番外編・副官と上官2
◇ある深夜◇
打ち合わせをしたいと友人兼上官に言われ、深夜に執務室へと入った。
珍しいことだ。普段はなるべく俺を早く帰宅させようとしてくれる。それが仕事が押して退勤が遅れたこんな日に、さらに打ち合わせだなんて。
アンディは燭台のひとつに灯をともすと、執務机の縁に腰かけた。
これは。仕事の話ではないのかもしれない。
三日後、こいつが心底惚れているヴィーが、呪いを掛けられてちょうど10年になる。
彼女はここ数ヶ月で急速に女の子らしくなった。だからこの丸10年の日に、自然に呪いが解けるのではないかと期待され、フェルディナンドやアルベール殿下だけでなく、王宮全体が異様な緊張感に包まれている。
そんな中でこいつはわりと冷静だ。やや暗い表情が気になるが、期待と不安相反する感情のためだろう。
俺も、心の底からヴィーの呪いが解けることを祈っている。
こいつに幸せになってもらいたい。
「マッシモ」
穏やかな声で腐れ縁の男は俺の名を呼んだ。
「頼みがある」
「なんだ?」
「これからする話は、決して口外しないでほしい」
「わかった」
「…墓場まで沈黙を守ってくれ。お前にしか頼めないことなんだ」
向かいの男の顔を見つめる。灯りが乏しいせいで表情がよく見えない。
だが、奴が今俺に頼もうとしていることが、通常の範囲内でないことは、わかる。
「…どういうことだ」
「明後日でヴィーは丸10年を迎える。自然に呪いが解ければいいが、大師によるとそんな例は皆無だそうだ」
「…」
皆無。
その言葉になんだかわからない様々な感情が沸き上がる。
こいつはそれを知っていたから、期待せずに冷静だったのか。
その可能性がないのなら、こいつの本気の恋はどうなるんだ。
いつ見つかるともわからない解呪方法を待つのか。
…いや待て。
皆無と知っていたなら、何故それをフェルディナンドに伝えていない。
「勿論、大師の研究に漏れがある可能性もある。明後日、自然に解ける可能性がゼロな訳じゃない」
「…そうだな」
幾ら大師がペソアの至宝と呼ばれる人間だからといって、現存する全ての魔法書を読んではいないだろう。
そう、可能性は皆無じゃない。
ほっと一息をつく。
「呪いが自然に解ければよし。解けなければ、翌日俺が解呪をする」
…
ヨクジツ
オレガ
カイジュヲスル
「全ての呪いが解けるという呪文がある。俺はペソア滞在中に大師に師事して呪いを学んだ。解呪には大師も力を貸してくれる。ただこれは一切表沙汰にしない。だからお前の協力が必要なんだ」
「…お前…」
「頼む」
暗くて腐れ縁の男の表情がわからない。
「…お前、いつからそんなことを…」
声が震えて最後まで喋れない。
「ペソアに着いた翌月。大師に粘り勝ちして、ペソア王家ですら存在を忘れている最高位の呪文があることを、教えてもらった」
最高位?
それってどうなんだ?
ヴィーに呪いをかけた王妃は、魔力を使い果たしてその場で死んだと聞く。
「…お前…」
それしか口にできない。
「…死ぬ気はないぞ」
俺の恐れを感じとっているのだろう。ひどく穏やかな声で腐れ縁の男は言った。
「微塵もない。心配するな」
強がりではない。本心のように聞こえる。
「ただ万が一の時の対策は必要だ。解呪と俺の死は関係ないとみられなければいけない。もう準備はしてあるんだがな。なにしろ死んだら俺は動けない。だからお前に後始末を頼みたい」
「…だってお前…」
その『万が一』が起こったらどうするんだ。『万が一』なんて言い方をしたって、その可能性の方が…。
ヴィーにどうしようもなく惚れているくせに。そばにいられなくなっていいのか。
ああ。
だからこいつは思いを隠していたのか。ヴィーにも。親友にも。
夜中にうなされていたのは、このせいか。
「…アンディ。やらなきゃダメなのか。フェルディナンドもヴィーも、こんなことは望まない。二人はお前がいなくなるよりも、このまま生きていくほうを選ぶ筈だ」
そうだ。たとえ呪いが解けなくても。兄と弟のままでも。みんな揃っているほうがいい筈だ。
「…俺がキツいんだ」
初めて、声に陰りが見えた。
「ヴィーたちのそばで10年も、みんなの苦しみを感じてきた。俺はな、他人の感情にどうしても影響を受けちまう。特にマイナスの感情は駄目だ。俺に向けられている感情でなくても、引っ張られて苦しくなる。…昔に比べればマシになったけど、それでもキツい」
アンディは深く息を吐いた。
「呪いの苦しみからみんなを解放してやりたい。なにより俺が解放されたい。ヴィーと一緒にいたいが、この苦しみを抱えたままじゃ、辛いんだ」
…こいつの特殊な魔力を知ってはいたが、深く考えたことはなかった。
なんでもない顔をして、ずっと苦しんできたのか。
「これが最初で最後のチャンスなんだ。大師は高齢だ。シュシュノンに来ることはもうないだろう。秘密裏に協力を得られるのは今回だけだ」
他にないのか。何かみんなが救われる良い方法は。
「すまん。お前にしか頼めない」
「…俺は…ジジイになって動けなくなるその日まで、お前と騎士をしているのだと思っていた…」
涙でうまく喋れない。
「…最後まで苦労をかけて済まない」
長い付き合いの友人を見つめる。
どれだけの時間、騎士になるため共に励んだだろう。
あれはこんな日を迎えるためのものじゃなかった筈だ。
何が『最後』だ。
死ぬ気は微塵もないんじゃなかったのか。
それなのに、お前はこれを『最後』だと思っているのか。
こんなこと。お前の大事な親友も想い人も望まないのに。
だけど、苦しいというのなら。幸せになるために、一縷の望みに賭けるしかないというのならば。
腐れ縁だ。
俺がやらなくて誰がやる。
そう諦めて。
わかったと答えた。




