幕間・主人公の惑乱 1
主人公マリアンナの話です。
ゲインズブールに初めて会ったとき、一瞬だけアルベールをやめてこっちでもいいかなと考えた。整った容姿にスラリとした体型。攻略対象の中で唯一の大人だけあって、実際に会ってみると色気のあるかなりいい男だった。
あたしの特別指導の担当を決めるために引き合わされたときのことだ。
もうひとりは研究所の要職にあるという中年の男で、その年頃にしては悪くはない面相だったけれど、どう見てもゲインズブールに軍配があがった。当然だよね。
ゲームでは魔法にしか興味のない変人オタクというキャラだったけれど、そんな様子は微塵もなかった。優しそうな紳士に見えた。
アドバイザーと紹介されたキンバリーが、こいつはヤバいヤツだよ地獄を見るよ、と言ったけれど、良い男にあたしを近づけたくないがための嘘だと思った。
なんてバカなあたし。今ならわかる。キンバリーは嘘をついていなかった。ゲインズブールが紳士に見えたのは、自分を選ばせるためにそう演じていたからだ。
ゲインズブール自身は魔力は弱い。使っているのなんて見たことがないから、もしかしたらゼロレベルなのかもしれない。
その代わりに他人の魔力がわかるという不思議な能力を持っている。はっきりと説明をされたことはないから、どこまでをどんな風にわかるのかは知らないけれど、相当詳細に感じとっているようで薄気味が悪い。
あたしが少しでも手を抜けば、すぐにバレる。魔法を発動する前に、全力でやれと叱責が飛んでくる。
更に、相手に触れるとより深く何かがわかるようだ。初めてのレッスンの時に手を握られて魔力を探られた。その時は内臓を素手で撫でられたみたいな気持ちの悪さを感じた。
魔法の練習をしていたって、あたしの中で起きている魔力の流れだかなんだかを感じているみたいで、流れが違うとか使い方が間違っているとか指摘される。
言い方が高圧的でムカつくし、魔法オタクの変態だけど、この能力だけは圧倒的にすごいらしい。
そんなゲインズブールだから、ペソアから来る大師という人には興味があったらしい。他に類を見ない強力な魔力の持ち主だそうで、その魔力を見たいと言ったのだ。あたしに必要事項以外を話すなんて珍しいことだから、相当なことだ。
かといって歓迎パーティーに出掛けていくようなヤツじゃない。完全な引きこもりだもん。キンバリーがいなかったら食事すらとれずに倒れるようなバカだ。
だから代わりに昨日の慰霊祭に出席したようなのだけど、出席者が多すぎて大師には近づけなかったようだ。
おかげで今日は普段に輪をかけて不機嫌だけど、あたしは気分がいい。ざまあみろ、だ。
あたしに呪いの練習なんかをさせるからバチが当たったんだ。いい気味。
呪いの練習はあの一回きりだったけど、本当に怖かった。
お人好しのヴィットーリオが、バットエンドの展開にならないよう守ってくれると約束してくれたからよかったけどさ。
ただあの子、ガードが固いからなぁ。できれば呪いの話を詳しく聞いて万が一に備えたいんだけど…。
ゲインズブールは受け取ったばかりの手紙を読み終えたようで、封筒に戻すことなく机に放った。
ヤバい、休んでいたのがバレる。
その目はあたしに向けられているけれど、怒りはない。あれ?
「これから大師が個人的に学園の見学に来る」
「え?」
「内密事項らしいが、弟から連絡があった。お前と魔力を比べるから、ついてこい。玄関で待ち構える」
そう言うとゲインズブールは返事も待たずにさっさと歩き出す。
慌てて後を追い、研究室を出た。
日曜で人気のない廊下を進む。
急にゲインズブールが足をとめて、2、3歩下がった。視線を追うと廊下を左に曲がった先、窓越しにヴィットーリオの騎士の兄がいる。ひとりだ。こちらに来る。
なんで日曜に?
あの人を毛嫌いしているらしいゲインズブールは柱の影に入った。仕方ないのであたしも倣う。
兄はこちらに気づかず目の前を通りすぎて、真っ直ぐ右側の廊下へと歩んで行った。あっちには医務室がある。そうか。元カノに会いに来たのか。
文化祭でも仲良さそうに並んで劇を観ていたしね。
ていうか今カノなのかな。
そもそも元カノと思ったのは、ゲインズブールがキンバリーに、『昔の男と医務室でいちゃついているヒマがあるなら、こっちを手伝え』って怒鳴り散らしていたからだった。
「…なんだ?」
ゲインズブールの呟きにその顔を見上げると、目を見開いた驚愕の表情で兄が消えた廊下を見ている。
そして左に曲がるべきところを、右の廊下へと進む。
あたしこそ、なんだ?大師は?と言いたいけれどゲインズブールは怖い。おとなしくついていった。
ゲインズブールはノックもなしに医務室の扉を開き中へズカズカと入って行った。あたしは一応、遠慮して室内に一歩入った所で止まった。
キンバリーと兄が驚いた顔をしている。
もしや修羅場か?
ワクワクだね。
「お前、その魔力はなんだ!」と叫ぶゲインズブール。
ん?魔力?
「学生のときはそんなんじゃなかっただろう!」そう言いながら兄に触れるゲインズブール。顔色が変わる。「…なんだ、これは。マリアンナとそんな変わらないレベルじゃないか」
「マリアンナ、扉を閉めて」とキンバリー。
あたしはよくわからないまま、言われた通りにする。
兄の魔力があたしと変わらないって?
だってあたしは突出した強力な魔力の持ち主なんだよ?そんな人間がまだいるの?それもヴィットーリオの兄?
兄はため息をついた。
「気を付けていたのにな。ここで見つかるとは」
そう言ってあたしを見る。
「二人とも、頼むから今日のことは全部忘れてくれ」
「アンディ。マリアンナは万が一のときに使えるかもしれない」とキンバリー。
「ま、万が一ってなによ」
なぜか声が震える。よく見たらキンバリーは泣きはらした目をしている。
「…そこに寝ているのはヴィットーリオか」とゲインズブール。
あたしの位置からは見えない。ベッドに近寄ると、ヴィットーリオが静かな寝息をたてて眠っている。
なんだかすごくイヤな予感がする。
「何をするつもりだ。その魔力はどうしたんだ」とゲインズブール。
「…学生のときは魔力を磨かなかった。ふりだけしてな。特殊な魔力の力が強くなるのが嫌だったからな。だがペソアで大師に師事した」
「これから大師がここに来るな」
「情報源は弟か」と兄は苦笑した。「余計なことをしやがって」
「お前は、何をするつもりだ」硬い表情のゲインズブール。
兄はあたしの隣に立つと優しい手つきでヴィットーリオの頬を撫でた。
「カッツが考えているとおりのことだ」




