力をなくしたこいつは、ヴィアンカの反応が怖くて何も言えないでいるのだ。
本当に馬鹿馬鹿しい!
彼女はあんなにこいつにくっついて幸せそうにしているのに、なんでわからないんだ。
しかもフェルディナンドにも打ち明けていない。とっくにお前の恋情はバレているぞと教えてやろうかと思ったけれど、これはこれでおもしろいことになりそうだから、黙っていることにした。
ひどい計画に巻き込まれた復讐だ。
「早く告白しろよ。俺は兄じゃない。抱き締めてキスしたくてたまらない、ただの阿呆な男だって」
ビュッと空を切って剣が突き出された。間一髪、避ける。
…本当に一週間昏睡状態だったのか?剣の腕はまったく衰えていないようだ。
ますます不機嫌顔の腐れ縁に笑う。
「本当のことだろうが。どこの鼻垂れ小僧だよ。初々しくて笑えるぜ」
「うるさい」
再び突き出された剣を避ける。
「そう簡単にいくか。ずっと兄だったんだぞ。…しかも俺は七つも年上だ」
悔しそうな顔。
なるほど。年も気にしていたのか。
仲間内だと、夫婦の年の差は最大で三つだ。ちなみにフェルディナンドと俺。どちらも妻が年下だ。
そう考えると確かに七つは大きいのかもしれない。
だがなあ。
「そんな些細なことが気になるならヴィアンカを諦めるんだな」
まあ、無理だろう。単に俺の意地悪だ。
「指を加えて他の男のものになるのを見ていればいい」
またこいつの顔が歪む。
まったく阿呆だ。
自分がどんな顔をしているか、わかってないんだろう。
そう思うと本当に、こいつはこれまで本気で惚れた女はいなかったんだ。
腐れ縁だから、こいつの交際遍歴のほとんどを知っている。だけど誰が相手でも、こんな顔を見せたことなんてなかった。
「誰にも譲りたくないなら、早く好きだと伝えろ。七つも年上で兄のお前は分が悪いんだろ?」
せっかく解呪は成功したのに。
なんでこんなところで足踏みをして幸せを掴みにいかないのか、まったくもって理解できない。
剣を抜いて構える。
仕方ない、腐れ縁だからな。
こいつの不安が少しでも紛れるよう、手合わせをしてやるか。
◇◇
そうしてしばらくの間、真面目に手合わせをして。病み上がりのこいつの体力を考え、休憩をいれようとしたときに。木の影から咳払いが聞こえた。
アンディと二人、覗きこむ。
すると女の子の服装をしたヴィアンカが、赤らめた顔をうつ向かせて立っていた。
その隣りには侍女。してやったりの表情をしている。
「可愛いな」
と腰抜けのアンディが言う。阿呆みたいに、何度も可愛いと繰り返し、挙げ句に俺に同意を求める。
そりゃ可愛いさ。
だがな。お前の顔はまずいぞ。しまりがまるでない。全身でヴィアンカが愛しくて仕方ないとアピールしているのと同じだ。
侍女と目が合う。俺は喉が乾いたと口実を作り、彼女と共にその場を離れた。
「これで求婚しなかったら、あいつは本物の腰抜けだ」
俺がそう言うと、侍女は力強く頷いた。
◇◇
汗をかいたので着替え、テラスで二人が戻ってくるのを待った。
祝いの言葉は何がいいだろう。
おめでとうだけじゃ、俺の気が済まない。少しは計画に巻き込まれた仕返しと、散々焦らされた鬱憤晴らしに、ネタを仕込みたいところだ。
幸いネタには事欠かない。
あれこれ楽しく考えていると、二人がやってきた。だが。
…何一つ、雰囲気が変わっていない。
二人の間の微妙な距離。アンディの取り繕った兄としての振る舞い。
なんてこった、あんなにいい雰囲気だったのに、この腰抜けは思いを伝えなかったのか!
真実、腰抜けじゃないか。
じとっと見つめると、腰抜けは俺が言いたいことが分かったらしい。目を反らした。
「お前も着替えてくれば」
意地悪く言ってやる。きっと行きたくないだろうが、何もわかっていないヴィアンカが行ってきなよとアシストしてくれた。
ヴィアンカに弱い腰抜けは彼女には反論せず、俺には目だけで余計なことを言うなと脅しをかけて去って行った。
まったく、本当に手がかかる。
こうなったらヴィアンカに少しずつ暴露してやろう。腰抜け野郎は焦るといい。
そして早く幸せになれ。




