幕間・赤毛と主人公
赤毛のウォルフガングの話です。
楽隊の奏でる派手な音楽が風にのって聞こえてくる。ついにペソアの使節団が都に入ったらしい。
開いている窓から、姿の見えない一団に思いを馳せる。
一行のひとり、ペソアの大師という人物は、相当な魔力の持ち主らしい。なんとかその人にヴィーの呪いを解いてもらうことは出来ないのだろうか。ヴィーがかけられた呪いについて何も判明していないから無理なのだと聞いているが、それでもなお願ってしまう。
「使節団が着いたのね」
その声に振り向くと、マリアンナだった。
廊下には他にも生徒がいたが、確実にオレに声をかけている。
言葉を交わすのは医務室で呪いの話をして以来だ。あれからみんなで気を付けているが、こいつがヴィーに近づいた様子はない。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだ?」
警戒をする。
「寮の女子たちがやけに首から銀のアクセサリーを下げてるの。あと手首にリボンを巻いていたり。お守りで流行っているそうね」
以外な質問に拍子抜けする。
「…それがどうした?」
「ヴィットーリオがいつも服の上から触っているのもそれ?」
「…」
イヤなことを聞きやがって。だいたいそれがお前になんの関係がある。
あの人が出立してから、あの癖が始まった。本人はまったくの無意識らしい。
心底、ムカつく。なんでオレは馬鹿正直に首から下げるのが流行っているってなんて教えてしまったんだ。
「そうなんだ」
マリアンナはひとりで納得している。
「それって騎士の方のお兄さんからのプレゼントだったりする?」
なんでわかったんだ?
驚きの目で見ていたら、彼女はやっぱりと呟いた。
「なんとなくそんな気がしたのよ。寮の子たちは、そのお兄さんが使節団と一緒に帰ってくるって話していたんだけど。そうなの?」
「…ああ」
「ゲインズブールって、その人を凄く嫌ってるみたい」
意外な話の展開だ。
「そうなのか?」
「うん。何度か毒づいているのを聞いたし。お互い近寄るのもイヤみたい。文化祭でもあからさまに避けあっていたの」
「…へえ」
初耳だ。ヴィーからそんな話を聞いたことはないから、彼女も知らないのだろう。フェルディナンドの方はゲインズブールと定期的に連絡を取り合って、ヴィーの様子を確認していると聞いている。
「その人と話したいんだけど、会わせてくれない?」
「は?なんでオレが」
「だってあなたたち、あたしをヴィットーリオに近づけてくれないでしょ」
「何を企んでいる」
マリアンナはため息をついた。
「なにも企んでなんかいないわよ」
「…またつまらない妄言を吐くつもりか?」
「違うってば。もういい。自分で行く。アポなしで行っても会って貰えないって聞いたから頼みたかったんだけど。本当、イヤなヤツ」
「…しばらく無理だぞ」
「なんでよ」
「使節団がいる間はずっとその警備だ」
勤務中はほぼ王宮に詰めると聞いている。休みはあるだろうが、マリアンナなんかのために時間をさく余裕はないんじゃないだろうか。
どのみち、何を考えているかわからないこいつを、こんな時期にヴィーの周りをうろつかせたくない。
「ひと月よね」とマリアンナ。
そうだと返事する。
微妙だなあとの呟き。
「まあいいわ。じゃあね」
そう言うと彼女は去って行った。
何だったんだ一体。
「あいつは何だって?」
背後から掛けられた声に振り向くと、ジョーがいた。
「ブルトン中隊長に会いたいそうだ」
「はあ?何を企んでいるんだ?」
やっぱりそう思うよな。
「ゲインズブールと犬猿の仲らしいが、知っているか?」
「学生の頃、揉めたって話だろ?」
「古い話だな。なにが原因だったんだ?」
「あー、うん。」ジョーは困ったような顔をした。「マリアンナの件とは関係ないぜ」
「なんだよ、歯切れ悪いな。そんなまずいことなのか」
「うーん。まずくはないけどな。他言するなよ。これは噂だからな」そう言ってジョーは辺りを見回した。そして声を潜めて、「アンディがキンバリーと付き合っているのをゲインズブールがやっかんで、殴りあいになったって。それが原因で別れたって話」
ジョーは肩をすくめた。
「な、関係はないだろ。どのみち事実なのかは俺も知らない。アンディは口が固いからな」
「…付き合っていたのって学生の頃なのか?」
「げっ、それも知らなかったのか?」
ジョーは慌ててまた辺りを見回した。
「双子には内緒だぞ。フェルから口止めされてるんだよ。噂もあくまで噂だしな。予科練の頃のアンディは余裕で騎士を負かしていたし、ろくに少年団にも入ってなかったゲインズブールじゃ勝負にならない。揉めたのは事実だろうけどな。だからヴィーのことをフェルはゲインズブールに、アンディはキンバリーに頼んでいたんだ」
初めて聞く話だ。フェルディナンドとあの人がヴィーのことをそれぞれ別に頼んでいたなんて知らなかった。
ヴィーの幼馴染のジョーにとっては普通の情報で、オレにとっては一年以上たって第三者から知る情報か。
なんの支障があるわけでもないが、こっちは誠意を尽くしているから、悔しい。
「逃げられるとまずいから、ゲインズブールには通常の指導しかさせないって話だったけどな。マリアンナのヤツ、何か勘づいたのか」
「分からん」
「しっかり聞き出せよ。お前が怖すぎるからいけないんだぜ。もう少しソフトに対応しろ」
「ついムカつくんだ」
「あの女のしたことは酷いからな。だけど、ろくでもないヤツだったお陰で、こっちも罪悪感なくて済む」
「…そうだな」
医務室での話を聞いたあと、即フェルディナンドに報告をした。そうしてマリアンナはヴィーの呪いを解くために、陛下が命を買ったのだと知らされたのだ。
オレの他、アル、ジョーが集められての説明で、これ以上ヴィーにまずい情報が流れないよう、気をつけてくれとシュタイン公爵に頼まれた。
どうやらゲインズブールが自分を呪いの実験台にしたのは独断だったらしい。
とはいえなぜマリアンナが気づくことができたのか、公爵もフェルディナンドも、そしてアルも、不思議そうにしていた。
だけどヴィーは、あんなヤツでもクラスメイトだから守ると約束をしていた。
もしマリアンナが自分のために消費される要員だと知ったら。
まだ解呪方法が見つかっていないから、今すぐの話ではないとはいえ、秘密がバレないように十分用心しないといけない。
ずっと聞こえてきていた音楽が止んだ。
ペソアの一行が王宮に到着したらしい。




