3章・6放課後散策
帰り道。屋台でおやつを買い、広場の隅にある荷車を勝手に拝借して腰かけた。チュロスのような形の焼き菓子だ。揚げてはいないけどシナモンの香りがして美味しそう。
アンディが街路樹に馬を繋いでいるのを見ながら、ふとこれは前世で憧れた放課後デートではないかと思った。
彼氏じゃないけど。あたしの外側は女子ではないけど。シチュエーション的には、そうだよね。
だけど残念なことにトキメキがないや。
あたしは前世でも今世でも放課後デートができないまま終わるのだろうか。二度目の学生生活なのに、ちょっと悲しい。
目の前の広場には沢山の人が行き交う。子供からお年寄りまで。隅に座っているあたしには誰も目もくれずに皆急ぎ足だ。もう夕方も遅い時間だからだろう。
シュシュノン学園ではない他の学校の制服を着た男子の集団が、何やら騒ぎながら通りすぎていく。
あたしが学生の間に女の子に戻ったら、どうなるかな。
やっぱり制服は女子のものを着るのかな。
「…どうかしたか?」
いつの間にかアンディが隣に座っていた。手ぶらだ。屋台に連れて来てくれるけど、滅多に甘いおやつは食べないのだ。あたしのワガママを聞いてくれているだけ。
食べかけのおやつを膝におく。
「学生中に戻った場合のことを考えていた」
それで、と促される。
「スカートでは馬に跨がれないよね?」
ぶっとアンディは吹き出した。
「何かおかしい!?僕は真剣だけど!?」
「お前は平和だな」
口を押さえてくっくっと笑うアンディ。
「僕にとっては大事なことだよ。馬に横座りすればいい?女の子だから馬で帰らないとか、寄り道しないとか言ったら怒るよ」
「その前に女の子でもオレは迎えに行く前提なのか」
笑いすぎて目尻に涙が浮かんでいる。ひどい。
「まさか来ないって言わないよね。ずっと兄でいてくれる約束だよ」
「そうだがフェルディナンドが許すかな。今だって俺は嫌みを言われているんだぞ。甘やかしすぎだ、女の子なのを忘れるなって」
「フェルはいいよ、ほっておいて。僕の大事な楽しみなんだから」
「屋台のおやつくらい買っていくから安心しろ」
「そうじゃないよ」
もうみんなは、どれだけあたしを食いしん坊だと思っているんだろう。
「アンディとブラブラ帰るのが楽しいんだよ。屋敷で屋台のおやつを食べたってつまらない」
アンディは目を見張ってそれから、そうか、と呟いた。
「あいつは頑固だからな。許可をとるのは大変だぞ」
「それなら勝手にする」
「あいつは俺の親友なんだが」
真顔で言われる。
…そうだった。最近のアンディはあたしと一緒にいることも多いけれど、そもそもはフェルの親友だ。フェルが結婚して家族ができてしまったから、あたしといる時間が増えたんだった。
アンディとしては優先するのは、やっぱり親友なのかな。いつも味方はしてくれるけど、フェルに黙って出掛けたことは一度もない。
「その時に考えたらいいだろう」
そうだけどさ。
自分が本当は女の子だと知ってから色々と考えたんだけど、自分がどちらで生きたいかはよくわからない。
かわいいドレスを着て美味しいお菓子を食べながら、女子たちととるに足りない話題で盛り上がりたい。
だけどこの世界の女子、というか貴族の女子たちは行動が制限されすぎている。前世の記憶があるあたしには、息苦しい。
おやつを買った屋台が店じまいを始めている。手際のよさをなんとはなしに見る。前世のあたしはあちら側の人種だった。何年経ってもお金持ちにはなりきれない。
放課後は気軽に屋台で買い食いをしてブラブラしたい。
だけどシュシュノン学園の生徒にそんな女子はいない。馬車で素敵なお店に乗り付けるだけ。つまらない。
きっと女子になったあたしがアンディと二人で馬に乗って帰ったりしたら、世間様にあれこれ言われるのだろう。気にしないでそうするけどさ。
「そんな難しい顔をするな。食べかすがついてる。全くさまになってないぞ」
アンディが笑っている。
「意地悪だなあ」
口の回りをごしごしするが落ちてないと言われる。
「お前、来月には17だぞ?レオノール並みじゃないか」
「レオはまだ一歳!」
「いい勝負じゃないか」
…女の子に戻ってもしこの時間がなくなるのなら、今のままの方が楽しいのじゃないだろうか。
更にごしごしとしていると、アンディの視線がふと動いた。追うとすぐ近くにマッシモがいて、こちらを見ていた。隣に綺麗な女の人がいる。手を振ると振り返してくれたけれど、こちらに来ることはなく去っていった。
「今の人は奥さん?」
アンディはそうだと言う。
「美人だね。見た?腕を組んでラブラブだったよ?」
それに比べてアンディは弟の相手か。
「…デートもしないで僕と遊んでくれてありがとう」
「なんだよ急に」
「可哀想な気がしたんだ」
あたしは楽しいけどさ。
「俺が?」とアンディは不本意そうな顔をする。
「どうして沢山チョコを貰えるのに結婚できないんだろう?周りはみんな結婚しちゃったんでしょう?」
「俺がそんな気分じゃないからいいんだよ」
「もし本当に絶縁されて騎士団を辞めたとしても迎えにきてくれないとイヤだ」
アンディはワガママなヤツだなあと笑う。
「僕は甘やかされて育ったからワガママなんだよ」
あの日以来、ずっと不安がある。
あたしが女の子に戻ったら?
