幕間・王子の秘密
第二王子アルベールの話です。
「いやいやよかったおめでとう」
どことなくオバサン口調ではあるけれど、満面の笑顔のキンバリー先生。
「これで先生も心配事がひとつ減った。ああよかった。さあミリアム、これはお祝いだよ、お食べ」
とキンバリー先生はミリアムに菓子を差し出す。
「わたしはヴィアンカじゃないわ」
と真っ赤なミリアム。
一昨日のこと、ようやく僕はミリアムに自分の気持ちを伝えることができた。
僕は、どのように告白をしよう、どうすればスマートだろう、ミリアムの心に響く言葉はなんだろうと、何年も何年も考えてきた。
ヴィアンカの呪いが解け、彼女の許可も得て、ようやくその時が来たのに。
考えていたことは、すべて忘れてしまった。緊張と、断られる可能性への恐怖のためだ。いずれ一国を担うというのに、情けない。
僕ができたのは、たったの一言を言うことだけだった。
「結婚してほしい」
と。あんなに色々考えたのに。なんて間抜けだ。ジョーですら仮の婚約を決めるだけのときでも、もっとスマートに決めていたのに。…もう、仮ではないけど。
だけどあのときのミリアムは可愛かった!
真っ赤になって泣きそうな顔をして、ヴィアンカに聞いてくると走り去った。
あんなの、イエスと言ったと同じじゃないか。
僕の告白は大失敗だったけれど、天に昇りそうなくらい嬉しかった!
戻ってきたミリアムは、それは可愛らしくもじもじとして、小さな声で、はい、とだけ言った。
僕はあのミリアムを生涯忘れないと思う。
あまりの可愛さと嬉しさに舞い上がった僕は、思わず彼女を抱きしめてキスをした。
初めてのキスだって、色々と考えていたのに。
でも、夢にまで見た念願のキスだ。ようやくできたんだ。理想とは違っても、スムーズにできたから良かった。ジョーが練習してから臨みたいと言っていた気持ちが、ほんの少しだけわかった。
有頂天になっていた僕は、その晩寝台に横になったときに初めて、好きだと伝えてないことに気づいて愕然とした。
ミリアムだって分かってくれたとは思うけれど、そういう問題じゃない。
僕は脳みその作りがおかしいジョーとは違う。そこはちゃんと伝えなければいけない。
翌日慌てて学校で、順番があとさきになったけれど君が大好きだと伝えたら、横にいたバレンに爆笑された。
…いいんだ。ミリアムは喜んでくれたから。わたしもと言ってくれたし。だけどもう少し、王子らしく素敵に告白したかった。
もっとも爆笑したバレンも笑い終えると、おめでとうと祝福してくれた。
…去年の文化祭では彼のおかげで、ミリアムと手を繋いで歩けたし、良いハプニングも体験できたし、まあ、爆笑したことは水に流してあげよう。
それに嬉しいことに、僕たちは夏休み中に婚約できそうだ。
僕は知らなかったのだけど、ミリアムがレティに請われて参加していた王室向けの数々のレッスン。あれは実は父・侍従長・レティ・公爵が結託して、ミリアムに王妃としての教育を受けてもらう狙いだったそうだ。
ミリアムを妻にしたいと父に頼んだら、そう打ち明けられた。僕たちが相思相愛だとわかった時に始まったプロジェクトだったらしい。父からは、彼女ほど王妃に相応しい人はいないとお墨付きをもらった。
告白は情けない様相になってしまったけれど、ミリアムに断られることも、公爵や父に反対されることもなかった。多少不恰好でも長年の夢が叶ったのだから大満足だ。
…学校で告白してしまったせいで、学年中知らない生徒はいない事態になってしまったけれど。
それで今こうやってキンバリー先生から呼び出されて、祝われているわけだ。
メンバーはミリアム、僕、ジョー、レティ、バレン。
ヴィアンカはまだ休んでいる。
ウォルフガングは。失恋を覚悟はしていたらしいけど、やはり堪えたらしい。ヴィアンカが目覚めた日からずっと、沈んでいる。
あのときヴィアンカを運んだあいつは、めちゃくちゃかっこよかった。だけど戻ってきたとき、歯を食いしばったあいつの目は赤かった。
そうだよな。お前がどんなに本気だったか、みんなわかってるよ。
お前の本気さに負けて、バレンはヴィーを諦めたのだから。
「だけどこうなってくると、心配なのはヴィーちゃんだね」とキンバリー先生。
「そうなのよ」とミリアム。
「ヴィアンカがというより、アンディだわ」とレティ。
「あのノロマは何をしているんだ」とバレン。
「そもそも、何を考えているんだ?」とジョー。
いや、ジョー。お前に言われたくないと思うぞ。
それはともかくとして。アンディが自らヴィアンカの呪いを解こうとしたのは、彼女だけのためではなくて僕ら全員のためだったと父から聞いている。
