幕間・ 王女の動転 1
王女レティシアのお話です。
窓の外には消えかかる太陽と、徐々に侵食してくる夜とが混ざり合う、美しい色合いが広がっている。
相反するものが拮抗するさまに、どことなく自分に通じるものがある。
テーブルの上に置かれた書類に目を転じた。それはわたくしが数時間前に選んだ婚約者の釣書だ。
晩餐までに目を通すようにと、先ほど内務大臣が置いていった。侍女を下がらせ、静かな気持ちで読もうと思ったのだが。どうにも手が伸びない。
あまりに急で、さすがに気持ちが割りきれないのだ。頭では、納得しているのに。
王女ながら王位継承権第二位という、なんとも微妙な立場ゆえに、わたくしの結婚相手には様々な条件が課せられる。それは当然のことなのだと、幼き頃から教えこまれているので、余計な希望を抱いたことはない。たとえわたくしの心がどこにあろうとも。
そもそもわたくしの母も、王家の事情を考慮して選ばれただけで、そこに母の意志はひとかけらも入っていない。
王家にとって重要なことは存続と安寧で、個人の気持ちなんて塵より軽いものなのだ。
父の最初の妃は隣国ペソアの王女だ。そこにどのような経緯があったのかは知らない。母とは違い、美しい若き国王の隣に相応しい、素晴らしい方だったそうだ。
ところが。なかなか子宝に恵まれず、ようやく授かれば難産で、珠のような王子が生まれたものの、妃は次のお子は望めないお体になってしまわれた。
一粒種の王子はそれはそれは大切に育てられたそうだが、悲しいことにお体が弱く病がち。宮廷は不安に包まれた。次の王になれるのか、と。
そうして母が選ばれた。王子に万が一のことがあった場合の予備を産む器として。
妃とその実家ペソア王家を慮り、地味な容貌と力のない一門であることが、器の条件だった。母は、すべてを了解した上で、父の側室になったのだ。
結局、宮廷の不安は的中し、王子も妃もお亡くなりになった。新しい王子を産んでいた母はその功労のため、新しい妃になった。
幸い、父は母にもわたくしたち兄妹にも優しい。けれどもやはり、国王なのだ。望むのは王家の存続と安寧。
予備の予備でしかないわたくしは、王家にとって都合の良い結婚をするほかはない。
幼いころから、『王女に相応しい結婚相手リスト』なるものがあった。わたくしの夫はその中から選ぶのだと教えられていた。願えば内容を見ることもできたようだけれど、そうしたことはなかった。
その『選ぶ』日がくるのは、まだまだ先だと思っていたのだけれど。アルが予定外に留学することが決まって、状況が変わってしまった。
侃々諤々の議論ののち、すみやかにわたくしの婚約を取り決めることとなり、今朝、リストが手渡されたのだ。
開く必要なんてなかった。幼いころから覚悟を決めていたのだから。
けれども中身も見ずに選ぶなんて、子どもじみた反抗心に見えるかもしれないと思い、パフォーマンスとしてリストを開いてみた。
すると、その一番最後に。よく見知った名前をみつけて一瞬動揺した。
けれどこのリストは王宮が独自に作成しているもので、相手側の了承を得ているものではない。彼の名前があったからといって、わたくしが選ぶ相手はかわらなかった。第一候補だ。
それから僅か数時間で。相手方の了解が得られ、正式な釣書が届いた。
それが今、目の前にある。読まないといけないのだけれど、どうしてもそんな気になれない。
情けない。
あなたは王女でしょう。
だけど。次の王になる兄のほうが、結婚相手を選ぶのに自由がきくのだ。一番目と二番目、男と女、その差なのだと分かってはいるけれど。
頭を振った。余計なことは考えるな。
手を伸ばして釣書をとり、膝の上で開く。しっかりした作りだ。急ごしらえとは思えない。もしかしたら、他家に送る予定だったのかもしれない。
と。突然、ノックもなしに扉が開いた。
入ってきたのは、ジョー。
あまりに気分が落ち込んでいるので、幻でも見ているのだろうか。幼なじみとはいえ、男である彼が案内もなしにわたくしの私室に来たことなど一度もない。
彼はやや不機嫌そうな顔をして、手にはまるめた紙を持っている。
「ジョー?」
「ああ」
彼は私の向かいに座ると、後ろについてきていた侍女を強引に下がらせた。
「ど、どうかなさったの?」
「ムカついている」
「ええ?」
状況がわからない。アルとケンカをしたのだろうか。他にどんなケースが考えられるだろうか?
ふとジョーの視線が落ちた。わたくしの膝の上の釣書を見ている。確認していなかったけれど、これは他人に見せていいものではないかもしれない。そっと閉じる。けれど表紙にも裏表紙にも家紋の押印がある。
ジョーが立ち上がり、テーブル越しに手を伸ばして素早く釣書を取り上げて、また座る。
「それは内部秘なの」
普段の彼なら、その言葉をきいてくれる。けれどどういう訳なのか、わたくしの言葉を無視してそれを開いた。
「ジョー、あの、」
「本気でこんな結婚する気か?」
彼は苛立たし気に、閉じた釣書をテーブルに投げた。
「なんで相談をしない。何年友達をやってるんだ」
呆れたような物言いに、不覚にも涙がこぼれそうになった。




