幕間・赤毛の長い一日 1
赤毛のウォルフガングの話です。
学校について馬車を降りると、ジョー、アル、バレン、レティの四人が輪になって立ち話をしていた。入学して以来、初めて見る光景だ。
ジョーが自然な素振りでオレに気がついて、おはようと言う。
挨拶を返してジョーの元で立ち止まる。
ヤツは無言でオレの背中を叩いた。
「…なにをしているんだ?」
「ヴィアンカを待っているの」と珍しくレティが答えた。「今日は緊張しているだろうから」
ああそうか。
女の子になって初登校だ。いくら呑気者でも平常心という訳にはいかないだろう。しかも昨日自分に求婚してきたたばかりの男もいる。
オレとしたことが、自分のことで精一杯でヴィーのことまで頭が回らなかった。
どうする?ここで一緒に待つか。教室で待つか。どちらの方が、ヴィーは楽だろう。
あいつには、ここでいつも通り挨拶する方がいいか。
「オレも待つ」
そう言うと四人は頷いた。ジョーが周りの生徒を気にしたのか、顔を寄せて
「昨日はどうなった?」
と尋ねる。
なんだ。とっくに知られているものだと思っていた。
「ゆっくり考えて返事をくれと言ってしまいだ」
そうかと頷くジョー。
本当はあの後、あの人に嫌みのひとつも言ってやりたかったのだが、来客中で会えなかった。
だがフェルディナンドとは顔を合わせた。遠目に黙礼をしただけだが、来訪の意図はわかっているだろう。きっと愚図な親友に伝えた筈だ。
そうしているうちにシュタイン家の馬車が着いた。開かれた扉からまずミリアムが出て、次にヴィーが出てきた。
女子の制服だ。すごく、可愛い。二人はまったく同じ髪型をしている。顔も似ている。だけれどヴィーのほうが何倍も可愛い。
恥ずかしいのだろう、はにかんだ表情で目を伏せている。
くそっ。
頑張るんだ、オレ。平常心だ。
ヴィーは友人たちに気付き、それからオレを見て少しだけ困った顔をした。
「おはよう。制服、似合っているじゃないか」
持てる力を総動員して平静に振る舞う。
ヴィーはにっこり笑って、
「ありがとう」
と言った。
くそっ。この一言だけでオレは嬉しい。
胸が苦しいのに、嬉しい。
どうせもう、あの人はヴィーにプロポーズしたに決まっている。ヴィーは喜んで了承した筈だ。
オレは二人を煽るために昨日、シュタイン邸に行ったのだから。
もしあの間抜けがまだ求婚をしていないなら、オレは全力で奪うからな。
…駄目だ。泣きそうだ。
だがヴィーの前でだけはそんな無様な姿は曝さない。
オレは普段通りの顔でみんなと一緒に教室へ向かった。
◇◇
クラスのヤツらは、ヴィーに絶妙なさじ加減で接した。
女も男も可愛さを適度にほめて、引く。大袈裟に騒がない。後はいつも通り。
そもそも担任のゲインズブールは説明的なことは一切しなかった。名前を呼ぶときだって、まるで前からその名前だったかのようにヴィアンカと呼んでいた。
他クラスからヴィーを見に来る不届き者がいるのではと、ミリアムたちは以前から警戒していたけど、それもなかった。
ヴィアンカになったヴィーは、自然にクラスに溶け込んでいた。
それよりもオレの方が気を使われていた。オレがヴィーを好きなことを知らないヤツはいない。ヴィーが女の子だと知らなかったマリアンナくらいだ。
ヴィーの呪いが解けた経緯は公表されていないけれど、噂にはなっている。なんとはなしにオレの失恋は決定的になったと分かっているのだろう。
アルには今夜は王宮で遊ばないかと誘われた。バレンとジョーと四人でだ。
オレはまだヴィーの返事は聞いてない。だがアルたちは返事の内容を知っていて、励ます会のつもりなんだろう。
ありがたく、誘いに乗ることにした。
父からは今日までの二日間は店頭に出なくていいと言われている。
だけど二日サボった代わりに売上ノルマを増やすから、その後は死に物狂いで働け、だそうだ。
父らしい温情だ。
◇◇
こんなときにも委員会があって、ヴィーとオレは並んで委員会室に向かった。
いつも通りにしないとと思いながらも、会話のネタが思い浮かばない。寝不足のせいもあるだろうが。ヴィーが気軽に笑ってくれそうな話題がわからない。
それよりむしろこのシチュエーションは、聞きたくない返事と報告に適しているのではないだろうか。
「…ウォルフガング。ちょっといいかな」
ほらな。




