4章・1七日後 3
「ヴィアンカ!」
ミリアムの大声が聞こえてびっくりする。ミリアムがそんなはしたないことをするなんて。
振り返えると、真っ赤になって泣きそうな顔をしたミリアムが走ってくる。
「ミリアム!どうしたの!?」
「ヴィアンカ!」
ミリアムはわたしに抱きついた。
「あのね、アルに求婚されたの!」
そうだった!今さっきその話をしていたばかりだった!
いつの間にかアルが来てたらしい。
「おめでとう!」
ミリアムの目に涙が浮かんでいる。
「いいかしら?」
「なにが?」
「わたし、アルに了承してもいいかしら?」
わたしはびっくりする。
「なんで!?返事をしてないの!?」
「だってヴィアンカに聞いてからじゃないと答えられないわ!」
あたしは強くミリアムを抱きかえす。
「可愛いミリアム!お願いだから今すぐアルにイエスと言ってきて!」
「ありがとう、ヴィアンカ!」
わたしたちは固く抱き合って。それから離れた。
「あら、ヴィアンカ。ようやく着たのね」とミリアム。「とても可愛い!さすがわたしの双子ね。鼻が高いわ」
「やめて、ミリアム。恥ずかしいのだから。それよりも早く行ってあげて」
「ええ!」彼女はアンディを見た。「おじゃましてごめんなさいね、アンディ!」
そしてミリアムはまた走り出す。と思ったら止まって振り向いて、
「ヴィアンカ!あなたはわたしに確認しなくていいわよ、プロポーズ!」
そう叫ぶと駆けて行った。
ミリアムは相当嬉しさに舞い上がっているのだろう。上品さを忘れているところが、すごく可愛らしい。
それにしても。
「元男の子に求婚する物好きなんて、いないよね」
と、アンディを見上げる。
「…どうだかな」
アンディは結婚どうするの?と聞きたいけれど、聞かない。
さっきもイヤな話をされそうだったしさ。
ずっと兄でいてくれる、旅も一緒に行ってくれるっていう約束、守ってもらえるのかな。
「ヴィー」
「なあに」
「戻るか。歩きにくそうだ」
「うん」
よかった。さっき言いかけた話はやめにしてくれたらしい。
わたしは自分のスカートじゃなくて、アンディの上着を掴みたいなと思いながらも、歩きにくさのせいであきらめた。
アンディはいつもわたしの味方だ。
女の子に戻ったわたしにみんな喜んでくれて、すぐにヴィアンカと呼ぶようになった。
ミリアムなんて、ようやく呼べるわと泣いていたし、フェルの目にも涙が浮かんでいた。
そんなに喜んでもらえて嬉しいけれど。
でも、わたしは男の子だった自分も好きだった。だから『ヴィー』の自分がいなくなってしまったみたいで、ものすごく淋しくなった。
アンディにその話をしたら、頭を撫でてくれて、それなら俺はヴィーと呼ぶよと言ってくれたのだ。
みんなに怒られない?と尋ねたら、みんなよりお前がどう思うかだろと答えてくれた。
さすが兄。優しい。
そんなアンディが約束を守ってくれないとは思いたくない。パズルの約束だって10年も忘れないでいてくれた。
だけれど。どうなんだろう。
すごく不安。
屋敷に戻るとテラスでマッシモがひとり、飲み物を飲んでいた。着替えている。
「お前も着替えたら?」とアンディに言うマッシモ。
そうか。手合わせで汗をかいたのか。気付かなかったよ。
「行ってきていいよ。マッシモと話してる」とわたし。
「…わかった」
アンディとマッシモはなんだか視線だけで会話をしている。
二人は知り合って17年なんだって。わたしの歳と同じ年数だよ。だから言葉がなくてもわかるのかな。仕事まで一緒なんだものね。
マッシモの隣に座る。
「ヴィアンカ」とマッシモ。「悪いが向かいに座ってくれないかな」
「どうして?」
「そこはアンディの席」
ほかにも椅子はあるのに?よくわからないけど、隊長と副官には漫才コンビのように立ち位置的な決まりがあるのかな。
仕方ないので向かいに座り直す。マッシモはにっこり笑った。
「実は嫉妬深いんだ。隠しているけどな」
「奥様が?」
マッシモは笑う。
「すごく美人の奥様だよね」
