幕間・兄の逡巡 1
王宮の大会議室で行われた、時間の無駄でしかない合同会議を終えて、無二の親友と廊下を歩いた。と、階段の上でジョシュアがこちらに向かって手を振っているのを見つけた。来いと呼んでいるようだ。何かおもしろい話でもあるのか、上機嫌に見える。
親友と二人、人波を抜けて階段を上がる。
ジョシュアの手招きで階上まで行くと、アルベール殿下までいた。もう遅い時間だというのに、二人ともまだ制服姿でかばんも持っている。きっと学園の図書室で魔法書を調べていてこんな時間になったのだろう。
挨拶を済ますとジョシュアは
「アンディ、ヴィーに指輪を買ってもらうんだって?」
と今にも笑い声をあげそうな顔で言った。
「指輪じゃない。なくした指輪の代わりになる厄除けの何かだ」と細かく訂正する親友。
指輪は実際にはなくしたわけじゃない。だからそんなプレゼントはするなとヴィーに言ったのだが、僕の言葉なんて聞きやしない。
可愛いヴィーはこの週末、久しぶりに来たこいつにぴったりくっついて過ごしていた。
文字通り、『ぴったり』だ 。こいつの方が僕を気にして距離をとるのに、すぐにヴィーが近寄るのだから腹立たしい。
そんなニセモノの兄ではなくて僕の方へおいでと言ったら、ヴィーとミリアムの二人に変態!と言われてしまった。
おかしいじゃないか、他人のくせに我が家の一員の顔をしているこいつにくっつくのがよくて、実の兄だとダメだなんて。
「ヴィーがアンディと二人で買いに行くなんてご機嫌で言うから、ウォルフガングのヤツは今日一日苛立ってたんだぜ」
「本当に参ったよ」
「なあ」
ジョシュアと殿下は顔を見合わせて頷きあっている。
なるほど。
そういうことがあった訳か。僕が会議に出席するために政務庁を出ようとした時に、ちょうどヤツが会いに来たのだ。エレノア用の菓子とレオノール用の玩具を持って。すぐに下心ありの用件だとわかった。
以前だったらあしらってやっただろう。
「ヴィーに食事に誘うように言ったんだが」と親友。
「それは断っていた」とジョシュア。「代わりにヴィーと二人でカフェだかに行く約束を取り付けてたぜ」
「速攻だったな」
笑いをこぼす殿下。必死のウォルフガングが想像できる。
「もう僕の所へ許可をとりにきた。手土産を持って」
僕の言葉にみな驚く。
「もう?早すぎだろ?フェルたちは会議をしてたんだろう?」とジョシュア。
「始まる前だから、下校してすぐだろうな」
気合い入ってるなーとジョシュアが感心している。
「許可してやっただろうな」
親友の言葉に僕は胸を張って
「するわけがないだろう」
と答える。
こいつの結婚を知った途端にウォルフガングに甘くなるなんてことはしない。
ただ、含みは持たせてやった。可能性がゼロな訳ではないと。
「少しは認めてやれよ」
との親友の言葉に殿下もジョシュアも頷く。
「あいつも苦労してるんだぜ。ヴィーがまったくわかってないから」
当たり前だ。ヴィーは自分を男だと思っていて、ウォルフガングは親友との認識なのだから。
「しかし、どうして急に攻め出したんだ?」
僕は疑問を口にした。
親友が言うには、帰国したときにはすでにウォルフガングはヴィーにベタ惚れだったそうだ。
それでもヴィーはあんな状態だから、これまでヤツは友人としての態度を崩さないで頑張っていたのだ。
「ああ、それはチョコが原因だ」とジョシュア。
「チョコ?バレンタインのか?」
僕の質問にジョーは頷いて、
「ヴィーが手作りのチョコを配っただろ? 」
と言う。僕ももらった。父も。隣りでこいつも頷いている。
「それが委員会のヤツらと寸分違わないチョコだったから、ショックを受けたんだ」
「僕たちも同じだけどね」と殿下。
「…僕はトリュフが三つだったぞ」
ジョシュアと殿下が同じだと言う。
「俺もだ」
と親友が言えば、殿下が
