3章・3エンディングの後
週明けの学校には、まだフェヴリエ・パーティーの熱が残っていた。誰と誰が踊っていたとか、誰のドレスが素敵だったとか、そんな話題で朝からかしましい。
そんな中、ここにいるみんながあたしが女の子だと思っているとことに、不思議な感覚でいた。
みんなはいつもと変わらないのに、急に変な世界に来たかのようだ。
呪いのことを知ってしまったと、打ち明けるかどうかはまだ決まっていない。少しだけ、アンディと相談したけれど、結論は出なかった。
アンディは、せめてあたしの気持ちが落ち着いてからがいいと言っている。
けれどすでに思いの外、落ち着いているのだ。
きっとアンディがずっと寄り添ってくれたからだ。あたしの質問にすべて答えてくれて、この先もずっと兄でいるよと言ってくれたから、安心できた。
アンディには辛い役目をさせてしまって申し訳なかったけれど。やっぱり彼に教えてもらったのは正解だった。
あたしは自分の席につくと、かばんからポーチを出して机の中にしまった。
と、指先が入れた覚えのない紙切れに触れた。
なんだろうと取り出してみると、四ッ折りにした便箋だった。開くとマリアンナからで、放課後に医務室に来て!と書かれている。
彼女のほうを見ると、ばっちり目があった。珍しく本気で不安そうな顔をしている。
正直なところ、関わりあいたくないし、あたし自身そんな状況ではないけれど。でも彼女にはアンディのような人はいないのだ。
あたしは小さくうなずき、それを見た彼女はほっとした表情になった。
なにがそんなに不安なんだろう。ゲームのノーマルエンドって、どんな風だったっけ?何か都合が悪い終わりかたなのだろうか。
「おはよう」
掛けられた挨拶に顔をあげると、ウォルフガングが立っていた。
「朝から何を難しい顔をしている。腹が痛いのか?」
「違うよ!朝っぱらからひどいなあ」
女の子にかける言葉じゃないよね。ちょっとデリカシーが足りないんじゃないかな。
「あ。そうだウォルフガング」
「なんだ?」
「前に厄除けの銀製品の取り扱いを始めたって話していたよね。指輪もある?買いたいんだ」
「もちろんあるが。どうした急に。何か悪いことでもあったか」
…きっとこれも『過保護』なんだ。急にレティとミリアムが寄ってきた。
「アンディにプレゼントをしたいんだ。今度買いに行くね」
「もしかして、なくした指輪の代わり?」
とミリアム。
「うん。僕がプレゼントするって約束したんだ。日頃のお礼だよ」
「日頃の礼なら」とレティに引き寄せられてやって来たジョーが口をはさむ。「ウォルフガングにもしないといけないんじゃないか?散々世話になっているだろう?」
「買い物の売上じゃダメかな?」
「そうじゃなくて」とジョー。「お前だって」とウォルフの肩をたたく。「モノで誠意を示してほしいよな?」
「そうか。何がいい?」
あたしの問いに、ウォルフは深いため息をついた。
「売上でいい。その代わり高いのを売り付けてやるからな」
「わかった。いいのを用意しておいて。次のアンディの休みに一緒に行くよ」
了解、と首肯するウォルフ。
「そのまま一緒にお昼ご飯に行こうって、アンディが言っているのだけど、どうかな?ご馳走してくれるって」
「日頃の礼を買いに行くのに、ご馳走してもらうのか?」とジョー。
「甘々ね」とレティ。
「ヴィーったら週末はべったりだったものね」とミリアム。
「ミリアムだって、長いことアンディが顔を見せなかったから心配していたじゃないか」
「心配はするわ。でもわたしはヴィーみたいにくっつきむしじゃないもの」
「ヴィー」とウォルフ。「ご飯は遠慮する。今月は創業月だから何かと忙しい」
「そうなんだ。残念」
「別の機会に行こう。うちの店の近くに新しいパティスリーが出来た」
「えっ!行きたい!」
「学校帰りに寄れるといいんだが…」
「フェルに頼んでみる!ミリアムとレティも行くよね?」
二人は顔を見合わせた。
「わたくしは街のお店に行くには許可をとるのが大変だもの」とレティ。「きっと、ミリアムと二人なら許可が出やすいから後で二人でいくわ。ね、ミリアム。美味しかったら教えてね」
「残念だなあ。ジョーは?」
「興味ない。二人で行ってこい」
二人かあ。あたしの元が女の子となると、そこそこイケメンでモテるウォルフと二人で出かけるのは、ちょっと怖い。だからペルルもあんなに敵意むき出しだったんだろうし。
まあ、今さらか。
「売上の協力の礼にご馳走するぞ」とウォルフ。
「それじゃ日頃のお礼のお礼になっちゃうよ。大丈夫、気にしないで」とあたし。
なぜかジョーが深いため息をついた。
「ヴィー。お前は黙って奢られておけ」
「友達にご馳走になるのはちょっとなあ」
「いいから」となぜかジョーが強く言う。「こいつはかっこつけたい年頃なんだ!」
なんだよそれ、と言ってウォルフガングは項垂れた。なんだかかわいそうだから、ご馳走になったほうがいいのかな?
