3章・10 その日
ペソアから来た使節団の重要メンバーは代表のムジーク大公殿下夫妻と司教様と大師様だ。ペソアの司教様が今回の慰霊祭を取り仕切るらしい。
ムジーク大公殿下は、亡くなった王妃様のすぐ上の兄だそうだ。兄妹の中では王妃様と一番仲が良かったとのことで、今回いらっしゃったらしい。
この方は、バレンの第一侍従であるヨハン・ムジークのお父上だ。第三子のヨハンは一応王族ではあるけれど、成人とともに自立しなければならない決まりだった。それでバレンの侍従になったそうだ。切れ者っぽいし、もっと他に選択肢はあったんじゃないかと思うけど。二人はけっこう仲良くやっているようだ。バレンは兄のようなものだと話していた。
あたしたち学生がペソアの高位の方たちと会う機会は本来ならないのだけど、バレンの紹介でムジーク大公夫妻にはお会いした。
優しそうな方たちで、あたしにもミリアムやジョーと変わらない態度で接してくれた。アンディが言うには、呪いの件に関しては協力派なんだそうだ。それもあっての人選らしい。
ちなみに司祭は中立、大師は協力派。そりゃそうだよね。反対派なんて送り込んだら、国家間の緊張が高まるだけだ。
この三人の中で、アルが留学中に特にお世話になったのが大師なんだそうだ。魔法に精通していて、王家の秘密の図書室の管理もしている。先代国王陛下の命もあって、熱心に協力をしてくれたんだそう。
その繋がりでアンディもよく知った仲となり、今回迎えの指名をされたようだ。
大師は古希を迎えたお年だけれど、魔力は未だ衰えずペソア王家の人々を影で支えているらしい。穏やかな顔つきながら威厳のある方で、今回の来国はご自身で望まれたそうだ。
早世した第一王子の治癒のために、いらっしゃったこともあるらしい。だけれど魔法は効かず、王子は亡くなってしまった。だからご自身の命があるうちに、王子の墓参をしたいということらしい。お優しい方だ。
ペソアの使節団が滞在している間は大人たちは忙しい。宰相である父様はもちろん、内務省に勤めているフェル、警備を任されているアンディ、三人ともろくに屋敷にいない。
アンディにはようやく会えた僅かな時間で、マリアンナが呪いを練習させられた件を伝えた。
もし彼女があたしの呪いを解くために練習をさせられたのだとしたら、あたしは絶対に彼女にそんなことはしてもらいたくない。それくらいならずっと男の子のままでいい。マリアンナを守ると約束をした。
あたしがそう話すとアンディは、わかったよお人好し、と頭をわしゃわしゃしてくれた。
やっぱりアンディはあたしの味方をしてくれて、ほっとした。
慰霊祭は本当の命日に大聖堂でする。その日が土曜だから、金曜に官公庁を休みにしてやるよりいいだろうという建前らしい。
大人たちとアル、レティ、バレンは慰霊祭に列席する。
あたし、ミリアム、ジョー、それとなぜかウォルフとキンバリー先生は王宮で過ごす。大切な日だから慰霊祭に列席はしなくても、敬虔な気持ちで過ごすためとの名目だ。
だけど実際には、あたしに変化が起きた場合の備えだ。
もしそうなったら、アンディとあたしの計画は終了。
そうならなかったら、翌週の土曜夜にみんなに打ち明ける。前日にアンディがあたしに全てを話した、ということにする。
あたしは、ものすごく怖い。
だけど決めたのだ。
みんなにはこれ以上、あたしに振り回されないでほしい。
◇◇
その日が近づくにつれて、みんなの間には緊張が高まっていった。
普段通りにふるまっているけれど、どこかピリピリとしたものがあるのだ。それをあたしは気づかないふりをして。
だけどあたしもみんなの期待に応えられるのか不安で。でもその不安を隠さなくてはいけなくて。
おかしな精神状態のあたしを心配したアンディは、少しでも空き時間があるとあたしの元へ来てたくさん頭を撫でてくれた。
そうしてその日が来た。
あたしは朝から王宮へ行き、午前中はミリアム、ジョー、ウォルフ、キンバリー先生たちと静かに過ごした。
午後、実際に先の王妃様が亡くなられた時刻には王宮の礼拝所で祈りを捧げた。
それが終わると広間の一室を、アルの誕生日を祝うために飾り付けをして、慰霊祭出席組の帰りを待った。
アルたちが帰ってくるとお祝いをして、今日は特別だからと日付が変わる時刻までみんな一緒にいた。
夜中前にはフェルとアンディも加わった。
そして。あたしには何の変化も起こらないまま、その日が終わった。
◇◇
日付が変わるとアルのささやかな誕生会はお開きになった。あたしたち来客組は部屋を用意されていて王宮にお泊まりだ。
ウェルトンにされるがままに寝支度をしてもらい、寝台に入りひとりになって、しばらくたった頃。
ノックの音がして細く開いた扉から誰かが顔を出した。
「寝てるか?」
アンディの声だ。
「…起きてる」
半身を起こす。
「大丈夫か?」
「…じゃないよ」
「入ってもいいか?」
「うん」
あたしは寝台から出ると、縁に腰かけた。
部屋に入ったアンディは手にしていたランプを卓に置くと、隣に座った。そっと頭を撫でてくれる。
「…ダメだったね」
「そうだな」
みんなは当然、あたしの前では何も言わなかった。一生懸命に普通に会話をし、ふるまっていた。
だけれども日付が変わったときに、明らかな落胆が見てとれた。いや、落胆なんて生易しいものじゃない。
「…がっかりさせちゃったよ。申し訳ないよ」
声が震える。
ぎゅっとアンディに抱き寄せられた。
「すまない。今日一日、ひとりにさせて。お前はよく頑張った」
「うん」
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
あたしの呪いは自然に解けることはなかった。
この先解呪方法が見つかったとしても、誰かに解いてもらうつもりはない。
それをみんなに告白する。
今日以上に落胆させてしまう。
でももうお互いにこんな茶番は終わりにしたほうがいいんだ。
「アンディ。旅の約束を覚えてる?」
泣きながら、震えてしまう声で尋ねる。
「…覚えている」
「行こうね、一緒に。ずっと兄でいてくれるよね」
「安心しろ。俺はずっとお前の兄でいるよ」
「絶対だよ」
アンディの服を握りしめて泣きながら、それでも最初に尋ねたのがアンディでよかったと心の底から安心していた。




