3章・1本当のこと 3
あたしは沢山の人に守られていた。
ゲインズブールも実はそのひとりらしい。魔法オタクすぎてフェルが警戒しているのは事実。なにしろあたしは、恐らくこの世でただひとりの呪われている人間。ゲインズブールにとってはいいサンプルだ。だけど彼は他人の魔力を計れる。その力を買われて彼が担任になったそうだ。
元々強い魔力を持っていたあたしは、呪われたあとほとんど魔法が使えなくなった。それが呪いで消えてしまったのか、押さえつけられているのかはわからない。今のところの所見では消えた説が有力だけれど、なにしろ前例がないから断言ができないそうだ。
でももしあたしの魔力になんらかの変化があれば、ゲインズブールならいち早く察知できる。
彼とフェルは取引をしているそうだ。ゲインズブールはあたしを実験に使わず動向に気を配る。その代わりにフェルは彼が教授職に就けるよう魔法科に裏から手を回す。ゲインズブールはなにがなんでも教授になりたいらしいから、あれでもあたしの様子を気にかけているみたい。委員としてめちゃくちゃコキ使われているけどね。
そういえば入学前にゲインズブールに会ったとき、彼は紳士的で別人みたいだったけど、あれはなんだったんだろう。
そう言うとアンディは苦笑した。きっと取引したときに、フェルがあたしの前では紳士でいることと条件付けたんだ、と。ゲインズブールは目的のためならいくらでも紳士を装えるんだって。研究の実験対象をかき集めるために。
…やっぱり下衆だ。
それから。
レティが一年早く入学したのもあたしのため。
入学前には、あたしが在学中に女の子に戻ったとき、周りがどう反応するか予測がつけられなかった。今ならみんな変わらず仲良くしてくれると断言できるけれどね。
でもその時は予測できなかったから、あたしとミリアムが孤立しないようレティが一緒に入学することになったんだそうだ。
アルの留学だって、自らペソアの魔法書を調べるためだった。学院以外の時間はほとんど王家の秘密の図書室で過ごしていたという。
そこへ入室する許可が外国人のアルにおりたのも、ひとえにあたしのことがあったから。
「あれ?そうなるとバレンは?バレンも僕が女の子だって知ってる?」
「もちろん」
ペソアの王家や高官にシュシュノンに協力的な人たちがいる一方で、強硬な反対派もいる。
ペソアの王女だったとはいえ、すでにシュシュノンに嫁いだ人間の責任をとる必要はない。そもそもシュシュノン王家が彼女をおかしくしてしまったのだ。それなのに、なぜ国家機密の魔法書を開示しなければならない。
数百年にわたる平和が続いているとはいえ、かつては魔法を使って戦っていたのだ。門外不出の魔法書を他国の人間に見せることは、自国の戦法をさらすことだ。
そんな主張らしいが、尤もなことだと思う。
バレンがアルに不満を持つのは当然だ。
「バレンが最初のころ、僕に意地悪だったのはそのせいかな。おもしろくてからかってたって言われたんだけど…」
「その言葉のままだろ。お前のことを快く思わないで来国はしたけど、予想外ののんき者に毒気を抜かれたんだ」
「のんき者って!ひどい!」
「本当だろうが」
頭をわしゃわしゃしてくれる。
「貴族の子供たちだって、お前は過保護に育てられた引きこもりだと思っていたんだ。呪いのことを知ってからも、人付き合いのできないネガティブなヤツだってイメージだったんだぞ」
うわぁ。それは悲しい。
あ、だからお茶会でも入学式でも、みんな遠巻きにしていたのか。
「でもバレンは反対派だったんだよね?図書室の許可がおもしろくなかったって言ってたもの。アルたちが異様に警戒していたのは反対派だったから?」
「そう。あいつがお前に真実を話してしまうことを恐れていたんだ…」
アンディは言葉切ると迷いを見せた。
「お願い、話して」
大きな手が頭を撫でる。
「お前を襲った強盗。あれはペソアの反対派の仕業だった」
シュシュノン王家への協力を中止したかった反対派の一部が、根本的原因がなくなればよいと考えた。それがあたしが殺されかけた理由だそうだ。
それがはっきりしたのはついこの前の12月のことで、バレンが来た当初は、彼が関係しているのか皆目わからなかった。
だからみんな、フェルや父様にいたるまで神経を尖らせて警戒をしていたらしい。
「…12月?」
アンディは無言でうなずく。
「もしかしてバレンのお兄さん?」
「そうだ」
バレンは、兄は功を焦ったと説明していた。兄があたしのせいで廃位になったと知っていて、変わらず接してくれるんだ。
「調査を手配したのはバレンだ」
「え?」
「お前の件にペソアが絡んでいると知ると、すぐに動いた」
「ヨハン?」
「そう。これは最高機密だ。国内でバレンが関わったことはお前を入れて6人ほどしか知らない。口外するなよ」
6人。あたし。アンディ。フェル。父様に陛下。あとはアルかな。
そうか。
バレンもあたしを助けてくれたんだ。
「兄のしたことは両国間の平和条約に抵触しかねないことだったからな。お前は気にするな。悪いのは向こうだ」
「うん…」
アンディに寄りかかる。
あたしはのほほんと暮らしていたのに、本当は沢山の人に守ってもらっていたんだ。
知らないことばかり。
そうか。女子がすんなり輪に入れてくれたのも、あたしを女の子と認識していたから。ダンスに誘われなかったのも、女の子だから。
ジュリエットに推されたのも、本当は女の子だと知っていたから。
ん?
男子たちは知っててキスコールをしたのか?
バレンとウォルフも知っててあんな悪ふざけをしたわけ?
まあ、いいか。
たくさん助けてもらっていたんだ。
おバカな男子の悪ふざけくらい、水に流してあげよう。
「お前のジュリエット。フェルディナンドは見ている間中ずっと泣いていた」
「え?なんで?僕の演技の素晴らしさに感動したんじゃなかったの?」
「まさか」
ん?まさか?アンディの顔を見上げる。
それは聞き捨てならない。あたしの演技は悪かったのかな?
「いや、演技もよかったぞ」
失言に気づいたのか慌てて繕うアンディ。まあいいや、今はごまかされてあげよう。
「あいつは、本来のお前の姿を見られたって感極まって泣いていたんだ」
「なにそれっ」
恥ずかしすぎる。ほんと、兄バカだ。
「お前が弟だろうが妹だろうが、あいつは本物の兄バカだからな」
思わず吹き出す。兄バカ意見が重なった。
キンバリー先生も、あたしの様子を気に掛けるよう頼まれていたそうだ。とは言っても、あくまで遠くから。こんなに仲良くなるのは予定外だったらしい。なぜならフェルが先生をあまり好きではなかったから。
でもあたしが入学早々かなりお世話になったので、態度が軟化したらしい。
入学早々?
遠足のときじゃなくて?
そう尋ねたら、アンディはしまった口がすべったと苦笑した。
アンディもさすがに疲れているのだろう。ずっとあたしの疑問に答えて喋り通しだ。
それでも話してくれる。
実はマリアンナに苛めの罪を着せられそうになったとき先生は、すぐにフェルとアンディに連絡して、根回しをしていてくれたそうだ。
あたしには親兄弟を頼るなって言ったのに。ちょっと不満だ。
でも先生のことは好きだから、許してあげる。
マリアンナも何か関係あるのかと思ったけど、さすがに何もないらしい。
実は彼女も呪いに関係していてなんてことだったら、どうすればいいかわからないよ。




