幕間・王子の願掛け
第二王子アルベールの話です。
ヴィーとウォルフガングが教室を去ったあと、残った僕たちはしばらくお喋りをしていた。けれどせっかく時間が余っているから、僕たちもキンバリー先生の元へ遊びに行くことにした。ところが医務室には不在の札がかかっていた。残念。
仕方ないのでみんな揃って王宮へ行くことにした。ホームルームが早く終わりすぎて、寄り道できるような店もない。ゲインズブールはよくあれで教師をクビにならないものだ。
登下校の際には敢えて侍従をつけないから、馬車の中は秘密の話をするにはうってつけだ。
話題は自然と教室ではしにくかったものになる。
「ヴィーが元気がなかったのは遠乗りのせいなのかしら?」
レティの問いに向かいに座るミリアムが頷いた。
「あんなにしょげているヴィーは久しぶりだ」とジョー。
しっかりレティと手を繋いでいる。
ヴィーは無邪気に振る舞っているように見えるが、しっかり周囲に気を配る。みんなを心配させるような弱った姿なんて、滅多に見せないのだ。余程がっかりしたのに違いない。
「だけれどアンディがヴィーをあんなにしょんぼりさせるなんて。嵐の前触れでなければいいけれど」とレティ。
「色々と心配すぎるな」とジョー。
「フェルはどうしているの?」とレティ。
「兄さまはヴィーが責めないでいるから余計に辛いみたい。一生懸命にご機嫌をとっているわ」
目に浮かぶ、と笑うジョー。
あの馬鹿兄はヴィーのために都中のお菓子を買い漁っていそうだ。
「兄さまも二人で行かせるのが心配だったのよ。このところヴィーが本当にアンディにべったりだから。すぐに二人でいなくなってしまうし」
ため息をつくミリアム。その話は先日も聞いた。ヴィーを溺愛するフェルディナンドは、親友を信頼しているとはいえ、さぞかしやきもきしていることだろう。
昔から本当の兄弟のように仲がよかったとはいえ、ヴィーはもう17だ。入学した頃はまだ、男の子っぽさがうっすらあったのだが、最近はすっかり可愛らしくなっている。何も知らない人間が見たら、制服を着ていても女の子だと思うだろう。
「それでお邪魔虫になったのね」とレティ。
「そうなの」とミリアム。「でもついにアンディが白状したの」
何を?とのジョーの問いに彼女はまたため息をついた。
「ここひと月ほど、ずっとヴィーの相談に乗っていたのですって」
「相談?君にも内緒にしていたのかい?」
僕の言葉に隣に座る彼女が顔を向けてくれる。憂い顔がかわいい。けれど今はヴィーの話だ。
「外見を悩んでいるそうよ」
その言葉に全員が言葉ともため息ともつかないものを吐き出した。
「わたしたちは、気にしないで、そのままで大丈夫と言うだけでしょう。だからずっとアンディに相談をしているらしいわ。彼はうまくかわしているから問題ないと言っていたけれど」
「…そろそろ限界か?」とジョー。
「でも本当のことは明かせないわ」とレティ。
「だがヴィーは男にしては可愛すぎる」
「ミリアムの双子ですものね」
元々は同じ顔をしていたミリアムとヴィー。ヴィーは事件のあと数年間は男っぽく成長してミリアムを嘆かせていたのだが、今はまた顔が似てきている。しかも声変わりもなかったから、声も可愛いままだ。
「フェルディナンドはなんて言ってる?」
「アンディが任せろと言ってくれているから、しばらく様子を見ることにしてるわ。…でも父様が、6月になっても何も発見がないなら、考えを改めなければならないかもしれないって」
「…そうか」
6月で事件から10年だ。一向にヴィーの呪いを解く方法がわからない。強い魔力の持ち主が沢山いるのなら、あれこれ試すこともできるだろうが、少ない上に命と引き換えとなるとそうもいかない。
ミリアムの細い手を握りしめた。彼女が再び僕を見る。紫の瞳が浮かんだ涙で潤んでいる。
「僕は諦めるつもりはない」
何の根拠もない。手はほぼ尽くしてしまった。
けれど僕だけは決して諦めない。僕を助けてくれたヴィーのために。ヴィーのために心を傷め続けているミリアムのために。
「ありがとう」
哀しそうな笑みを浮かべるミリアム。
僕がどれほど可愛らしい君にキスをしたいと思っているか、君は知らないだろう。
他の男にとられやしないかとどんなに怯えているかなんて、考えもしないだろう。
でもこれは僕の願掛けなんだ。ヴィーの呪いが解ける日まで、けっして気持ちは伝えない。
ヴィーが知ったなら、僕のせいでそんなのは嫌だよと怒りそうだけど。願掛けは一番好きなものを断たなければいけないらしいからね。
僕はそっとミリアムの手を離した。
向かいに座るジョーと目が合う。ヤツもレティの手を離した。こいつのものの考え方は理解不能だけれど、こういうところはいいヤツだ。
「アンディに任せて本当に大丈夫なのかしら」
その言葉にみんながレティを見る。
「彼はいつだってヴィーの味方をしてきたのよ。わたくしたちと意見が対立することも多いわ」
確かにとジョーが頷く。
「最近あいつが何を考えているか、全くわからないんだよな」
そうだねと僕も同意する。
「兄さまもエレノアにそう言ってたわ。たまたま聞こえてしまったの」顔を赤らめるミリアム。「でも兄さまはアンディを信頼しているもの」
それは君もだよね、と心の中で思う。ミリアムもアンディを兄のように慕っていることに変わりない。
僕はみんなより少しだけ多く、彼のことを知っている。
ひとつは、他人の感情がわかること。僕が13歳になったときに本人から打ち明けられた。いずれ国王になる僕に隠しておくわけにはいかないから、と。あいつは案外、生真面目だ。
僕たちが彼に不満や不信を感じていれば、言葉にしなくても知られてしまう。彼はそれを読んで、払拭する行動を起こすことも嘘で目眩ましをすることもできるのだ。
それともう一つ。彼は騎士としての技量の高さや恵まれた体躯にばかり目がいってしまうが、実は非常に理論的な頭脳派でもある。
たまにフェルディナンドが筋肉バカと悪態をついているが、あれはあくまでもただの悪態。そんな人間だったら捨て駒にはちょうどいいかもしれないが、騎士団のトップにつくことはできない。
あの厳格な騎士団長は、跡取りに英才教育をしっかりと施しているのだ。
そんな彼に僕たちの裏をかくことなんて容易いことだ。
本当にヴィーのことを任せて大丈夫なのかどうか。彼女を悪いようにしないことは間違いないだろうけれど、それがみんなにとって、よいことかどうかはわからない。
フェルディナンドは親友をよく理解しているはずだから、問題はないと思いたい。
僕はいつものように、顔も知らない早世した兄に祈る。
どうか僕たちがみな幸せになれるよう、力をお貸しくださいと。




