4章・4約束
なんとなくミリアムの元には帰りづらくて、庭に出た。
毎日アンディと散歩をしたから、スカートの裾を引きずって歩くことにも慣れた。汚れるのは申し訳ないけれど。
…考えるって、なにを考えればいいんだろう。
ウォルフを好きかどうか?
結婚したいかどうか?
一緒にいるのは楽しいけれど、友達としてだ。急にそうじゃないと言われても、どうしていいのかわからない。
だけど急ではないのかな。
最初からと言っていた。
わたしは王立植物園で会ったときから今の今まで、友達だと思っていたけど。
いつも守ってくれたのも、そばにいたのも、わたしを好きだったからなのかな。
文化祭のキスもふざけたんじゃなかったんだ。
そうだ、バレンにされたときにめちゃくちゃ怒ってくれていたっけ。あれも友達として憤ったのではなかったのかな。
フェヴリエは?
誰とも踊らなかったのは、わたしのせい?
ウォルフはずっと隣にいた。
遠乗りに連れて行ってくれたのは?
アンディとの約束の遠乗りで悲しい思いをしたから、気分転換にと連れて行ってくれたのではなかったのかな。
そうか。忙しいのに委員に立候補したのも、わたしのせいなのかもしれない。
どうしよう。
わたし、ものすごい鈍感だったんだ。
だって友達だと思っていたんだもん。
どうしよう。
「ヴィー!」
声に振り返ると、アンディが走ってくるのが見えた。
「マッシモは?もう打ち合わせはおしまい?」
なんでだろう。アンディの姿に胸が痛い。
「ああ、帰った」
なんとはなしにいつもの散歩コースを並んで歩く。
アンディもウォルフのことを知っていたのかな。
そうだよね。フェルが知っていてアンディが知らないなんてことがあるはずがない。
アンディもフェルみたいに、わたしがウォルフを選んでもいいと思っているのかな。
いつもウォルフのことを褒めていたものね。街歩きに行けるよう、フェルに頼んでくれていたし、遠乗りも快く送り出してくれた。フェルみたいに、イヤだとか面白くないなんて言ったことがない。
約束。
守ってくれないのかな。
お互いに結婚をしなかったらという前提だった。
だけど。
「…明日から学校だな」
「…うん」
「大丈夫か?」
「…わからない」
本当にわからない。
どうしよう。
「お迎えに来て」
足を止めてアンディを見上げる。
「え?」
「あした、馬でお迎えに来て。委員会もあるんだって。帰りは遅くなるよ。アンディの仕事終わりまできっとかかるよ。だからお迎えに来て。そうしてくれれば、大丈夫だよ」
どうしよう。泣きそう。
「ヴィー」
アンディの服の端をつかむ。
「約束したよね。ずっと兄でいてくれるんだよね。女の子になっても兄でいるって約束だよ。ちゃんと言ったよね。女の子になっても迎えに来てくれないとイヤだって。アンディが来てくれないなら学校に行かない」
うつむいていても、もう靴の爪先が見えない。スカートに隠れてしまっている。
「旅も約束したよね。一緒に行ってくれないとイヤ。今さらあれはなしだなんて言ったら怒るよ。ずっと兄だよ。お迎えに来るんだよ。旅も行くんだよ。お願い。約束を守って。守ってくれないとイヤだよ。わたし…
…アンディがそばにいてくれないとイヤ」
一緒にいたい。
アンディがいてくれれば、他はどうだって構わない。わたしは誰とも結婚なんかしない。
服をつかんでいた手を、丁寧に剥がされる。
どうして?
面倒なお子さまだから?
中身は一応、同い年なんだよ。
涙がこぼれる寸前、そのわたしの手を、アンディは強く握りしめた。
胸がドキドキする。
おかしい。アンディの手にはもう慣れたはずなのに。
手のひらの豆が潰れるたびに、軟膏を塗った。わたしがそうしたかったから。アンディは一度も断らなかった。
すっかり慣れているはずなのに。
わたし。
ずっと服じゃなくて、手を繋ぎたかったんだ。
「ヴィー」
「…うん」
アンディの声は優しい。
恥ずかしい。握りしめられた手が熱い。
「お前が望むなら、迎えに行くし旅もする。だけどな、」
アンディが息をつく。
なんだろう。条件がつくのかな。
すごく怖い。
「悪いが兄としては無理だ。俺はお前が好きだ。恋人としてなら喜んで行く。それでもいいか」
顔を見上げると、アンディはものすごく変な表情をしていた。だけどこの顔は見たことがある。でも、そんなこと今はどうでもいい。
なんだかわからないけれど、すごく嬉しい。
「うん!」
おもいっりうなずくと。
アンディの手が伸びてきた。頭を撫でてもらえる。
そう思ったのに、その手は頬に触れた。優しく撫でられ、心臓がバクバクいう。
あれ、これは。
えーと。
手が頬から顎へうつる。
い、息。息が。止まる。
アンディの顔が近づいてくる。
やっぱりこれは、アレだよね。
どうしよう。
どうすればいいんだ。
あ、そうだ、目をつむるんだ。
ぎゅっと目をつむる。
「うわっ!」
「ヴィアンカ」
ん?
目を開けると、フェルがアンディの首に腕を回して締め上げていた。
引っ張られて離れていくアンディ。
なに?
ていうか今の見られた!?
「放せ!」
「ヴィアンカ」
フェルはアンディを無視してわたしに微笑む。
「悪いけれど、こいつを借りるよ」
暴れるアンディ。フェルの腕から抜け出して、咳き込みながら肩を激しく上下させている。本気で絞められたみたい。
「フェル…。さっき誰を選んでもいいって…」
「もちろんだよ、ヴィアンカ」変わらず笑顔のフェル。「君のことは応援する。けれど僕はこいつを応援する気は一切ない!」
「ふざけるな!」とアンディ。
「それは僕のセリフだ!」フェルの笑顔が崩れ、珍しく怒りの顔だ。「散々僕に嘘をついて振り回して悲しませたくせに!この一年、僕がどれだけ悩んだと思う。絶対に許さないからな!覚悟しておけ!徹底的に邪魔してやる!」
「汚いぞ!俺がエレノアとお前にどれだけ協力してやったと思っているんだ!」
「それはそれだ!僕は怒っているんだからな!」
えーと。今にも殴りあいをはじめそうな雰囲気だ。
わたしはアンディのそばに寄って、服の端をつかんだ。
「ねえ、アンディ」
「ヴィアンカはあっちにいってなさい」とフェル。
「なんだいヴィー」と笑顔のアンディ。
「わたし、わかった」
うん。今さらだけど。自分の気持ちがわかった。
「なにが?」とアンディ。
「アンディとずっと一緒にいるには弟でいるしかないと思っていたみたい」
だって奥さんにはなれなかったし、親友ポジはフェルだった。
えへ、と笑う。恥ずかしい。けど、ちゃんと伝えたい。
「…ヴィー」
瞬くアンディ。伸びあがってその頬にキスをした。
「わたし、アンディが大好き」