◇◇
放課後。
なんとか口実を捻り出して、ウォルフの護衛付きで医務室に向かった。本人は職員室に用があると言い張っていたけど。
すっかりこの状況に慣れてしまっていたけど、全部あたしのためだったんだよね。やっぱり申し訳ない。
どの機会でカムアウトするか、どうすればみんなの動揺が少ないかを考えよう。
ただ、医務室の前の廊下では金曜のことを思い出したせいか、息苦しくなった。ウォルフが隣りにいてくれなければ、危なかったかもしれない。
過保護でいてくれることに、心の底から感謝した。
医務室に入るとキンバリー先生しかいない。しかもベッドで誰か寝ているのか、カーテンが引いてある。
「ヴィーちゃん、一人?」と先生。
「うん。こんにちは」
先生は笑ってこんにちはと返すと、扉に不在の札を掛けてと言う。
あたしは言われた通り、閉めたばかりの扉を開けて札をかけた。
再び中へ入ると先ほど閉まっていたカーテンを半開きにして、ベッドにマリアンナが腰かけていた。
「用心深いね」
思わず苦笑すると、
「当たり前じゃない」と彼女は怒り口調だ。「あたしはゲームに失敗したのよ」
相変わらず、ゲームをしている感覚らしい。たとえこの世界がゲームの世界だったとしても、ここで生きている以上、あたしの人生はゲームじゃない。ゲームじゃないから、プログラム以外の展開になったんだ。
あたしはキンバリー先生の隣におかれた椅子に座った。
扉を開けても、二人で話しているように見えるだろう。
こんな子に気を使う必要はない。…とは思うけれども、やっぱりかわいそうに思う気持ちもある。
ちなみにアンディ情報によると、マリアンナはあたしの呪いのことは知らないようだ。
キンバリー先生が温かいお茶の入ったカップを渡してくれる。その熱を感じたくて、両手で包み込むように持つ。不思議なことにこれだけの温もりで、先ほど廊下で乱れた気持ちが落ち着いた。
「それで何の用事?」
マリアンナは固い表情だ。『負け』たと考えているなら、以前のようにアルと繋いでなどとふざけたことを頼んでくるのではないだろう。
「パーティーでウォルフガングが言ったこと。あれは本当にあなたが言わせたのではないの?」
何を言ったっけ?としばし考えてしまった。そうだ、悪役令嬢が断罪されるときのセリフだ。その後にとんでもないことがあったから、すっかり忘れていた。
「もちろん。僕だって驚いたんだ」
だけど考えてみると、ゲームでは主人公が悪役令嬢にされることを、マリアンナが自ら自作自演でしていた。そのせいで彼女自身が悪役令嬢みたいになっている時もあったわけだ。
「…あれではあたしが断罪されたことになる」
暗い表情のマリアンナ。
「自業自得だよ」とキンバリー先生。
「あなたたち、ゲームは全部したの?」
マリアンナの質問にあたしと先生は顔を見合わせた。
先生は覚えていないと言う。なにしろ20年以上前のことだ。
あたしは確かバッドエンドは嫌いだから後回しにしていたような気がする。どのみちノーマルエンドだってろくに覚えいない。
そう伝えると、マリアンナはそう、とうなずいた。
「ノーマルはまあ、いいのよ。一応、どれも平和だから放っておける。問題はあたしに悪役令嬢のエンドが起こった場合と、」彼女は言葉を切ってため息をついた。「あまり考えたくないけれど、アルベールルートのバッドエンドを迎えた場合よ」
「だってもうエンディングのフェヴリエ・パーティーは終わったじゃないか。今、何も起こってないのだから心配することはないんじゃないの?」
「他人事だからって、呑気なことを言わないでよ!」
あたしを睨むマリアンナ。そんなことを言われてもなあ。
「ここまでゲームと違う展開なんだもん。これから起こるかもしれないじゃない!」
それはそうだけど。
「たとえ君に何が起ころうとも私たちには関係ない」
キンバリー先生は、らしくない素の顔で辛辣に言った。普段笑顔を絶やさない美人の表情のない顔は、ひどく冷淡に見える。
「君がヴィーちゃんやミリアムたちに何をしたのか忘れた訳じゃないでしょ?」
「わかってるわよ!ウォルフガングにもそう言われたし!でも、いいわ、百歩譲って悪役令嬢として修道院行きはいいわよ。逃げ出せばいいんだから!でも、バッドエンドだけは…」
マリアンナの目に涙が浮かんだ。
「…バッドエンドだけはイヤ」
「マリアンナ…」
あたしは先生を見た。
先生は仕方ないなという表情になり、ひとつ息をついて、
「バッドだとどうなるの?」
と尋ねた。
「次期国王への不敬罪で逮捕・幽閉」
マリアンナは恐ろしそうに身を竦めた。そして。
「《癒す者》にはなれない。代わりに《呪う者》として王子のために仕事をするの。おそらく、今年の夏に。あたしの命と引き換えにね」




