3章・5童話的呪い
「呪いっていったらキスだよね」
とキンバリー先生が言った。
あたしは思わず
「へ?」
と間抜けな声を出し、アンディは
「なんだそれは?」
と不思議そうに聞いた。
放課後の医務室にキンバリー先生とあたしとアンディ。今後のあたしについて話し合う会だ。先生に告白をしてから二週間ほどが経っていた。
先生の机のそばでテーブル代わりにのチェストを三人で囲んでいる。もちろんチェストの上にはお菓子とお茶。
あたしが呪われている身と知ったことは、もうしばらく隠しておく。
というかその件についてアンディと意見が合わないのだ。
こんなことは初めてじゃないだろうか。どちらも折れないなんて。
ここまでアンディが頑なということは、逆に考えるとその意見には彼なりの信念があるのだ。
つい先日真実を知ったあたしと、10年もみんなと協力をしてきたアンディなら、彼のほうがよりみんなの気持ちに寄り添えているのではないだろうか。
そう考えると、なかなか結論が出せない。
とりあえずキンバリー先生には、まだ告白をしたくないと伝えるにとどめている。
あたしの真面目な話がひと段落ついたところで、先生が切り出したのが今のセリフだった。
先生は当然でしょといった表情で、
「だって、お姫様、呪いときたらキスじゃないか」
と言う。
白雪姫とか眠りの森の美女ってこと?
「…僕はお姫様ではないけれど」
似たようなものでしょと先生。
「だから、それはなんの話だ?」とアンディ。
「そうなんだよね」と残念そうな声の先生。「実はさ、ヴィーちゃんがあんまりかわいかったから、これはもうアレだなとおもって前にだいぶ探したんだけど、なかったんだよね」
そういえばこの世界で白雪姫とか眠りの森の美女の話を読んだことも聞いたこともない気がする。
「呪いをかけられて長い眠りについているお姫様が、王子さまのキスで目覚めるって話。知らないかな?」
先生はアンディに尋ねたが、聞いたことがないと一蹴される。
だよねえと言いながら、先生は机の引き出しから一冊の本を取り出した。
「唯一みつかったのがこれ」
チェストに置かれたのは『かえるの王様』。かえるが実は呪いをかけられた王様で、お姫様がキスをすると呪いがとけて人に戻るという童話だ。
アンディは知らないようで、手にとってパラパラと見ている。
「みんなに打ち明けるなら、これを試そうって提案するつもりだったんだ」
「試す?」とアンディ。
「そう。王子であるアルベールあたりから順番に試してみたら、誰かヒットするかもしれないじゃない」
ニヤリと悪い笑みを浮かべる先生。
試すって…。キスをか!
「やだよ、そんなの!」
「でもね、何でもチャレンジした方がいいよ。正解がわかってないんだから」
「いやいやいや、絶対に先生が楽しんでいるだけだよね?」
そんなことないよぉとニヤニヤする先生。
「馬鹿馬鹿しい」アンディは本をチェストに戻した。「そんなので解決したらこの十年はなんだったんだ」
「手段に好き嫌いを言っている段階じゃないよ」と先生。
「僕は先生の娯楽じゃないよ!」
「いい案だと思うんだけどな」
と言いながら先生は本をしまった。
「とりあえずほっぺにでもしてもらってみようよ」
先生は諦めないらしい。
…そういえば。文化祭。
…あたし、何も変わってないじゃないか。
「本人が嫌がっているだろ」とアンディ。
「でも気になるし、試してみたいじゃない。…て、ヴィーちゃん?」
「な、何?」
「顔が真っ赤だよ?」
「そ、そうかな?」
再びニヤリとする先生。
「なんだ、もう試したんだ。ほっぺ?」
「試してない!」
そうかなあと言いながら、なぜかお菓子を下げる先生。
「食べたかったら白状なさい」
「僕、そんなに食いしん坊じゃない!」
「ふうん。先生は悲しいな。ヴィーちゃんは何でも打ち明けていてくれると思っていたよ」
「その言い方はずるいよ」
「だってそんな楽し…いや、重要なこと」
「今、『楽しい』って言おうとしたよね!?」
先生は菓子を戻した。
「ま、ふざけるのはおしまいにしてそれは深刻な話?そうでもない話?」
あくまであたしに話させる気らしい。
でも先生はさっきまでとはうって変わって真剣な顔だ。まあ深刻な問題かと心配しているんじゃ仕方ないか。
「…たいしたことじゃない。悪ふざけでちょっとされただけだよ」
「いつ?誰に?」
先生、もう目がキラキラしてる。一瞬前までの真面目な態度はどうした!?正直に答えたあたしの言い損じゃないか。
「知らない!」
「悪ふざけってことは…バレンか」
「なんでわかるの!?」
「だってアルベールやジョーは悪ふざけでそんなことはしない。その辺の男子はヴィーちゃんの怖いお兄さんたちを恐れてる。後はバレンかウォルフガングしかいないじゃない」
まさしく正解だよ、先生。変なところで推理力を発揮しないでほしい。
「…あれ、否定しないってことは、もしかしてウォルフガングもか」と先生。
鋭すぎる…。
ミリアムにだって話してないのに。
「…でも呪いはとけてないでしょ?だから違うんだよ」
「相手が正解じゃなかっただけかもよ」と先生。「それはいつ頃の話?」
「…文化祭。ジュリエットの格好だったから二人ともふざけてたんだよ」
なるほどねえと先生は腕組みをして頷いている。
「あれは可愛かったもんね。悪ガキ達がイタズラ心を起こしちゃったんだ」
「…男の子はよくわからないよ。僕はもう嫌だから、何て言われても試さない」
先生はごめんごめんと言って、
「ほら機嫌を直して」
と菓子を勧めた。
「手洗いに行ってくる」とアンディが部屋を出ていく。
扉が閉まると先生は、
「ごめん、嫌な話だった?」
と優しく尋ねてくれた。頷くと、先生はごめんねともう一度言って立ち上がるとあたしの頭を撫でた。
「男はバカで困るね。あとで二人は後ろから蹴り飛ばしておくよ。前からだとさすがに敵わないからさ」
思わず笑ってしまう。
「教師が生徒を蹴るのはまずいんじゃないの?」
「いいって。かわいいヴィーちゃんにそんな顔をさせたんだから」
「ん?先生が無理矢理話させたから、『そんな顔』をしているのでは?」
「そうだっけ?」
先生は笑ってごまかすと、また引き出しを開けて本を取り出した。
「これはヴィーちゃんにあげるよ」
「なんで?」
「もしかしたらいつか試す口実に必要となる日が来るかもしれないでしょ」
「意味わからない!」
「いいから。先生にはいらないものなのだから、かばんにしまっておきなさい」
あたしにも必要はないけれど。
あまりに押し付けるから、一応もらっておくことにした。
この童話をあたしに置き換えると、あたしがカエルの王様だ。お姫様はカエルが好きではなくて嫌々キスをするんだよね。そうなると、あたしを嫌っている人じゃないと駄目なんじゃないだろうか。
そう言うと先生はすごく残念そうにそうだねと同意して、ため息をついた。
あたしを嫌いな人なんて、ぺルルしか思い浮かばないよ。
絶対に試したくないよね。
この本が陽の目を見る日は来ないに違いない。




