2章・最終話 フェヴリエ・パーティー 1
2月28日金曜日。ついに一年生のフェヴリエ・パーティーだ。
ゲーム『シュシュノン学園』のラストシーンでもある。
いつもの味気ない講堂が飾り立てられ、まるで王宮の広間のようだ。
春にムカデ競争をしたのと同じ場所だとは思えない。
三年生は二日前に卒業、二年生は臨時休業で、今日は一年生と教師しかいない。
…筈なのだけど、暇な寮生がこっそり見物にやってきては先生に見つかって叱られる、という光景がそこかしこであった。毎回のお決まりらしい。
なにしろ完全私服だ、みな気合いをいれて装っている。
あたしの可愛く美しいミリアムは、アイスブルーの上にサファイアブルーを重ねてフリルもリボンも最小限に抑え、金糸銀糸の刺繍がふんだんに施された大人っぽいドレスだ。
美しい銀髪をきれいに結い上げてサファイアの髪飾りを刺している。
どこから見ても今日一番の美人だ。ミスコンがあれば絶対に一位。老若男女、見惚れない人間はいない。
今朝だってあまりの美しさにフェルとエレノアが息をのんで固まっていた。
ミリアムに見慣れたアルも、さすがに会った瞬間に目を見開いたもの。
あたしはラベンダー色の上下にミントグリーンのベストを合わせた。どちらもブルーを基調にした刺繍が入っている。この刺繍、ミリアムと同じモチーフだ。
ゆるくお揃いコーデにしてあるのだ。
ミリアムはあたしの瞳の色を着て、あたしはミリアムの瞳の色を着ている。
こんな素敵な双子はいないわ、とエレノアが褒めてくれた。
嬉しいけれど、当たり前!
だってあたしたちは相思相愛双子だから。きっと世界で一番仲がいい。
でもこんなに美しい素敵双子は、最初に二曲踊ったあとはずっと、壁際に並べられた椅子に座って雑談ばかりしている。
ミリアムの向こう側にはアルがいて、あたしのこちら側にはなぜかウォルフがいる。
ウォルフは初めて会った時のように、髪と同じ色のスカーフを除いて上から下まで真っ黒だ。懐かしいねと言ったら、ミリアムに平手打ちされないように気を付けないといけないなとの返事が返ってきて、笑ってしまった。
そしてあたし以外の三人の元には時々勇気を振り絞った勇者がダンスの申し込みに訪れ、もれなく玉砕している。
…別に。拗ねてはいないもん。
あたしにダンスの申し込みをしてくれたのは、ふざけたバレンひとりだ。
そのバレンもウォルフガングに蹴られて、笑いながら去って行った。
友達はたくさん声をかけてくれているし。いいんだけどさ。
やっぱりちょっと悲しい。
これでも普通の男子になれるように頑張ってきたんだよ。筋トレだってなるべく毎日してる。まったく筋肉がつかないけれど。
でもいいんだ。
ミリアムがいるから、あたしは彼女を守る使命があるもんね。
時々ジョーとレティがやってきて、雑談にしばらく加わっては、またフロアに出ていく。
あたしたちの中で一番パーティーを満喫しているのはこの二人で間違いない。踊っているときもそうでないときも、ずっと手を繋いでいる。幸せそうで何よりだ。
一度、キンバリー先生が職務の見回りがてら会いに来てくれた。あたしたち素敵双子をものすごく褒めてくれて、超絶過保護兄たちも鼻高々だねと笑っていた。
ミリアムがあたしに、キンバリー先生と踊ってらっしゃいと言ってくれたのだけど、当の先生に断られてしまった。仕事中だからだって。
そもそも教師をダンスに誘う生徒はいないよ、と言い残して先生は去って行ったけれどあたしは知っている。先生はけっこうな数の男子生徒に申し込まれていたことを。
先生。女子の情報網はスパイ並みだよ。
◇◇
アルもウォルフも本当に誰とも踊らないまま、パーティーの終わり時間が近づいてきた。
マリアンナは見かけていない。諦めたとも思えないけれど、どうしたのだろう。
このまま何事もなく終了するのだろうか。
そんなことを考えていたら、当のマリアンナが現れた。
見覚えのある可愛らしいドレス。ピンクがメイン色でリボンやレースがいっぱい。ふわふわでファンシー。
ゲームで見たときは可愛いと思ったけれど、実際目の当たりにすると…はっきり言って趣味が悪い。16の女子が着るには幼すぎるデザインだ。すっかり悪目立ちしている。
こんなときだけゲーム通りにしてしまうなんて。
いや、地方の庶民出身で、友達もいないマリアンナには、ドレスの仕立ては難しいことだったのかもしれない。
流行やセンスを、学ぶ機会もなければ教えてくれる人もいなかったのだろう。
ゲームでアルベールを攻略できた場合、主人公はアルベールのエスコートでパーティー会場に入る。
二人で楽しく踊っていると悪役令嬢であるミリアムが邪魔をしに来る。ついに我慢の限界に達したアルベールがミリアムを断罪し、主人公を恋人だと宣言。みんなに祝福されて終わる。
けれどもアルはあたしたちと会場に入った。
マリアンナのことなんて微塵も頭にないだろう。
もうマリアンナの望んでいたエンディングでないことは明白だ。それでも彼女は諦めず、ゲームと同じドレスを着てアルの前に立った。
「アルベール殿下。あたしと踊ってください」
固い表情だ。
さすがに逆転一発ホームランが出るとは思っていないだろう。
「フェヴリエ・パーティーは一年間、勉学に励んだ褒美として開催されるんだ」
突然そんなことを言い出したのは、ウォルフガングだった。こちらがうろたえてしまうくらい、険しい表情だ。
「つまり総決算だ。お前はこの一年、何をした?ヴィーに嘘の罪をかぶせ、その友達たちにもあらぬ疑いがかかるように画策したよな?ヴィーを閉じ込めたこともあった。何、しらっとアルにダンスを申し込んでいるんだよ。まずは自分の過ちをしっかり謝れ」
…これって、断罪イベント?
