3章・8早朝のシュタイン邸
朝食のために廊下に出ると、アンディがやってくるところだった。
一昨日ぶりだ。真新しい中隊長の制服を着ている。
こちらの棟まで来るのは珍しい。あたしとミリアムの部屋しかない。
「ヴィー、ちょっといいか?」
「うん。なあに?」
用はあたしにあったらしい。やだな。まだあんまり良い感情になれてない。
「一昨日は悪かった。お前の褒美なのに、構ってやらなくて」
「うん。フェルとは親友だもんね。仕方ないよ。一緒に行くの、久しぶりだったんだよね」
「ヴィー」
頭に大きな手が乗って、優しく撫でてくれる。ずるいな。あたしがこれに弱いのを知っててやるんだ。
どうせあたしは子供だ。
つまらないモヤモヤだってバレているに決まってる。
フェルと一緒のアンディはすごく楽しそうだった。対等な立場で二人だけが知っていることを嬉しそうに話していた。
だってあたしの生きてきた年数より長く一緒にいるんだものね。思い出だって沢山あって当たり前だ。
「そう思っているのは本当だよ」
「わかってる」
本当に分かられてしまっていることが、辛い。嫌な能力だな。
あたしの不満なんて全部お見通しなんだ。繕ったてしょうがない。
「でもさ。僕。楽しみにしてたんだよ。アンディの仕事が落ち着くまで、ってずっとガマンしてたんだ」
文化祭に約束をして。更にバレンタインにも約束をして。3月には、の筈が4月になった。でもあたしは文句は言わなかったよ。
「約束したのは僕だよ。僕が先だったのに」
ずっと楽しみにしていたのに、あたしがおまけだった。
仕方ないと頭ではわかっているけれど。
靴の爪先を見る。男の子の靴。ウェルトンのおかげでいつもピカピカ。
「…ひどいよ、アンディ」
本音がこぼれ落ちる。
「すまん」
「…うん。でも、もういいよ。仕方ないよね。アンディは忙しいもん」
忙しい中、目一杯あたしの相談に乗ってくれていることはわかっている。あたしがワガママなんだ。
アンディだってフェルとゆっくりしたい時ぐらいあるだろう。親友はあたしじゃない。フェルだ。
七つも年下のお子様は面倒くさいと思っているかな。
ちゃんとしなきゃ。
「来週の日曜、休みがとれた」
「え?」
アンディの顔を見上げる。いつもの顔だ。
「2月はほぼ休みがなかったからな、その分の振替だ。遠乗りに行こう」
「…いいの?仕事は大丈夫なの?」
「勿論だ」
「僕でいいの?せっかくの休みなのに他にすることはないの?」
アンディは笑った。
「あったら良かったんだがな。残念ながら暇だ。仕方ないからお前のワガママを全部聞いてやるぞ」
!
「うん!」
やった!遠乗りに行けるって。
ワガママを言っていいんだって。
「ありがとう」
もう一度頭を撫でてくれる。
すごく嬉しい。
「…もう少し遠慮するように気をつけるね」
「何のことだ?」
「このところ、ずっと相談に乗ってもらってばかりだったじゃないか。フェルとゆっくり話す時間はなかったよね」
あのことの結論は、一応出た。まだまだアドバイスをもらいたいことは沢山あるけれど、今のままじゃアンディが自分のやりたいことをする時間がない。
「だから少しは自分でなんとかする。甘えてばかりでごめん」
アンディは見開いた目を瞬いた。
「…どうした、悪いものでも食べたか」
「なんでさ」
「ワガママじゃないお前なんて、薄気味が悪い」
「ひどいよ!」
「フェルディナンドとは昼休憩や夜中に話しているから問題ない。遠慮なんてするな。一緒に考えるって約束しただろう?」
「負担じゃない?」
アンディはうなずいた。
「今まで通りで大丈夫?」
「勿論だ。一昨日は本当に悪かった。余計なことで悩ませてすまない」
胸の中のモヤモヤがすっと消え去っていく。
計画では、これからアンディに大迷惑をかけるのに。さすが、あたしたち双子の兄は優しいな。
もう一度ありがとと言うと、アンディはあたしの頭をわしゃわしゃして、朝食に行こうと誘った。
◇◇
あたしは自分の身に呪いをかけられていることを知った。
それをみんなに話すのか話さないのか。話すのなら、どうすればみんなのショックが少ないのか。
アンディと何度も意見を言い合って、長い時間もかけて結論を出した。
その結論のための筋書きはこうだ。
あたしは自分の外見に悩んでいる。あまりに女の子すぎる。
そのせいなのか、男の子であることに違和感を抱くようになった。
そのことを何ヵ月もアンディに相談している。
だけれど解決することができない。
あたしの悩みの深さにアンディは、事件から10年が経過したのを機に独断で真実をあたしに話す。
これはアンディが考えた。
どう考えてもアンディの負担が大きい。きっとみんなに責められる。さすがの父様も怒るかもしれない。
あたしはもちろん、反対した。
だけれど、あたしが誰から真実を聞いたか隠し通すには、『言いたくないから教えない』では無理だと言う。裏で手を回して必ず相手を暴き出すだろう。
それに、そんな衝撃的な事実よりも、アンディがあたしの気持ちを考えて、丁寧に真実を話したという筋書きの方がみんなのショックは少ない筈だという。
フェルと父様はアンディの特殊な魔力を知っていて、それ故に今のあたしの味方をであることもわかっているそうだ。
一時は怒るかもしれないけれど、すぐに理解は得られるだろうと言う。
アンディの言うことに破綻はないように聞こえる。
だけれどあたしはそれが嫌で、別の策はないかを考えては欠点を指摘される、ということを何度も繰り返して、結局この案を受け入れた。
あたし自身が知らなかったあたしの秘密。それはみんなが隠したいと願い、必死に守ってきたものだ。
それを日の元に曝すなら、あたしにも相応の覚悟が必要なんだとアンディは言う。
自分自身の覚悟なら決められるよ。だけど一番厳しい思いをするのはあたしじゃない。
アンディは、大人を頼っていいんだと言う。
だけどあたし、忘れがちだけど精神年齢は同じ年なんだよ。それなのに頼りきりでいい筈がない。
だけど、結局あたしはまた甘えたのだ。
アンディに負担のかかる選択肢を選んだ。
だから。フェルと対等で楽しそうに過ごすアンディを見て、少しは自立をしようと反省したんだ。
なのにまたあたしは甘えている。
ワガママでいいよと言われてほっとしている。
よくないよね、と思いながらも真新しい制服の裾を掴んで、久しぶりに平穏な気持ちでアンディと一緒に食堂へ向かった。