以前広場で見かけたひとを思い出す。
「そうだろ?」
マッシモはアンディを除けば仲間内で一番最後に結婚したそうだ。昨年の夏と言ってたから、まだ新婚さんだ。
「せっかくの休みにアンディに会いに来ていて怒られない?」
アンディは長期休暇中だけど、マッシモや他の隊員は普通に勤務している。
「活を入れてくると言ったら、大賛成されたぞ」
「優しいね」
マッシモはだろう?とドヤ顔だ。
「隊長が阿呆だと副官は苦労するんだ。妻はよくわかってくれている」
「…アンディは阿呆じゃないと思うな」
「遠乗りを何ヵ月も待たせるのは阿呆だと思うぞ」
その言葉に驚く。
「なんで知っているの?」
「副官だからな。あげくにフェルディナンドまで連れて行って、可愛いヴィアンカをしょんぼりさせた」
「ええっ。…そう言われると恥ずかしいよ。子供だよね」
そんなことで落ち込んでしまうなんて。
「ちゃんと聞いたほうがいいぞ。なんでそんなに待たせたのか、なんでフェルディナンドまで一緒だったのか」
「仕事が忙しかったからじゃないの?」
「仕事を言い訳にしている阿呆だよ!まったく。変なところで気が小さいんだ。イライラするよ」
長い付き合いだからなのかな。マッシモはアンディのことをよく知っているみたい。
「フェルディナンドのシスコンぶりも気持ち悪いけどな」
「あはは、本当!」
「まあ、それも後少しだ。溺愛する双子が嫁に行ったら号泣するんだろうな」
「ミリアムは結婚するけど…」
「ヴィアンカもだよ。じゃないと困る」
「マッシモが?」
「みんながな」
みんな?ミリアムたちが困ることがあるかな。かわいそうに思えちゃうとか?
なんでかな。
近頃、みんながなにを言っているのかわからないことが多い。
会話が噛み合ってない気がする。
奥歯にものが挟まったような言い方をされている気もする。
変だな。
わたしが女の子に変化したのに脳みそがついていけてなくて、理解力が低下したのかな。
すごく変な気がするのに、みんなはニコニコしているからそうは思ってないらしい。どうしてだろう。
そのうち女の子の自分に慣れたら、こんなことにも慣れるのかな。
着替えたアンディがやって来て、座る。さっきあたしが座った『アンディの席』ではないのに、マッシモは何も言わない。
なんで?
それどころか立ち上がると、
「そろそろ帰るかな。愛しい妻をいつまでも待たせるなんて、いい男のすることじゃないからな」
と言う。
「見送りはいらないよ、ヴィアンカ。じゃあな、アンディ。いい加減にしないと俺の口が軽くなるぞ」
「さっさと帰れ!」とアンディ。
「…仲良しだね」とわたし。
なんの話なのか、マッシモは楽しそうに笑っている。
「長い付き合いだからな。こいつの秘密をけっこう知っているぞ。ヴィアンカ、知りたいか?」とマッシモ。
「秘密?」
「帰れ!」とアンディ。
「またな、ヴィアンカ」
マッシモは手をヒラヒラさせて帰っていった。アンディはしかめっ面をしている。
「気になるなあ。秘密ってなに?」
「つまらない昔話だ、忘れろ」とアンディ。
「アンディの昔話、知りたいよ。だってうちに来てるときしか知らないもん。学生のころとか、なんにも。マッシモの存在だってついこの前まで知らなかった」
あんなに仲がよさそうなのに。
「…そのうちな。それより談話室ににアルベール殿下とミリアムがいたぞ」
「どうだった!」
今はそっちが重要だ!
「殿下が嬉しそうにしているのが見えた」
「そっか!よかった。これでひと安心だね」
本当によかった。ミリアムが幸せになってくれて。
「淋しいけれど嬉しいって気分、すごくわかるな」
遠乗りに行った物見の塔でアンディが言っていた言葉。
今、実感している。大好きなミリアムと別の道を歩むときが来たんだ。
淋しいけど、嬉しい。
嬉しいけど、…淋しい。
アンディの手が伸びてきて、頭をわしゃわしゃしてくれる。
淋しい気分が和らいでいく。
小さいころからずっと。今もこれが大好き。




