3章・9カウントダウン 2
事務員は医務室の鍵を開けてくれたけれど、それだけ。マリアンナをチラリと見て、
「疲労でしょ、寝てなさい」
と一言、さっさと仕事に戻ってしまった。
なんとはなしに一年前のことを思い出しながら、彼女をベッドに寝かせ、棚からお茶のセットとあたしのマグカップを出した。
ウォルフはため息混じりに、お人好しすぎると呟いていたけど、魔法で水を湯に変えてくれた。ウォルフだって十分、お人好しじゃないか。
お茶が入ると、マリアンナへ持って行った。いる?と尋ねると、彼女は無言で起き上がってマグカップを受け取った。両手で包み込むように持っている。
「また指導が厳しいの?」
あたしの質問に彼女は首を横に振った。「…厳しいことに変わりはないけど。更にキツくなったとかはない」
そう言うマリアンナの表情は冴えない。
「…ウォルフガング。教室に戻っていいよ。マリアンナには僕が付き添っているよ」
だけど当然、
「何を言ってる。こんなヤツと二人きりにできるか」
との返答。どうしようかなと考えていると、
「なんでヴィットーリオはそんなに過保護にされてるの?」とマリアンナが訊いた。「愛されキャラなのは分からないではないけど。過剰だよ」
「僕もそう思うよ」
彼女は本当にあたしの秘密を知らないようだ。あたしも自身の秘密を知らないことになっているし、ウォルフはどう答えるだろうと思っていると、
「入学早々、俺たちに苛めの濡れ衣を着せようとしたのはお前だろうが!」
とウォルフ。
あ、そうだった。
「他にも色々としてくれたよな?そんなヤツを信用できるか」
マリアンナはそれでもまだ納得できなさそうな顔をしていたけれど、何も言わなかった。
伏せた目で、あたしを見ている。
仕方ないなあ、もう。
ベッド脇を離れて椅子を取りに行くと、横から手が伸びてきてウォルフに取り上げられた。
「少しは懲りろ、お人好し」
と言いながら、その椅子ともう一脚をマリアンナの側に運んでくれた。
「ウォルフガングもね!」
二人で並んで座ると、マリアンナはウォルフを見た。ちょっと不審そうな目だ。それからあたしを見て、ため息。
「個別売りしてほしいわ。でも仕方ない。絶対にこの話、内密にしてよ。特にウォルフガング。あたしだって信用してないからね」
ウォルフは馬鹿にしたように鼻をならしたが、何も言わなかった。
マリアンナはあたしを見た。
「多分、キンバリーはゲインズブールと王宮。ここのところ、よく行ってるみたい。あたしのことで」
「なんで?指導が上手くいってないの」
「ちがう。むしろだいぶ上達している筈よ。ゲインズブールは何も言わないけど、前ほど凶悪な顔をしてないもの」
「…なに、その基準」
マリアンナは肩を竦めた。
「仕方ないじゃない。あいつの顔色しか判断基準がないのよ。癒しなんて、内面系になると何が正解かわからないじゃない。ケガの癒しなら分かりやすいけどさ」
マリアンナてば、結構苦労しているんだな。ゲインズブールよ、褒めて伸ばすということを覚えたほうがいいんじゃない?
「王宮でなにを話し合っているかはわからない。けど、頻繁すぎるのが気にかかっていたの。そうしたら、昨日…」
マリアンナはまたウォルフを見た。よほど気になるらしい。彼女は、ちょっと息をついた。
「その前に。魔法の勉強に古い魔法書を時々使うの。ゲインズブール自体は魔力が弱いでしょ。お手本は見せてもらえないから、魔法書なんだけど、古いものはたいていは読めないの。今の言葉と異なるから。だからそれを翻訳というか、音だけ発音できるようにして、意味は覚えて、やる感じ。ひとつひとつの単語の意味はわからないの。言ってること、わかる?」
あたしはうなずいた。
「だからもしゲインズブールが、魔法の意味について嘘を教えていても、あたしにはわからない」
マリアンナはすごく真剣な顔をしている。
「意味がわからないでやってできるものなの?」とあたし。
「わからない。昨日までそんなこと、考えたこともなかったしね」
彼女は両手の中のマグカップを見て、それに口をつけた。
「何があったんだ?」とウォルフ。
「ウォルフガング。本当に秘密にしてくれないと困るんだけど、わかってる?」とマリアンナ。「あたし、眠れないほど怖いの。あなたが敵か味方かもわからない」
そう言う口調は強いけれど、無理をしているようだ。これは相当だ。もしかしたら…
「マリアンナ。バッド…に関わりそうなの?」
あたしをしっかりと見据えたマリアンナは、うなずいた。
「あたし、昨日、呪いをやらされた気がするの」




