幕間・赤毛のささやかな幸福
赤毛のウォルフガングの話です。
内心でどう思っていようが、店頭に立っているときは感情を表に出さないでいられる。それもこれも父親のスパルタ指導のおかげだ。
だが今ばかりは顔がひきつりそうだ。懸命に通常の顔を保とうとしているが、うまく出来ていない気がする。
ブラン商会のVIP室。オレの前ではヴィーが満面の笑顔で聖ヨゼフ教会ゆかりの銀製品を見ている。その隣りには『兄』であるブルトン小隊長。来月には中隊長になるという噂だ。
こんなところで弟といちゃついていないで、さっさと結婚相手を探しに行けばいいのに。
…といっても、この人は普通に品物を見ている。ヴィーの方が距離が近いのだ。だから余計に腹が立つ。
この人がなくした名前入りの指輪の代わりになる品を、ヴィーが日頃のお礼にプレゼントをするという。
しかもヴィーはそのために自分のいらなくなった装身具をわざわざ売って、代金を用意した。お礼の品物を親の金で買いたくないんだそうだ。そんな理論は生まれて初めて聞いた。
…控えめに言って、すごくムカつく。なんだよ、その特別扱い。
唯一の慰めが、ヴィーがこの人を本当に兄と思っているらしいことだ。そのままずっと弟のつもりでいてほしい。
この人の方は、時々オレを応援しているかのような言動をする。だが何を考えているのかは、よく分からない。
ただオレの苛立ちは分かって気にかけてはいるらしい。
今もオレに話を振って商品の説明をさせては、よく出来た跡取りだなんて褒めたりしている。チョロいヴィーは素直に感心して、ウォルフガングってすごいねなんて言ってくれる。
ヴィーに褒められるのは嬉しい。
だけどこの人の手の上で転がされている感じが、また腹が立つ。
しかも『指輪ではない装身具』と言いながら、結局この人が選んだのは指輪だった。オレのイチオシは騎士たちに人気のあるロザリオだったのだが。
なにぶんなくした指輪の用途は、死体になったときの名札だ。身に付けやすくて邪魔にならなくて落としにくいとなると、やはりロザリオよりは指輪だ。だとしても。それなら最初から指輪を買いに来たと言え。
ちくしょう。ヴィーに指輪を買ってもらえて嬉しいか。
…いや。オレだったら自分が贈りたい。
…でも貰えるのも嬉しい。
くそっ。
名前を彫るために数日預りとなる旨を説明して、人生で一番辛い接客からようやく解放されると思ったら。
「僕も買おうかな。予算が少し余ったんだ」
とヴィーが言い出した。
嫌な予感しかしない。
「欲しいならバレンタインのお返しにプレゼントするぞ」とこの人。
ほらな!やっぱりそう来た。だが。
「二つある品はどれだ?ミリアムと揃いにするだろ?」
と言葉を続けた。
…そうか。ミリアムとお揃いか。それなら、まあ、許せる範疇か?
「アンディと同じ指輪がいい。これ、竜胆がかわいいよ」
一瞬、ヴィーに怒りを感じた。どうしてお前はそうオレの嫌がることばかりするんだ。
確かにこの人が選んだ指輪には、聖ヨゼフの象徴である竜胆が彫られている。ただ女性がつけるにはやや無骨なデザインだ。
「こっちの方が女子に人気がある」
オレはさりげなく別の竜胆柄の指輪を勧める。嘘は言ってない。
「ミリアムにはこっちの方が似合う」
「そうだね」とヴィー。「じゃあミリアムにはこれ。僕はこっち」とこの人と同じものを選ぶ。
「ミリアムと同じでなくていいのか?」
と尋ねるこの人は、一瞬だけオレを見た。
「うん。僕はこっちのデザインの方が好き。でもミリアムはウォルフガングのお勧めの方が好きだよね」
「…まあな」とこの人。
くそっ、失敗した。どうするか。
「僕たちはいつまでもお揃いではダメだよね。いくら双子でもミリアムも僕も別の人間だ」
…あんなにべったり双子だったのに、どうしたんだ。
と、この人は手を伸ばしヴィーの頭を乱暴なようで丁寧な手つきで撫でた。
えへへと嬉しそうな顔をするヴィー。
さすがに、それはないだろ。
そう思った瞬間、はっとした顔でヴィーがオレを見た。
しまった、顔を作っていなかった。
ヴィーはバツが悪そうな表情で目を伏せた。
その様子を見ていたこの人は手を下ろすとしっかりとオレの目を見て、
「ヴィーは赤ん坊の頃からこれが好きなんだ。いつまで経っても小さな弟の気分なんだよな」
と言った。
フォローのつもりか。
だったらヴィーを撫でることをやめたら。それを好きなのはあんたの方だろう。そう口に出かかったが、なんとか飲み込んだ。ヴィーの前で浅ましいことを言いたくない。
そうですか、と言うに留めてヴィーが選んだ二つを手にとりトレイに置く。
「名前を入れますか?」
「頼む」
…おもしろくないが、仕事だ。
「お前は何か持っているのか?」
この人の質問に戸惑う。それを否定と受け取ったのか、
「このシリーズ。厄除け祈祷済みなんだろ?予科練生としては身につけていてもいいんじゃないか?」
と、何を目的にしているのかさっぱりわからない言葉が続いた。
オレはひとつも持っていない。本当なら売り込むときに、自分も身につけていると言えるようにしたほうがいいのだが。
何が正解の答えなのか見当もつかないので、正直に答える。すると。
「あ!」とヴィーが嬉しそうな声を上げた。「じゃあ僕がウォルフガングにもプレゼントをする」
「いいんじゃないか」とこの人。
「ウォルフガングにも世話になっているのだから、礼をしろってジョーに言われたんだ」
「…売上でいいって」
「でも予科練生だって現場に出ることがあるんでしょ?アンディは結構駆り出されていたよね」
俺はな、とこの人は苦笑する。
そうなんだ。
実地訓練として何度か街の見回りに連れていかれるとは聞いているが、俺はまだない。
「いつも僕を守ってくれているのだから、お守りを贈るよ」
何がいいかな、と再び品物を見始めるヴィー。
ちらりとその兄を見ると
「もらってやれ」
と言われた。
…やはりこの人がよくわからない。オレがそっちの立場だったら絶対にやめろと言うのに。
「お勧めはロザリオなんだよね」
とヴィーはそれらを見る。
「そうだが…。オレはこれがいい」
手にしたのはこぶりの竜胆のブローチ。
「これ?」
とヴィーは意外そうな顔をする。
ブローチだが少し裏を直せばペンダントヘッドになるし、うちの抱えている職人には簡単な仕事だ。
オレはヴィーとお揃いがほしい。形は違えどもモチーフは同じだ。
「竜胆は客にアピールするのにも分かりやすくてちょうどいい」
ヴィーは、商売人だねえと笑う。
「それならこれを下さい。名前を入れてね」
「ありがとな」
「こちらこそ、いつもありがとう」
ペコリと頭を下げるヴィーには、なんの他意もなく感謝の気持ちだけだろう。
それでも嬉しい。にやける顔を隠すことなく、ヴィーに向けた。




