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悪役令嬢の双子の兄に転生したので、妹を全力で守って恋を応援します!《旧版》  作者: 桃木壱子


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幕間・兄の落胆 2

 僕の叫びにアンディが慌てて飛び起きた。さすが騎士、どんな時でもいい反応だ。すぐに僕と目が合う。

「…フェルディナンド?」

 不思議そうに呟いてすぐに、そばでもぞもぞしている存在に気づいたようだ。

「うわっ、ヴィーッ!」

 器用に座ったまま後ろに飛び退く。

 どうやらこいつもヴィーがいることを知らなかったようだ。


  眠そうな目を何度も瞬いてヴィーは、

「…あれ…眠っちゃった…」

 と舌足らずな口調で言う。


 …可愛いいけど。

 可愛いけど、そうじゃない!


「ヴィー。客の寝室に入りこむのはマナー違反だ。外に出なさい」

 はあい、と素直に出ていくヴィー。拍子抜けする。客といったってアンディじゃないか、と反論されるかと思った。まだ寝ぼけているのか。


 かと思ったら、ひょっこり顔を出した。

「アンディ。晩餐のあと、いいかな?ちょっと相談したいことがあるんだ」

「駄目」と僕。「ヴィーは反省しなさい」

「なにを?」

 脱力する。異性の寝室に入りこんだことだと説教できれば、どんなに楽か。

「…だから、客の寝室に入らない」

 あ、そっかと呑気に言ってヴィーは

「アンディ、いいかな?」

 と聞く。僕の言葉は無視なのか。まだ寝ぼけて頭が働いてないのか。

「わかったから」

 答えるこいつの顔がさすがにひきつっている。


 ヴィーの気配が消えると、僕が口を開くより先に

「お前、ちゃんと教育しろ。俺に八つ当たりするなよ」

 と先制攻撃をしてきた。

「お前が甘やかしすぎるからだ」

「お前に似たんじゃないか?」

 嫌みに、それはもう昔のことだろと反論しようとしてやめた。


 ヴィーがいくらこいつを慕っているからとはいえ、こんなことをするのは初めてだ。

 髪ををかきな上げがら寝台から降りる親友を見て、ため息をつく。


「お前がちゃんと顔を見せないからいけないんだぞ」

 ヴィーは難しい顔で毎日こいつの勤務表を見ていた。仕事が忙しいのはわかっていたのだろう。文句も言わず、恐らくはこいつが来れそうな日を考え待っていたのだ。

 なんて健気で可愛いんだ。


 親友は何も答えず裸足で卓に歩み寄ると、水差しの水を飲んだ。


 しかし、自分で言っておきながら、酷い言いぐさだなと思う。こいつの仕事が立て込んでいたのは事実だ。僕は昼休憩や勤務後に騎士団本部に顔を出していたけれど、いつも何かの事務仕事に追われいた。

