幕間・兄の逡巡 2
◇◇
殿下たちと別れると、騎士団本部へ戻る親友について行った。僕はもう仕事はない。一方で、こいつはまだ事務仕事が残っているという。副官は先に帰宅したというので、なんの気兼ねもない。
ヤツの執務室に入り開口一番、僕は言った。
「ヴィーに貰ったカードを見せろ」
親友はちらりと視線を寄越し、
「いやだね」
と答えた。
「なんでだ」
「手紙類は他人に見せるものじゃない。お前がエレノアに送ったこっぱずかし手紙の数々を双子が読んでいたら嫌だろうが」
「僕は何も恥ずかしくないが?」
「…そうだな。お前はそういうヤツだ。だがヴィーは嫌がると思うぞ。変態ってな」
表情が変わらないこいつの顔を観察する。僕も感情がわかればいいのに。ヴィーのために拒んでいるのか、自分が嫌だと思っているのか、判断がつかない。
「自分だけ手がこんだカードがもらえて嬉しいか?」
「お前はエレノアに貰えばいいだろう」
「答えになってないが」
親友は僕を見ると、ため息をついた。
「嬉しいに決まっている。だが、俺だけ渡す時間が遅かったせいだろ?そう怒るな」
怒っていない。心配なだけだ。
昨日もその話をした。秋からこっち三度目だ。ヴィーのあの慕いようは、本当に『兄』へのものなのか、と。
こいつにはその感情がわかるのだから。
だがこいつは、間違いなくそうだと断言する。
こいつがヴィーの感情を読み取り、そこから推察するに、僕にはもうエレノアとレオノールがいるから、遠慮をしている。その分こいつが『兄』をやらされている、ということだが。
他人の感情がわからない僕は、親友の言葉を信じるしかない。
勿論、こいつがそんな嘘をつくとは思えない。
もしヴィーがこいつを兄として慕っているのでないならば、きちんと距離を置いてくれるだろう。
こいつはもう、他の女を選んだのだから。
…一応、キンバリーにも事実かどうか確認をした。確かに求婚を受けて検討中だと言う。そんなに悩むということは、彼女にもこいつと結婚したい気持ちが、多少なりともあるということだ。
「心配するな」
僕のこの不安もお見通しの親友は、宥めるような口調で言った。
「俺はお前や双子を悲しませることはしない」
「…わかっていると思うが、僕は双子もお前も同じように大事だ」
親友は笑った。
「お前は友達が少ないからな」
「少数精鋭なのはお互い様だろう」
僕の言葉にまあなと答えながら、机上に書類を出す親友を見ていて、以前から気にかかっていたことがあったのを思い出した。
「お前、他人の感情がわかる力の感度が上がっていないか?」
アンディは手を止めて僕を見た。
「昔より反応が早い」
「そうか?俺はわからない」
そう答えて書類に視線を落とす。
「距離はどうだ?」
「気にしていなかったからな、どうだか」
「また測るか?」
「面倒くさい」
学生の頃、こいつの特殊な魔力の検分があった。
人間関係をやっかいにする魔力なので、家族と僕以外には知らせていなかった。けれど特殊魔力の持ち主はそれを学園長に届け出る必要があり、場合によっては検分を受けなければならない。
こいつの能力は陛下の目に止まったそうでその対象となり、どの程度の距離、感情の強さが有効なのかなどを細かくチェックしたのだった。
その担当が、教師の中で最年少のキンバリーだった。
当時、学園の中の面倒な仕事はほぼ全て、キンバリーが押し付けられていた。けれど本人の持ち前の性格なのだろう、愚痴を言いつつも、それなりに楽しそうにやっていた。
それが巡り巡って、結婚話にまで至ったのだから。検分さえなければ、と考えてしまう。
親友は、書類に目を通しながら時折何かを書き込んでいる。
こういうところは真面目だ。損な性分だと思う。父親の面目を保つために手を抜かないのだから。
だから就寝中にうなされているのかもしれない。
本人も、こいつの副官も仕事の疲れとストレスに違いないと異口同音だった。
来月からこいつは中隊長になる。異例の早さだ。
それというのも、ペソア側が自国の使節団の迎えにこいつの隊を指名したからだ。
シュシュノン側は中隊を向かわせる予定だった。何しろ司教や大公が来るのだ。大隊だと国王を迎えるレベルになり大袈裟だが、小隊だと貧相すぎる。それなのにペソアは小隊長のこいつがいいと言う。
悩んだ高官たちが出した答えが、こいつを中隊長に昇進させて解決を図ることだった。
おかげでこいつは、位に胡座をかいている年寄り連中にすっかり嫌われてしまった。
そりゃストレスもたまる。
これで実際に任命されたら、意地の悪いお偉方たちによってまた仕事量が増やされるのだろう。
キンバリーとの結婚が決まれば、休みは彼女優先になる。
そうなったらヴィーは淋しがるだろう。きっと笑顔で祝いながら、ひとりでひっそりと落ち込むに違いない。せめて彼女の気が紛れるように、ウォルフガングと出掛けることをもっと許可してやろう。
…嫌だけれど。
ヴィーのためだ、僕も気持ちを入れ換えなければならない。