だとしても、あれだけの覚悟をもって行動したのだ。僕たちはアンディはすぐにヴィアンカにプロポーズするものだと思っていた。
ずっと彼はウォルフガングをヴィアンカに推している言動をしていた。だけれど、それでも僕とジョーは、彼はヴィアンカが好きなのだと思っていた。昔から特別に可愛がってはいたけれど、ここ一年ほどの彼の態度は、そんなものとは明らかに違くなっていたからだ。
ジョーは、アンディは長く兄としての立場でいたし、ウォルフガングを推していたぶん、今さら心変わりしてしまったことを言い出せないでいる、と考えていた。
僕はバレンからアンディの企みを聞いていたから、そのために気持ちを押し隠していると考えていた。
だけどあんなことをしたのだ。幸いに『万が一』の事態も避けられた。これでようやく気持ちを打ち明けるのだろうと、ジョーも僕も思ったのだが。
彼はいまだにプロポーズをしてないという。
ヴィアンカもアンディも、休みをとっていて一日中一緒にいるのに。
その気配すらないらしい。
ヴィアンカのほうも女の子に戻ったにも関わらず、相変わらずアンディを兄と慕っている。あんなにくっついて、蕩けそうな顔でアンディを見ているのに、兄って。どうなっているんだ。
というかあんなに蕩けそうな顔をしているヴィアンカを見ても、心動かされないなんて、まさか本当に弟としか見てないのだろうか。そんな馬鹿な。
「そういえばキンバリー先生、アンディからプロポーズされてたんだろ」
ジョーの爆弾発言に耳を疑う。ミリアムとレティも声をあげて驚いている。
「あれ。どこから聞いたの?」と狼狽える先生。
「フェルディナンド。この前、もしやキンバリーへの求婚は本気だったのかって頭を抱えてたぜ」
ジョー。いつそんな重大情報を仕入れたんだ。そしてなぜ僕に教えてくれない!
「そうなの、先生!?」
ミリアムが血相を変えて身を乗り出している。
「違うにきまってるでしょ」先生は気圧されて体をひいた。「アンディの策のひとつだったんだ。もしものために、ヴィーちゃんの件と自分の件を別だと思わせる計画があったって知ってるよね」
うなずくミリアムとレティ。
「それでももし、疑いをもたれた場合の備えだよ。『求婚の返事待ちだった。だから死ぬ可能性のある解呪に関わるはずがない』って私が訴える手筈になってたの。その証拠として彼の大事な指輪を持ってね。ていうかね、勝手に仕組まれていたんだよ、あの馬鹿に」
先生は怒り顔になる。
「最初は父親対策のために、求婚を受けて検討中ってことにしてくれって頼まれたんだよ。私は本命のヴィーちゃんを隠す目眩ましだと思ったから引き受けたんだ。そうしたら、とんでもない計画に荷担させられていたって訳。フェルディナンドには詰られるし散々だった!」
「そうなのね」と安堵するミリアム。
「本当に先生が本命ってことはないのか?」とジョー。
「ないってば」
「もうあいつはほっておけ」とバレン「そもそもアンディはヴィアンカが好きだと口にしたことはないのだろう?お前たちの勘違いかもしれん。全力でウォルフガングを推そう。ヴィアンカはチョロいから、推しまくればその気になるかもしれないぞ」
「そうだな。俺もウォルフガング派。あいつは本当に頑張っていた」とジョー。
「ウォルフガングには申し訳ないけど、やっぱりわたくしはアンディだわ」とレティ。「ミリアムは?」
「わたしももちろんアンディよ。ウォルフガングにはヴィアンカを守ってもらって感謝しているけれど。彼女が必要としているのはアンディだわ」
「だよなー」とジョー。
「だがヴィアンカはまだ兄だとほざいているのだろう?なら一生兄と弟でいいじゃないか」とバレン。「素晴らしい兄と、素晴らしい伴侶。両方持てて幸せだぞ」
「アルは?どう思う?」とミリアム。
「僕は…」
考える。
「アンディにもウォルフガングにも幸せになってほしい。だけど一番幸せになってほしいのはヴィアンカだ。僕はヴィアンカ派だよ」
まあ、とミリアムが嬉しそうに微笑む。
僕は誰にも話していない秘密がある。
初恋はミリアムだとジョーや侍従たちは思っているけれど、そうじゃない。ヴィアンカだった。いつも元気で楽しそうな彼女が幼心にも好きだった。
だけれど事件が起きてヴィアンカがヴィーとなり。
内気でおとなしかったミリアムが、歯を食いしばりながら苦しみに耐え、だけれどヴィーの前では笑顔を絶やさず朗らかに振る舞うようになった。
その姿に僕はひかれた。
決して誰にも話さない僕の秘密。
だけどヴィアンカは僕の初恋のひとだからね。彼女の幸せを心の底から祈っているよ。