 通常の業務に加えてペソア使節団の警備計画や、旅程の宿や食事の手配までしていたのだ。

 騎士団のお偉方はこいつから上がってきた書類を、いかにも自分たちが作成したかのように会議にかけていた。まったく腹立たしい。


 親友はグラスを置くと、深いため息をついた。

「…俺からも注意しておく。さすがにひどい」

 そうして着替えを始める。まだ疲れた顔をしているのに。

「…起きるのか?」

「目が覚めちまった」


 僕は燭台に明かりを灯すと、椅子に座って待つことにした。

「ヴィーの相談は何だと思う?」

「さあ。だが深刻そうではなかった」

 こんなとき、こいつの特殊な魔力は役に立つ。


「昨日のパーティーはどうだったんだ?」とアンディ。

「双子で最初に二曲踊って、ヴィーはしまい。ミリアムは最後に殿下と一曲踊ったそうだ」

 アンディは動きを止めて僕を見た。

「…殿下にしては思いきったな」

「そうなんだ。殿下はその一曲だけだ 」

 それはそれはと言いながら、着替えを再開する。


「ウォルフガングが本気を出してきたぞ」

 再び動きを止めた親友は僕を見て、一言、へえ、とだけ言ってまた着替えを続ける。

「黒一色の服だったそうだ」

 それはあいつが仕事で気合いを入れる日に着る服だ。唯一の例外がヴィーと出会ったお茶会だった。あの日は半年も前から告知されていたブラン商会の創業記念祭があった。


「ヴィーが踊っていた時以外、片時も離れずに周りを牽制していたらしい。殿下が開口一番、教えてくれた」

 あいつは殿下たちに、ヴィーが好きで誰にも譲るつもりはないと明言している。ヴィーの呪いがいつ解けるかもわからないのに。

 ミリアムはおもしろく思っていないが、殿下たちはウォルフガングの味方だ。僕もヤツの一途さは評価してやってもいい。


「だからあいつが一番ヴィーに相応しいと言ってるんだ。少しは寛容になってやれよ」

「それは僕が決める」

「まったく、これだから馬鹿兄は」

 と親友は呆れたように言う。

「…あいつは自信家なぶん、手が早そうで嫌だ」

「それを馬鹿兄って言うんだ」

 そんなことを言っても嫌なものは嫌だ。むしろなんでこいつが嫌だと思わないか不思議だ。あれほどヴィーを可愛がっているのに。



 目の前でベストのボタンを留める親友を何気なく見ていて、違和感を覚えた。

 なんだろう…?


 …指輪だ。


「お前、指輪をどうした」

 必ず小指に嵌まっていた名札がわりの指輪がない。

「なくした。どうも手袋を外した拍子に落としたらしい」

 ぬけぬけと言って上着をはおる。嘘をついている顔に見えない。こいつはこんなに嘘がうまかったのか。

「簡単に外れる状態じゃなかった」

 何しろ任務中に首を落とされた場合の名札がわりなのだ。ペソア出立前に、容易に抜けないサイズに直している。

「激務で痩せたんだ」

 そんなみえみえの嘘を何故つく。

「父親に取り上げられたのか」

「違うって」

「また僕に隠し事をするのか」

 僕の一言に親友は、一瞥をくれてしばらく考える様子を見せた。それから向かいにどっかりと座った。


「やったんだ」

「やった?あんな大切なものをか?誰に?」

「女」

「女?」

 こいつにそんな相手がいたか?

「…まさかヴィーか?」

「なんでだよ」

 親友は、ふうと息を吐いて、目をそらした。

「女に求婚した。今、返事待ちだ。指輪は誠意として渡した」


 なんだって?

 目の前の親友をまじまじと見る。

 つい少し前まで結婚しないと言っていた。

 交際中の女もいない。

 なんだこの急展開は。

 だいたいなんでそれを僕に隠そうとした。


「相手は誰だ」

「お前はうるさいから言いたくない。承諾の返事がもらえるかも五分五分だしな」

「そんな話を信じられるか」

「好きにしろ。父も知っている」

 親友がまるで見たことのない人間に見える。

 まったく理解ができない。

 どういうことなんだ?

「返事が貰えるまでは口をつぐんでいてくれ」

「…本当なのか?」

「そう言ってる」


 呆然と向かいの顔をみつめる。

 そんなことがあるか?

 もうこいつは結婚しないものだと思っていた。

 求婚?誰にだ。

 帰国してから、まったく女の影なんてなかった。


「…誰か教えてくれ」

「いやだね」

「…ヴィー。…ヴィーが納得できる女か?」

 アンディは無言で頷いた。その瞬間、思い浮かんだ。

「まさかキンバリーか?」

 この一年近く、ヴィーのことで何度か顔を合わせてきた。こいつにしては、別れた元恋人への態度が好意的だなと思っていたのだ。


「…そうだ。ヴィーだって喜んでくれていいだろ」

「だが公爵は認めないだろ?」

 六つも年上で子供も望めない。

「未婚よりマシだ」

「…本気なのか?」

「俺はな。向こうはすぐに返事はできないと言っている。だから黙っていてくれ」

「…」

 親友は返事をしない僕に、ため息をついた。

「結婚しろとうるさかったくせに、ナターシャじゃ喜べないか?だから言いたくなかったんだ」

 呆れ声の親友に本心を悟られないよう、『喜べない』という感情が僕を満たすよう念じる。




 …ここ数ヶ月、こいつが結婚しないと意地を張る理由はヴィーなのだと思っていた。だって他にどんな理由が考えられたというのだ。こいつは、僕にすら心の底にある本当の感情をなかなか見せない面倒なヤツだ。

