幕間・兄の後悔
兄フェルディナンドの話です。
マッシモの襟首を掴み、なんでだよ、と繰り返し糺す。
なんでこんなことに協力をしたんだ。
隣で真っ白い顔で憔然としている、キンバリー、お前もだ。
なんで誰も止めてくれなかった。
涙が止まらない。目を開いていることもできない。
「…止めて聞くヤツじゃない」とマッシモが答える。「お前だってわかっているだろう?」
「私が協力しなくても、アンディはやったよ。他の協力者をみつけてね」とキンバリー。
わかってる。
わかってるさ!
でも殴ってでも張り倒してでも止めろよ。
そのためにマリアンナを買ったのだ。
ヴィーがなんと言おうと、あのクズを使えば良かったんだ。
よりによってアンディだなんて。
「言いたくないが」とマッシモ。「あいつは相当にキツかったんだ。お前たちの側にいることが」
「…どういうことだ」
僕たちは親友で、ずっと支えあってきたんじゃなかったのか。
「俺も言われるまでわからなかった。あいつの特殊な魔力。あれでずっと、10年もの間、お前たち全員の苦しみを感じ続けてきたんだぞ。自分のぶんだけで苦しいだろうに、お前のもミリアムのも、公爵夫妻のも、アルベール殿下のも、レティシア殿下のも、ジョシュアのも。それからヴィーの苦しみも」
手から力が抜けてマッシモの襟首を離す。
「お前たちを苦しみから解放してやりたい、自分も解放されたいと言われて止められるか?他に解決方法があるならともかく、ないんだぞ。この機会を逃したら二度とチャンスはない、そう言われて止めろなんて言えるか?」
「彼もギリギリまで迷っていたみたいだよ。ヴィーちゃんとの約束を破りたくないってね」とキンバリー。
「…約束?」
「ずっとヴィーちゃんの兄でいるって。バカだよね。自分にもしものことがあったら、私に代わりに姉になってくれなんて頼むんだよ。代わりになんてなれないのにさ」
キンバリーは蒼白の顔を上げて僕の目を見た。
「今回の計画を聞いたのは、3日前だよ」
「俺は4日前だ」とマッシモ。
「だけどね」とキンバリー。「ヴィーちゃんは3月の頭から、自分が呪われて男の子になったと知っていた」
「やっぱりか」と呟くマッシモ。
僕は意味が分からずキンバリーの顔を穴があくほど見つめた。
「ヴィーちゃんは誰だかにそれを教えられたんだ。それを聞いて最初にアンディに相談した。私はオマケで打ち明けられた。みんなに秘密を知ったことを知らせるのか、知らせるならどうすればみんなのショックが少ないのかをずっとアンディと二人で相談していたよ。私は彼がこんな計画をしてるなんて知らなかったから、請われるまま誰にも話さなかった。それは済まなかったと思う」
ヴィーが全てを知っていた。
知っていて、何も変わらず振る舞っていた。
昨日みんながどんな気持ちで過ごしていたかも、わかっていた。
「だからアンディもきっと、こうする他なかったんだよ。全てを知ったヴィーちゃんが苦しむのを見ていられなかったんだ」
力が抜ける。
立っていられなくなり床に座りこんだ。
何も見ていなかったのは、僕だ。
幼い頃。
あいつの他人の感情がわかる魔力の壮絶さを、僕は知っていたはずだ。
それがどれほどあいつを苦しめるかも、見てきたはずだ。
それなのに、僕はこの十年のあいつの苦しみに気づかなかった。
あいつが奥底に抱える怒りや苦しみの感情を、表に出さないヤツだともわかっていたはずなのに。
僕はあいつの理解者のふりをして、なにひとつ理解していなかった。
ヴィーのことだって可愛い呑気者だと思い込んで、秘密を知ったことで苦しんでいるなんて思いもよらなかった。
一体僕は何をしていたんだ。
「仕方ないよ、フェルディナンド」マッシモが言う。「アンディはこっちの感情を読んで動くことができたんだ。お前のことなんて、特に用心していただろう」
マッシモが僕の前にしゃがむ。
「頼まれたよ。自分に万が一のことがあったときは、フェルディナンドをよろしくって」
馬鹿だ。
馬鹿だ。
アンディも、僕も、大馬鹿野郎だ。




