3章・9カウントダウン 3
「馬鹿なことを言うな」
マリアンナの言葉にウォルフは間をおかず強く言い返した。
「呪いなんて廃れている。できるヤツなんていない」
怖い顔だ。あたしに聞かせたくないのかな。
「だって全然違うもん!」マリアンナが叫んだ。「感触が違うの!全然だよ!今までやったどんな魔法とも違う!すごく気持ち悪かった!」
その目には涙が浮かんでいる。
「じゃあ誰にかけたんだよ!そいつはどうなったんだ!だいたい呪いなんて、めちゃくちゃ魔力を使うぞ。お前はピンピンしてるじゃないか」
ウォルフがまた言い返す。
「ゲインズブールによ!」
マリアンナの言葉にウォルフもあたしも虚を突かれた。
「…どういうことだ?」とウォルフ。
「だから!」と叫ぶマリアンナ。「あいつは自分に呪いをかけさせて、そのあと解かせたの。絶対に練習させたのよ。多分、軽いヤツだったのよ。でもあたしは昨日それだけでもう、動けなくなるくらい消耗したの!いつもだったらそれでも許されないけど、昨日はあっさりレッスンが終わった!どう考えても怪しいじゃない!」
カップを持つ手が震えている。
遠足のときはゲインズブールに怪我をさせることも厭わなかったけれど、さすがに呪いは怖いのか。それほど気持ちが悪いのか。バッドエンド通りになるのが恐ろしいのか。
そのどれに怯えているのかは知らないけれど、さすがにかわいそうだ。
「…いくらゲインズブールが魔法オタクの変態だからって、自分を実験台にするか?単に体調が悪かっただけだろ」
「違う!そんなんじゃなかったのよ!…もう、なんでウォルフガングなんかがいるのよ!ヴィットーリオ!あなたならわかるでしょ?」
マリアンナは涙の浮かんだ目であたしを見た。
バッドエンドの場合に出てくる、マリアンナのお墓。
もしゲームの通りになるのなら、彼女はアルベールのために誰かに呪いをかけて死ぬ。
あたしはウォルフを見た。守ってくれてありがたいけど、今は彼女と二人で話したい。
「ウォルフガング、ちょっとだけ二人にしてもらえるかな」
「絶対にダメだ」
「お願い。マリアンナは僕に言いたいことがあるみたいだよ」
「ダメだ!」
うーん。やっぱりそうだよね。参ったな。
「…お前、それ止めろよ」
ウォルフがあたしを見ている。
「…それ?」
なんのことだろう。
ウォルフは指をさした。たどると、あたしの手。
「バレるぞ」
あたしは制服の上から厄よけの指輪を触っていた。無意識にやっていたようだ。
「気づかなかった」
「…最近よくやっている」
ウォルフはため息をついて立ち上がった。
「三分だけだぞ。扉の外にいる」
「ありがとう!」
「マリアンナ、わかってるよな。ヴィーに変なことをしてみろ、《癒す者》だろうがなんだろうが停学じゃすまないからな」
「わかってるわよ!」
ウォルフが医務室の外に出ると彼女は、なんなのよあの男、と吐き捨てるように言った。
そんな罵詈に付き合っている時間はない。
「マリアンナ。もし本当にバッドエンドになるなら、僕も阻止する。だから、この三分間の話は内密にしてほしい」
わかったとうなずくマリアンナ。
「エンディングで見たやつのことなんだけど、確かに呪いだった?呪いを解いていたってことはない?」
きょとんとしたマリアンナ。
「…呪いを解く?」
「そう。呪うより、そちらのほうが可能性があるんだ」
「…そんなの、わからない。考えたこともなかったもん。ただ雰囲気がそんな感じだったのよ。魔方陣が出たりして」
魔方陣か。あたしは自分が呪われたときの記憶がない。アンディは靄と言っていたけど、どうなんだろう。
「…それは呪いにかかっている人がいるってこと?」
その質問に、あたしはマリアンナの目を見た。
「…え?まさか?」
彼女はうろたえる。
「絶対に秘密だよ。みんなは僕が知っていることを知らないんだ」
「どういうこと?」
