幕間・王子の憂慮
第二王子アルベールの話です。
侍従が持ってきた手紙を見てレティが「ミリアムからだわ」
と言った。
僕たちの間に緊張が走る。
僕の私室。レティ、ジョー、バレン、僕の四人。
明日からヴィアンカが登校する。今日は彼女たち最後の休みだ。
三人の視線が注がれる中、レティは便箋を開いた。目が字を追う。そして彼女はふうと吐息をもらした。
「ヴィアンカはアンディとまとまったそうよ」
その言葉に僕たちも安堵なのか失望なのかわからない吐息をつく。
「ウォルフガングの後か先か」とジョー。
「後ですって。今日の午後、アンディはマッシモと仕事の話をしていたらしいわ。その間に来たそうよ」とレティ。
「ヴィアンカはなんて答えたんだ」
「ミリアムはまだ聞いてないみたい」とレティ。
ジョーはそうかと言って椅子の背にもたれた。
ジョーはウォルフガングと仲がいい。複雑な気持ちだろう。僕だってそうだ。
もっともヴィアンカがどちらを選んでも複雑な気持ちになったに違いない。ウォルフガングもアンディも、どちらも大切だ。
「ウォルフガング、男前だわ」と呟くレティ。
いつの頃からか、ヴィアンカにとってアンディは兄でも兄の親友でもない存在になっていた。みんながそう思うほど、はっきりと態度に出ていた。だから僕たちは余計に彼女の呪いが10年目のあの日に自然に解けることを願ったのだった。
幸いにも呪いはアンディの覚悟の行動でとけた。
そして七日七晩の眠りから覚めたときの彼女の様子は、アンディへの気持ちを如実に表していた。
ウォルフガングは最初から失恋覚悟の上で彼女のそばにいたという。だけどさすがにあのときのヴィアンカの姿は堪えていた。
それなのにヤツはヴィアンカのために、いつまでもグダグダとして兄のままでいる馬鹿なアンディを煽りに行ったのだ。
自分の気持ちにけじめをつけたいからと話していたけれど、それならわざわざアンディがいるところで求婚する必要なんてない。
グダグダにつけこんでやったってよかったのに。
「絶対にウォルフガングのほうがいい男なのに」とジョー。
「そうだな」とバレン。「この俺が敵わないと認めた男だ」
「アンディはああ見えてダメだよな。ヴィーを待たせてばかりだ」とジョー。
「本当だ。たかだかプロポーズに何日かかっているのだ。情けない」とバレン。
「仕方ないわ。だけれどこれで良かったのよ」とレティ。「ウォルフガングはいい男ですもの。ヴィアンカがダメでも別の素敵なひとを見つけられるわ。けれどもアンディはムリよ。ヴィアンカを逃したら、生涯そんな相手はできないわ」
「…僕もそう思うよ」
僕はレティに賛同する。
アンディがいつからヴィアンカをそう意識するようになったのか知らないけれど、彼女がまだ女の子だったときも、男の子になってからも、特別に甘やかし可愛がっていた。
ペソアにいたときに、誰に会いたいか何気なく尋ねた答えがヴィアンカだった。
あのときは意外に感じたけれど、特別だったのだ、ころころ変わる恋人たちなんかより余程会いたい相手だったのだろう。
「大丈夫かしら、ウォルフガング」とレティ。
「今日は少年団やら予科練やらの友人が一緒なのだろう?」とバレン。
「ああ。みんなで夜通し騒ぐ会だ」とジョー。
「酒なしで?」とバレン。
「さあな」とジョー。
「あしたの学校に来るかしら」とレティ。
「来るさ」とジョー。「プライドの高いやつだし、何より、ヴィアンカを心配させることはしない」
「そうだな」と頷くバレン。
「きっと平気な顔をしているんだろうな」
僕はそう言って、彼の心中を思い、切なくなる。
苦しみを隠して普段の自分を装って、恐らくは人生でもっとも聞きたくないだろう報告を受けるのだ。
「明日は俺たちで鬱憤晴らしの会をしよう」とバレン。
「来るかしら。わたくしたちではヴィアンカを思い出して辛いのではなくて?」とレティ。
「どうだろう。誘うだけ誘おう」とジョー。
そうだなとみんなで頷きあう。
「だけど今頃シュタイン邸は、歓喜に溢れているのだろうね」
ずっとフェルディナンドは、態度とは裏腹にウォルフガングを推してばかりいる親友に苛立っていた。近頃はあからさまに焚きつけていたけれど、残念ながら、まったく効果は上がっていなかった。本人が煽られていることに気づいていなかったのだから。
ようやく親友が可愛い妹と結ばれて、さぞかし喜んでいることだろう。
僕の言葉にレティは手にしたままだった便箋に視線を落とした。
「…フェルディナンドとアンディが取っ組み合いの大喧嘩をしているそうよ」
レティの言葉に僕たち三人は顔を見合わせる。
「なんでだ?」とジョー。「この期に及んで馬鹿兄がヴィアンカをやりたくないと騒ぎ出したのか」
「いいえ。アンディがヴィアンカへの恋心を打ち明けてくれなかったことにフェルディナンドが怒っていて、結婚までヴィアンカに触れることを禁止と言い出したのですって。アンディはエレノアを実家に帰らせると対抗しているそうよ」
「…何をやっているんだ、いい大人が」呆れ声のジョー。
「…公爵がとりなすさ」と僕。
「公爵は求婚が遅すぎると憤慨していてフェルディナンドの味方ですって」
「…まあ、アンディで良かったんだな」と僕は吐息する。「ウォルフガングはいい男だけれど、彼では二人はがっかりしただろうからね」
「そうだな」とジョー。
頷くレティ。
「で、肝心のミリアムはどう思っているんだ?」とバレン。
「ヴィアンカが幸せそうで嬉しいですって!」
それは何よりだ。僕の愛しいミリアムと、彼女が愛してやまないヴィアンカの二人が幸せなら僕も幸せだ。
この分だと、再来年の春は双子揃って結婚式か。どちらが先になるかな。ミリアムのことだから一緒に挙げたいと言い出すかな。
とにかく、これで全てが丸く収まった。明日は顔も知らぬ兄の墓参に行こう。つい2週間ほど前にもフェルディナンドと一緒に花を供えてきたけれど。今度は彼とアンディと三人で、改めて、お礼と報告をしに参ろう。
…待てよ。
ということは。
いずれフェルディナンドもアンディも僕の義理の兄になるのか。
…フェルディナンドは表向きは容貌に合わせて冷徹平静にしているけれど、隠しているだけで血の気が多い。二人は昔からよく殴り合いをしていた。
あの馬鹿コンビが同時に兄か…。
なかなか。
強烈な気がする。
僕は二人の弟としてやっていけるのだろうか。
そうだな。喧嘩の仲裁に入るのだけはやめよう。




