幕間・兄の動揺 1
兄フェルディナンドの話です。
昔は頻繁に訪れていた。
今は年に二回。彼の命日と僕の可愛い妹が呪いをかけられた日。友人に思いを馳せ、そして助けを求める。優しかったあいつは、母親の蛮行に胸を痛めているはずだ。
どうか僕たちに力を貸してほしい。
レオノールの部屋に入ると先客がいた。
僕を見るその目が真っ赤だ。
この部屋は母親の部屋と同様に、家具は分解され椅子は綿まで抜かれ、壁紙も絨毯も剥がされている。どこかに呪いに関する書き付けか書がないかと探し回った結果だ。この痛々しさがやりきれなくて、年に二回しか来ないようになってしまった。
そんな部屋の真ん中で、殿下が涙でぐしゃぐしゃになった顔をして立ち尽くしている。
彼の泣き顔を見るのは、ヴィアンカにヴィットーリオの仮初めの名をつけると決めたとき以来だ。
あの日以来、彼はけっして涙を見せなかった。
「すまない、フェルディナンド」殿下の声は震えている。
昨日で、呪いをかけられて丸10年。ヴィーは最近急速に女の子らしくなっていたから、みな自然に呪いが解けるのではないかと期待していた。だけれどその願いは打ち砕かれた。
そして10年を機にペソアの協力は終了する。しばらく前にその旨の書簡をペソア国王から送られていた。今回の慰霊祭は、その調整も兼ねていたのだ。
勿論納得できることではない。だけれども、10年かけても何の成果もないのだ。そのような結論を出されても仕方のないことだ。
ムジーク大公の話では、全く協力をしないのではないと言う。シュシュノンの調査員は今まで通り受け入れてくれるそうだ。ただあちらの専属調査はすべて終了となる。こちらが増員をしなければ、規模は半分以下に縮小だ。そして我が国にもう増やせる人員はいない。
…だからと言って、殿下が謝ることではない。
僕だってそれくらいはわかっている。
だけどなんと言っていいのかが、わからない。
可愛い僕のヴィアンカ。幸せになってもらいたいのに。
彼女の本当の名前を呼んであげたいのに。
廃墟のような埃まみれの部屋で、僕達はただ項垂れて立ち尽くす。
諦める気はないけれど、さすがに堪える。
父もそろそろ方針転換しなければならないと、腹をくくった。ヴィーに男の子と偽り続けるのも限界がきている。昨晩、そう話しながらあの父が泣いた。
来年には双子は18だ。
せめてミリアムだけでも慕う男と幸せになってほしいと思っているけれど、二人の性格を考えると難しいだろう。
何も起こらずに絶望した昨晩。
僕の無二の親友は、『大丈夫、ヴィーを神が見放すはずがない』と力強く言った。もうその根拠のない言葉にすがるしかないのだろうか。
その言葉を口にしたあいつだって、泣きそうな顔をしていた。
扉が開き、殿下の侍従が顔を出した。慌てている様子だ。
「殿下!バレン殿下がお探しです。緊急だそうです。フェルディナンド様もご一緒した方がよろしいかもしれません!皆様を集めてます!」
何事だろう。僕たちは顔を見合わせた。と、殿下はひどい顔だ。掌をかざして、少しでも癒えるように念じる。多少、腫れがひく。
「ありがとう」
涙声は治らない。だが仕方ない。ヴィーに何かあったのだろうか。
侍従について、急いでバレンの元へ向かった。
◇◇
バレンの部屋に行くと、ミリアム、レティシア殿下、ジョシュア、ウォルフガングのほかにムジーク大公がいた。僕たちの顔を見てバレンが、揃ったかと言う。
「説明は後でする。すぐに馬車で学園に向かう」
学園にはヴィーとキンバリーがいる。
「叔父上、ありがとうございます」とバレンは大公に頭を下げる。「後は俺たちで行ってきます」
「大丈夫か?」と大公。
「はい。叔父上が出て国際問題になると困ります。大丈夫。ここにいる全員、魔力は強い。あ、」バレンは僕を見た。「フェルディナンドは強いのか?」
「それなりに」と僕は訳もわからずに答える。
「よし、急ごう」
とバレンは早足で部屋を出る。
説明がないのはみな同じらしい。不安な顔をしている。レティシア殿下とジョシュアは手を繋いでいる。アルベール殿下はバレンに駆け寄っている。
「ミリアム」僕は可愛い妹の手を握りしめた。
「ヴィーに何かあったのかしら」
ミリアムは今にも泣き出しそうだ。
「わからない」と答えたのはバレンだった。「ただ、何かを起こすのは確かだ」彼は振り返って僕を見た。すぐに前を向く。「アンディ・ブルトンが、大師と一緒にな」
顔から血の気が引くのがわかった。