自分が呪われていると知ったと告白したら?
一体どうなるのだろう。
これでアンディまでいなくなったら。あたしは誰を頼ればいいのかわからない。
ミリアムは悲しませたくないし、あたしのことで煩わせたくない。フェルには大事な家族がいる。
大きな手が延びてきて、優しく頭をわしゃわしゃする。
「大丈夫」
と力強い声で不安を和らげてくれる。
あたしの感情を勝手に読み取っているのだとしても。知らないふりをすることだってできる。
だけどアンディは頭を撫でて励ましてきてくれた。
離れていく手を捕まえる。ごつごつした手。小指に新しい指輪がはまっている。
「…うん。かわいい」
あたしがプレゼントをした厄除け兼名札の指輪。ウォルフガングは数日かかると言った名前入れを全て二日で仕上げてくれた。友達特権だって。
ブラン商会に行った後のアンディは忙しくてなかなか会えず、指に嵌めているのは今日初めて見た。
「ちゃんとアンディの厄を払ってくれますように」指輪にお願いをする。「アンディは僕の世話をしないといけないんです」
「なんだよそりゃ」
と苦笑される。
でもあたしだって、ちゃんと知っているのだ。
毎年都に在中する騎士団の何人かは、職務中に亡くなっていることを。戦は絶えて久しいけれど、犯罪者を取り締まる上での危険があるからだ。地方に配属されている騎士団ではもっと死亡率が高い。
だからいまだにブルトン家の伝統が守られているのだ。
「早く食べてしまえ。日が暮れる前に帰るぞ」
「うん」
うちは都の外れにあって、学校からは遠い。その代わりの広大な敷地らしい。ちなみにブルトン家は王宮を挟んだ向こう側の外れにある。戦争時代に王家を守っていた名残で、どちらもかつては外敵を追い返すための砦だったそうだ。
その都の両端という遠い距離を、子供のフェルとアンディは行き来していた。けっこうな時間がかかる。それを疎まなかったのだから、本当に仲良しだったわけだ。
フェルとあたしならフェルを優先するのは、当たり前かな。
「食べ終わった!」
と立ち上がる。
「またついている」と呆れ声のアンディが指で口の横を拭ってくれる。
「女に戻ってやっていけるか?」
と不安そうに言われた。
「仕方ないよ。男子として育ったんだから。気にしない!アンディが注意してくれれば問題ないよ」
「その前にミリアムが泣くぞ」
「そうだね。おかしいな。一卵性の双子なんだよね?女子力は全部ミリアムが持って行ったのかな?」
「だろうなあ」
「僕の分までミリアムが素敵な女の子になってくれてよかった。双子として鼻が高いよ」
アンディはまた吹き出した。おかしなことを言ったつもりはないんだけどな。
笑みを浮かべたアンディは立ち上がると、帰るぞと馬に向かう。
うんと答えて隣を歩きながら、
「そういえば僕はね、ほら見て」
と服の下から鎖に通した指輪を出した。アンディとお揃いのやつだ。
「こっそり首にかけているんだ」
「教師に見つかったら怒られるぞ」
「ミリアムもだよ。今、流行ってるんだって。首からペンダントみたいに下げるのが。ウォルフガングが教えてくれた」
「それはブラン商会が仕掛けてるんだろうが」
「そうなの?でもいいよね、お守りだもん」
「…あいつも苦労してるな」
そう言ってアンディは笑った。
「ほんと、売り上げ目標がキツイみたい。でもちゃんとこなしてるからすごいよね。委員会も予科練生もやってるのにさ」
「…よく頑張っている」
「ね!」
アンディが馬の手綱を解いている間に、たてがみを撫でてあげる。馬はおとなしくされるがままだ。すっかりあたしたちは仲良しなのだ。
「ほら、乗れ」
準備が出来て、鐙に足をかけて馬に跨がる。乗り方を教えてくれたのはアンディで、その時はあたしの知らないところでフェルに怒られたらしい。もう4年くらい前になる。
あの時もあたしが乗りたいとワガママを何ヵ月も言い続けて。でもフェルは絶対にダメだと許してくれないし、ミリアムも危ないと止めるだけだった。
見かねたアンディがこっそり教えてくれたんだった。
あれもあたしの感情を読んでのことだったのかな。
あの時教えてくれたから、なんなく一緒に馬でお出かけができる。
アンディがあたしに甘くてよかった。
後ろに乗ったアンディが手綱をつかむと、あたしはその両腕の中にすっぽりはまる。馬の揺れとすっぽり感が居心地がいい。
屋台のおやつを屋敷で食べたって、ちっとも楽しくないもんね。
読んで下さりありがとうございます。
明日は23時にもアップします。




