3章・11日曜の学園
慰霊祭翌日。
日曜だけど、あたしはキンバリー先生と学園にいる。先生に研究の手伝いをしてほしいと頼まれてのことだ。
…というのは表向き。
本当は今のあたしには、みんなと一緒や、屋敷にいるのは辛いだろうと配慮してくれたキンバリー先生の計らいだ。
きっとみんなも、あたしと一緒にいるのは苦しいだろう。
高まっていた期待を打ち砕かれたのだ。それを隠して平静に振る舞うのは、お互いに苦痛でしかない。
先生の様子は普段通りだ。だけどもしかしたらものすごく努力をして、そう見せているのかもしれない。いつもの軽口は少なく、得意の悪役じみた微笑みも出ない。
こんな日にあたしと一緒に過ごしてくれることに心から感謝しながら、先生の城、医務室でまったりと過ごした。
いつもよりも種類が豊富なお菓子にお茶。
退屈しないように本やおもちゃなんかもあって、その中の木組みの立体パズルをのんびりと組み立てて遊んだ。仕組みに頭を悩ませていれば、余計なことを考えなくてすむ。
昨晩はアンディがあたしが寝つくまで一緒にいてくれた…のだと思う。最後の記憶は泣きじゃくっていたところまでだ。
朝目覚めたら、ちゃんと寝台に横になり掛布もかかっていた。アンディが寝かせてくれたのだろう。今日は会えていないから、まだお礼は言えてない。
思い切り泣いたせいか、気持ちは落ち着いている。覚悟も決まった。
そうだ、あたしはもう『あたし』と考えることも止めるのだった。男の子として生きていくのだ。覚悟を決めたのだから、いつまでも『あたし』なんて思っていたらおかしい。
今日から『僕』だ。声に出したときも、出さないときも。
お昼には先生が寮から軽食を持ってきてくれた。サンドイッチやフルーツの盛り合わせで、女子寮だからなのか、かわいいお皿に綺麗に飾り盛りされていた。
素直に感嘆すると、先生は目を細めて喜んでいるようだった。
「ヴィーちゃん。午後もパズルする?飽きてない?」と先生。
「するよ。楽しいもん」
「そっか。それ、アンディが持って来たんだよ。小さい頃のヴィーちゃんが好きだったんだって」
そうなんだ。まったく記憶にない。あたし…じゃなかった僕がまだ女の子だった頃かな。記憶がある僕は、ミリアムがいたからひとりでする遊びはあまりしなかった。
「今日はアンディに会った?」
「ううん。でも昨晩は様子を見に来てくれたよ」
「…何か言ってなかった?」
「今日は先生に甘えてこいって」
そっかと笑う先生。気のせいか、泣きそうな顔に見える。やっぱり無理をして普通に振る舞ってくれているんだ。
「サンドイッチの味はどう?シュタイン家のご馳走に馴れた舌に合う?」
「美味しいよ。このたまごサンドが好きかな」
「たくさん食べてね。昨日はろくに食べてなかったでしょ」
きのうは緊張のあまり、食べ物がのどを通らなかった。先生には気づかれていたらしい。
「先生、ありがとね。僕をここに呼んでくれて。みんなと一緒だったらきっと今日も食べられなかったよ」
黙って先生は首肯すると、ごめんね寮に忘れ物してきたと医務室を出ていった。
先生がいなくなると、手にしていたサンドイッチをお皿に戻した。
きのうほどではないけれど、それほど食べたい気分ではない。
ぼんやりと主のいない室内を見回して、そうだ風を入れようと立ち上がり窓辺に寄った。
そういえば一年ほど前にウォルフと窓掃除をしたっけと思い出す。あれは嬉しかった。今年の誕生日も委員会室でお祝いをしてもらった。
バレンは今年も女の子向けのブローチをくれた。なにを考えているんだろう。みんな必死にあたしに隠しているのに。ブローチを見たウォルフは怒った顔をしていたもん。バレンは逆に思い出させようとしているのかな。
窓を開けると柔らかな風が入ってくる。
なんだか眠い。
椅子に戻ろうとして、ふと壁に掛けられた鏡に映る自分の顔に気づいた。
いつもの顔だ。
だけど。おかしい。
あたしは鏡に近寄った。昨晩は散々泣いた。そのまま寝てしまったから冷やしてもいない。それなのに、いつもの顔だ。
朝はまだぼうっとして気づかなかったけれど、泣きはらした顔ではない。
フェヴリエ・パーティーの晩に泣いたときは、翌日はひどく腫れていた。
誰かが寝てる間に癒してくれた?
誰が?
きのう最後まで一緒にいたのはアンディだ。だけどアンディが癒しをできると聞いたことはない。それなりに強い魔力を持っているらしいけれど、火を灯すとか送付魔法ぐらいしか使っているのを見たことがない。
一体誰が癒してくれたんだろう?
癒し魔法が使える人は、フェルとミリアムとキンバリー先生しか思い浮かばない。あと父様もか。
…だけど、眠い。
強烈な眠気に考えがまとまらない。
一昨日は緊張で眠れず、きのうも遅かった。食事してお腹が膨れたから眠気がやってきたのだろうか。
ちょっとだけ借りよう、とベッドに腰かけて半身だけ倒す。
勝手に使ってもキンバリー先生は怒らないだろうけど。先生が帰ってきたら、ちゃんとお昼寝していいか尋ねよう。
ものすごく、ねむい。




