幕間・赤毛の純情
赤毛のウォルフガングの話です。
学校に到着して馬車を降りると、ヴィーとミリアムが立っていた。うちの馬車が見えたから待っていたとヴィーが言う。
ミリアムはオレの顔をちょっと伺うと、居合わせたクラス女子と先に行ってしまった。珍しいこともあるものだ。オレの機嫌が悪くなると見越して、関わり合いたくないか、もしくは逆に気の毒に思ったか。どちらかだろう。
昨日とうって変わって見るからにご機嫌のヴィー。
理由は聞かなくてもわかる。
これがオレとの遠乗りにのお陰なら嬉しい。だが絶対に違う。あの人が改めて誘ったに決まっている。
ヴィーは手にしていた書類封筒を俺に差し出した。
「これ、フェルから」
ため息をつきたくなるのを我慢して、受け取った。
中身は昨日渡した遠乗り候補地だろう。もう帰ってきたか。ちゃんと目を通してくれたのだろうか。昨日話したときは検討すらなしの不許可、という感触ではなかったのだが。
封がしてなかったので、行儀が悪いと思いながらもその場で中身をあらためた。
やはり、そうだ。昨日必死になって作った候補地リスト。
さすがに落胆する。次の手も考えてはいるけれど。
と、よくよく見たら覚えのない二つ折りの紙が入っている。
取り出して開く。豪放な字で『問題なし』とフェルディナンドの署名つきで書いてある。
その短い文を何度も読む。
「なんなの、それ?」
ヴィーが可愛い顔をしてオレを見上げている。
「…いや、遠乗りの候補地のリスト。昨日のうちにフェルディナンドさんに渡したんだが」
「すごいね、ウォルフガングってば本当にやることが早いや」
そうだろ、仕事にかまけて5ヶ月も放っておくヤツとは違うんだ。そう言いたいのをぐっと我慢する。昨日は思わず口にしてしまったが、こんなことを言ってもオレの株が下がるだけだ。
しかもオレはそんな最低なあの人に負けている。
だけれど。もう一度、紙を見る。
『問題なし』というのは、とりあえず現時点では不許可じゃないということで、いいんだよな?
「遠乗りに行っていいって」
「…え?」ヴィーの言葉に耳を疑う。「フェルディナンドさんが?いいって言ったのか?」
うんと頷くヴィーも意外そうな顔をしている。
通りすがりの友人が、遅刻するぞとオレの肩を叩いていく。
いけないと肩をすくめるヴィー。
教室へ向かうことにして、その前にもう一度紙を見て幻ではないことを確認し封筒へ戻した。
「フェルは嫌みたい。すごく心配だって」とヴィー。「でも僕ももう17だから、意見を尊重してくれるそうだよ。ウォルフガングなら、まあまあ許容できる範疇なんだってさ」
ヴィーはオレを見てにっこりと笑った。
「言い方はアレだけど、信頼しているんだよ。父様もフェルが許可したなら構わないって言ってくれた」
あまりの展開に、これは夢の中だろうかと考える。こんなにすんなりと許されるなんて思っていなかった。長いこと、街歩きですら許されるなかったのに。
だが、まだもうひとつ、確認しないといけないことがある。
「ブルトン中隊長は?話したか?」
「うん。気を付けて行ってこいって」
…やはり、夢か?
こんなことがあるか?
あまりに上手く行きすぎている。
「あ、そうだ」
とヴィー。だよな、まだ落とし穴があるんだよな。
「アンディが来週の日曜に遠乗りに連れていってくれるんだ」
ああ、そんなことだと思っていたぞ。
「だからその日以外でお願いします」
ニコニコのヴィーを見る。
何にも分かっていない顔だ。
今、オレはすごくムカついているぞ。
だが、しょうがない。ヴィーにとってオレは友達であの人は兄だ。オレがどんなに面白くない思いでいるかは、わからないだろう。
こんなヴィーに惚れてしまった自分が悪い。困難な道のりなのは覚悟のうえだ。
それにしても。
「中隊長、他に何か言ってなかったか?オレのこと」
うーんと考えるヴィー。
「いつも通りかな。いい友達だなって褒めてたくらい」
「…いつも褒めてくれているのか?」
そうだよと頷くヴィー。
やっぱりオレはあの人がわからない。
いや、『いい友達』とヴィーに刷り込んで、他の可能性に気づかないようにしているのか?
…さすがにそれは、ひねくれすぎか。
あの人はオレを応援するかのような言動はたまにするが、邪魔をするような言動をしたことは一度もない。
仲の良さは散々見せつけられているけれど、これはヴィーも悪い。
まあいいか。
超絶過保護の馬鹿兄たちの気が変わらないうちにさっさと遠乗りに行こう。
「昼休みに場所を検討しないか」と誘えば
「いいねえ」
とヴィーはすんなり承諾の返事をしてくれた。
それだけでオレはとんでもなく嬉しい。
オレもほとほと単純だ。
よし。
今週末には絶対に行ってやる。