「よかった。これでアンディだけ違うようだったら、ウォルフガングがヒートアップするところだった」
と安堵する。
「でも、ま、あいつのプライドに障ったんだろうな。もしくは危機感か?文化祭以降、ヴィーは陰でこっそりモテてるからなあ」とジョシュア。
「お子様だな」
僕が辛辣に評価を下すと。
「そう言うな。お前だってエレノアがくれたチョコが俺と同じだったときに荒れただろうが」と親友が呆れ顔をする。
「当たり前だ。お前と同じなんておかしい」
「お前も十分ガキだ」と親友。
「お前は本気の恋愛をしたことがないからわからないんだ」
と僕が言えば
「それならウォルフガングを認めてやれよ」
と反撃される。
仕方ないじゃないか。僕はお前がヴィーを貰ってくれると思っていたのだから。
…しまった。
気づかれないように、他の感情で僕を満たさないと。
「アンディは他人のことよりも、いい加減、自分の相手を決めないとまずいんじゃないか」
とジョシュアが会話を繋いでくれて安堵する。
親友は、そのうちになと答えてジョーに、
「アンディの『そのうち』は一生来ないんじゃないのか?」
と突っ込まれている。
それが、近いうちに来るんだよ。驚きだろう?
素直に喜べなかった僕はこいつを怒らせてしまったが、その日のうちに、キンバリーが相手でも決断してくれたことは嬉しいと伝えた。それが嘘だとわかっているのかいないのか、僕にはわからないけれど、一応の和解はした。
「フェルディナンド」殿下に呼びかけられた。「ウォルフガングに許可してやってくれ。ヴィーも行きたそうにしていた」
「あいつは頑張っている」とジョシュア。「たまには褒美をくれてやろうぜ」
「この一年、学園でヴィーを守っていたのはウォルフガングだ」と殿下。
「わかっている」
僕はため息をついた。あいつは自分の父親にも、ヴィーの呪いが解けるのを待つと宣言をしているのだ。本気でヴィーを好きでいてくれる。
「…次に頼みに来たら、許す」
二人はやったと言い合う。
「だいたいヴィーの手作りチョコを貰えただけ、幸せ者だ。あれだけの数を作るのは大変だったらしい」
僕の言葉にジョシュアが計算している。
「知っているだけで12人分だろ…単純に考えても40個近くか!」
「手もこんでいたし、時間がかかったろうな」
アンディの言葉に、驚く。殿下とジョシュアも瞬間的にヤツを見た。
「…手がこんでいそうなチョコだったか?」
と僕の質問に親友は、言い方が悪かった、と言った。
「カードの方。可愛くかか…」
「既存のカードに『いつもありがとう。ヴィー』だけだったけど!?」
僕の剣幕に、こいつはあれ、という表情をして殿下たちを見た。
「…僕たちもだけど」と殿下。
「みんな同じだ」とジョシュア。
「お前のはどんなのだったんだ!」
「いや、別に…絵なんかが可愛く描かれていたくらいだ…」
嘘だ。目が泳いでいるし、口の端が僅かににやけている。こいつ、自分だけ異なるカードを貰って喜んでいるじゃないか。ふざけるな。
「まあ、」と真顔に戻る親友。「俺は貰ったのが遅かったから、暇な時間に書き足したんだろう」
…そういうことにしてあげよう。
「ウォルフガングには内緒に」と殿下。
「本当だよ。きっとチョコの数より気にするぜ」とジョシュア。
「いちいち話すか」とアンディ。
「可哀想なヤツ」とジョシュア。「せっかく星に『勝つ』って願っても全然勝ててない」
「あれってアンディに勝つってことだったのか」と殿下。
「他に何に勝ちたいんだよ、あいつが」とジョシュア。「ヴィーのこと以外は全て勝ち組じゃないか」
「ヴィーが女の子に戻れれば、あいつの良さに気づく」
アンディの言葉に殿下たちは口を閉じた。
「大丈夫、いつまでもこうじゃない」
僕の親友は、どこに根拠があるのかわからない言葉を、自分自身に言い聞かせるかのように噛みしめて言った。