その言葉は無視する。時間は足りない。
「それは後で。とにかくアルが関係していて可能性があるのは、呪いを解くことだと思うんだ。君の雇い主は誰?」
「…《癒す者》は王宮医師団に所属しているの。契約書にはそう書いてあるし、今もそこの見習い扱いよ。だけどあたしの、正式な雇い主は国王陛下。あたしは魔力が強力だから、直接契約になるって言われた」彼女は息をついた。「寮に親戚が《癒す者》をしている子がいるの。その子の話だと、普通は王宮の総管理をしている王宮庁長官なんだって。あたしはそんな説明はされなかった」
マリアンナの顔が強張っている。
「どんな契約をしてるの」
「…『王家と陛下のために働くこと。その命令に背くことは謀叛とみなす』」
「なんでそんな契約をしたのさ?バッドエンドが怖いんだよね!?」
「だって絶対にアルベールを攻略できると思っていたもん!こっちはゲームをやりこんでるのよ。失敗するなんて思う筈がないじゃない!」
でもこれは。やはりマリアンナはあたしの呪いを解く要員として雇われたんじゃないだろうか。
「ゲインズブールが昨日本当に呪いをやらせたんだとして、」
確実よ!とマリアンナが怒る。
「単に魔法オタクの興味とか、」
あり得ないわよと突っ込まれる。
「実はラスボスで悪事を企んでいるとか」
あいつならやりそうね、と言う。
「もう、うるさいよ、マリアンナ。そんな可能性もないことはないだろうけど、やっぱり僕の呪いを解くための練習だと思う。僕に呪いをかけた人は魔力を使いすぎて亡くなった。だけど安心して。解呪方法はまだ見つかってない。それに僕は君が好きじゃないけど、命を奪ってまで呪いを解いてほしいなんて思ってない。そうならないように、ちゃんとみんなに話すよ」
「…ヴィットーリオ…。呪いは解かなくても大丈夫なの?」
「うん。大丈夫」
大丈夫。あたしは男の子の自分が好き。このままでも楽しく生きていける。
「だからマリアンナ。僕が自分の呪いのことを知っているって絶対に話さないで。そうじゃないと君を助けられないかもしれない」
「わかったわ」
「何かあったらこっそり手紙で教えて。アンディがいればよかったんだけど…」
キンバリー先生は。大好きだけど、マリアンナに関しては味方になってくれないかもしれない。いつも『上』の話をしているし、教師をクビになることを怖れている。
「それ、騎士の方のお兄さん?」
「そう。僕がマリアンナを巻き込みたくないって言えば、絶対に力になってくれる。いつでも僕の味方なんだ。でも今は都にいない」
予定通りに進んでいたとしても、アンディが帰ってくるまであと十日もある。
「…ヴィットーリオの呪いって何なの?」
声を掛けられて、はっとする。時間はないんだった。
「僕は本当は女の子なんだって。だから死ぬような呪いじゃない。安心して」
ノックする音がして扉が開いた。
ウォルフが入ってきて、隣の椅子に座った。
「マリアンナ、落ち着いたって」
あたしはジュリエットをしたときに培った演技力を総動員する。
「いくらゲインズブールが魔法オタクの変態でも、自分に呪いなんて掛けさせないよ。だいたいマリアンナは大事な《癒す者》として預かっているんだしさ」
あたしは、ね、とマリアンナに同意を求める。彼女はコクリとうなずいた。
「万が一またマリアンナが呪いだと思うようなことをさせられたら、その時はフェルに相談しようと思うんだ」
「それがいい」
とうなずくウォルフ。
「大丈夫」あたしはマリアンナに向けて話す。「君だってクラスメイトだ。おかしなことになりそうなら、ちゃんと守るよ」
「…ありがとう」
マリアンナは聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、そう言った。
一方でウォルフは気持ちが悪いほど無表情で、何を考えているのか、さっぱり分からなかった。