簡素化されているけれど、内容的にはゲームで悪役令嬢が言われることだ。
マリアンナは気づいているのか、単に怒っているのか、真っ赤な顔でふるふると震えている。
「あなたが言わせてるの!?」
マリアンナはあたしを睨んだ。
「違うよ!」
「オレの意見だ!」とウォルフ。「お前、停学処分中のノートの礼だってヴィーに言ってないだろ!」
なんでウォルフが知ってるの?あたしはウォルフには、ちゃんと感謝されていると嘘をついた。真実を話したのはキンバリー先生だけだ。
ということは、先生が伝えたのか。やっぱり先生がラスボスなのか。
「マリアンナ」アルが凍てついた声を出した。「僕もウォルフガングと同意見だ。せっかくの楽しいパーティーを君で台無しにされたくない。去ってくれないか」
…さすがのマリアンナも、泣きそうな顔になった。
幼少の頃からアルと結ばれることを願ってきたのだ。それが恋なのか前世から続く盲執なのかはわからないけど。少なくともアルのためにゲインズブールの地獄の指導はがんばってきた。
マリアンナはきっとアルを睨んだ。
「主人公を選ばないなんてバカよ!」
そう叫ぶと走って去って行った。
アルはなんのことかなとミリアムに尋ね、ミリアムはさあと首を捻っている。
「ごめん、ヴィー。余計なことを言った」
ウォルフの顔から険しさは消え、わずかな後悔が見てとれた。
「あまりの厚顔無恥に腹が立った」
…素直に反省しているウォルフはちょっとかわいい。
「僕はマリアンナはああいう子だと思っているから気にならないけどさ。僕の代わりに怒ってくれてありがとう」
「ヴィー。…ありがとう。アルもミリアムもすまん。楽しい気分に水を差した」
「大丈夫よ。わたしもすっきりしたわ」とミリアム。
対してアルは無言だ。
あれ、怒っているのかなと思ったら。
「…気分直しに一曲踊りたいな」
と言ったのだ。
「そうしなよ!アルってば、ずっと座っているだけじゃないか」
「ああ」頷いたアルは少しだけはにかんだ。「…ミリアム、どうかな。相手を頼みたいのだけど」
やった!
と思わず口に出しそうになって、慌てて声を飲み込む。
余計なことは言わない!
ミリアムが悩んでいたら背中を押す!
果たしてミリアムは戸惑いの表情であたしを見た。
「お願いミリアム。アルと踊ってあげて」
「それじゃあ…」消え入りそうな声のミリアム。
アルは素早くその手をとって、ミリアムをフロアに連れ出した。
周りが驚いて道をあける。
「ニマニマするな」とウォルフ。
「だって嬉しいじゃないか」とあたし。「ウォルフガング、ナイス怒りだったね!」
なんだよナイス怒りって、と呆れた声がする。
レティとジョーが戻ってくる。
「あいつら、踊るんだ」とジョー。
「そ。気分転換」とあたし。「ウォルフガングも誰かと踊ってきなよ。もうパーティーが終わっちゃうよ」
「オレはいい」
「もったいない。山ほどチョコを貰っていたのに」
「チョコとダンスは関係ないよなー」とジョー。「がんばれウォルフガング」
うーん?
「がんばりたい女の子がいるの?」
「いない!」
また険しい表情に戻ったウォルフは。
「ジョー!適当なことを言ってるんじゃない!」
と怒る。
「えー?俺はただ、がんばれって言っただけじゃないか」
とケラケラ笑う。レティが、
「もう、ジョーったら。ごめんなさいねウォルフガング」
とまるで奥さんのような対応をしている。
フロアでは優雅に踊る王子とレディにみんな釘付けだし。
あたしはミリアムとレティが悪役令嬢にならずに今日を終えられて、心の底から安堵した。