 ヴィーへの感情が変わってしまったことを打ち明けられず、ウォルフガングのことは言い出した手前、引っ込みがつかなくなっただけのこと。ヴィーが女の子に戻りさえすれば、求婚してくれる。

 そう思っていた。だからこそ父だってこいつの味方をしていたのに。


「…喜べないだろ、そんなもの」

 キンバリーだろうが他の女だろうが。


 目を瞑る。

 そんなことをしたからといって、僕の感情をこいつから隠すことはできないけれど。愕然としている理由が、ヴィーを選んでもらえなかったことだと気づかれたくない。


「…先に下に降りている」

 親友はそう言って僕を残して部屋を出た。

 こんな落胆の態度を見せられたらおもしろくないだろう。

 僕は親友として、喜ぶべきなのだ。

 ヴィーを貰ってくれると勝手に思い込んでいた僕が悪い。

 あいつは一貫してウォルフガング・ブランを推していた。


 偶然街で出会った、友達として付き合いたいとヴィーが言い出したその日。アンディは、ウォルフガングはヴィーに恋したぞと嬉しそうに報告してくれたのだった。




 …気持ちを切り替えて、親友らしく応援してやらないと。

 あいつは特殊な魔力のせいでまともな恋愛ができないと、散々悩んできたのだ。


 だけどヴィーは。あいつとキンバリーの結婚を本当に喜ぶのだろうか。あんなにあいつのことが大好きなのに。





 窓の外、濃くなっていく闇をぼんやりと見ていると。

「フェル?」

 と声をかけられた。振り替えると、寝室の入り口からヴィーが覗いている。

「…アンディとケンカをしたのは僕のせい?」

 心配そうな声音。

「…違うよ」

 立ち上がって寝室を出て、そのまま二人で廊下へ出た。


「どうしたんだ?ヤツはもう下に行ったぞ」

「うん。廊下でフェルを待っていたんだ。そうしたらアンディが一人で来たから」

 ああ、そうか。それでケンカをしたと心配して様子を見に来たのか。

「ヴィーとは関係のない、意見の食い違いだよ。だけど客間に勝手に入っては駄目だ」

「ごめん。アンディを怒らないでね。僕が勝手に入ったんだ」

「あいつには怒らないよ。ヴィーは叱るけどね」

 ヴィーは安心したように微笑んだ。僕が叱ると言っているのに、困ったものだ。

 だけれどすぐに真顔に戻るヴィー。


「部屋にいなかったから、もう寝ちゃったのかなって寝室をのぞいたんだ。そうしたらアンディ、すごくうなされていたんだよ」

「あいつが?」

 ヴィーは頷いた。

「大丈夫かな?何か困っているのかな?きっと僕が聞いても教えてくれない」

 悲しそうなヴィー。その姿に秋頃に、あいつにまくし立てていたことを思い出した。

 普段はあまりしないけれど。そっと愛しい妹の頭を撫でてやった。

 あいつの傍らで眠っていたのは、うなされている様子を心配して、そばで見守っていたからだったのだ。


「…疲れがたまっているのだろう。騎士団のお偉方にこきつかわれているからな」

「そうなの?」

「そう。年寄り連中はあいつが文句を言わないからって、自分たちだけ楽をしているんだ。大丈夫、心配ない。だけど僕も一応、確認しておく」

「ありがとう」

「僕のこともそのくらい心配してほしいものだ」

「フェルは大丈夫だよ。お偉方のワインに泥水をいれて笑っていそうだから」

「ヴィー!僕をなんだと思っているんだい」


 屈託なく笑うヴィーに心が痛む。

 あいつが結婚をしたら、この子はきっと淋しい思いをする。


 お前はそれをどう思うんだ?






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