2章・24アルベール
バレンタインデーの放課後。
アルの机にはうず高く積み上げられたチョコの山。中にはマリアンナからのものもある。
次峰はウォルフだ。ミリアムの手下のくせに、生意気な!
ジョーはレティとのラブラブが知れ渡っているのだろう。ミリアムとあたしからしかもらっていない。
あたしは。沢山もらった。友チョコを。嬉しさ半分…、って気分的だ。
おまけで、ゲインズブールが女子にチョコを渡されている場面もみた。魔法にしか興味のない変態オタクは人間の心も持ち合わせていないらしい。凍りつきそうな冷徹な言葉で受け取りを拒否していた。
別にあたしは恋愛至上主義じゃないけれど。けっこうイケメンでモテるのに、あそこまで女子に興味がないのは、それこそトラウマがあるのではないだろうか。
彼女でもさっさと作って、キンバリー先生に迷惑をかけないでほしいよね。
今日のメインはチョコだけでなく、フェヴリエ・パーティーのダンス申し込みもある。
うちのクラスの女子たちは連れだってどこかへ消えてしまった。ミリアムもレティも。たぶん男子のいないところで、申し込みの話で盛り上がるのだろう。
あたしもそっちに行きたいのだけど。今日はアルに直撃をすると決めていた。
女子がいなくなった教室は、男子がひとり帰り二人帰りと、気づけばラッキーなことに、レティとミリアムを待っているアル、ジョー、あたしの三人になっていた。
キンバリー先生から急遽もらった紙袋に頂き物のチョコをいれながら、様子を探る。
アルも同じようにチョコをしまっている最中。ジョーはその前の席に座ってアルを見学している。
フェヴリエ・パーティーで、ジョーはレティとしか踊らないことはわかっている。
一方アルは、誰とも踊るつもりはないそうだ。踊った相手が王妃候補ではと噂されるのが嫌だかららしい。
あたしは手早くチョコをしまうと、手近な椅子を持ってきてアルの隣に座った。
「ヴィーは案外たくさんもらったな」とジョー。
「女子の友達が多くていいね」とアル。
そうなのだ。あたしはクラスの女子たちとけっこう仲がいい。もちろんミリアムがいるからでもあるけれど、中身が元女子高生のせいだろう。
「でもアルが断トツだよね。ダンスもかなり申し込まれていたね」
「全部断った」とアル。
「ある意味ストイックだよな」とジョー。
ある意味もなにも、ストイックだと思う。クリスマス会のバレンなんて、何人と踊ったんだ。同じ王子なのに、大違いだ。
「アルはまだいい人がみつからないの?」
あたしの質問にアルは、そうだね、と答える。
「じゃあミリアムは?」
「え?」
アルとジョーが二人してあたしを見た。ひどく驚いた顔をしている。
「だって見つからないのでしょう?ミリアムもまだ見つかってないみたいだし。ちょうどよくない?」
アルとジョーは顔を見合わせた。
「…どうした、ヴィー」とジョー。「そんなことを言うのは初めてだよな」
そりゃそうだ。
あたしはミリアムを悪役令嬢にしたくなかった。だから彼女にアルを好きになってもらいたくなかった。一方でアルに変な誤解を与えないよう、その辺りの話は一切出さないできたのだ。
でもミリアムはアルが好きだと言う。
それなら。
余計なお節介はしないけれど、せめてアルの考えぐらいは確かめておきたいじゃないか。
フェヴリエ・パーティーまでもう二週間もないのだ。
「僕、ミリアムが心配なんだ。昔に比べたら人見知りはよくなってる。でもクリスマス会の気軽なダンスも出来ないんだよ。周りはどんどん婚約しているのにさ。このままじゃミリアムにお似合いの素敵男子はいなくなっちゃうよ」
素敵男子、とジョーは呟いた。
「そういえばアルが留学する前もそんなことを言っていたな」
「うん。あの時はレティとジョーが婚約したんだよね。もう二年も経った。でもミリアムは相変わらず僕のことばかりだ」
アルとジョーはまた顔を見合わせた。立ったまま作業をしていたアルは紙袋を机からおろして椅子に座った。
「そういうヴィーはどうなんだい?誰か気になる人ができたのかな?」とアル。
「いいや。いないよ。僕のことはいいんだ。結婚しない仲間がいっぱいいるから」
アンディとキンバリー先生だなとジョーが言う。
「でもミリアムは僕と違う。ずっと僕なりにミリアムにお似合いの男子を探していたんだけどさ。結局みつからなかった。だからアルはどうかなって思ったんだ」
「なるほどね。僕はミリアムは素敵な女の子だと思うよ」
アルはキラッキラの王子様スマイルをあたしに向けた。これ、久しぶりだ。
でもあたしも成長した。これはアルが本心を隠すときに見せる笑顔だ。
「でも僕はいずれ国王になる身だからね。妻になる女性は慎重に選ばなければいけない」
アルが隠したい本心はどこにあるのだろう。
「それから一番大切なのはミリアムの気持ちだよね。いくらヴィーが心配しても、決めるのは彼女だ」
正論だ。
あたしの負けかな。
アルの気持ちも考えも、まったく読めない。
「…わかってるよ」
応援はしない、お節介は焼かないと約束しているのだ。今はここで引くべきだ。
「ごめん。僕はお節介すぎるよね。つい心配になっちゃってさ。よくウォルフガングにも怒られたな」
「お前、あいつとミリアムをくっつけようと頑張っていたもんな」
「え、ジョー、知ってたっけ!?」
「宣言してたじゃないか、『ウォルフガングにミリアムの結婚相手になってもらう』って」
そうだっけ?すっかり忘れてた。
「もう、ウォルフガングは諦めたのか」とジョー。
「うん。どっちも全然そんな気がないって」
そりゃなあと言いながら、ジョーはウォルフガングの席を見た。
「聞いたか?」とジョー。「あいつもダンス申し込み、全断りだって」
「えぇっ!?なんで?」
驚くあたしに対してアルはそうなんだと冷静な反応だ。
「アルと同じだろ。変に詮索されたくないんだよ」
「だって別に王子じゃないじゃん!」
そりゃそうだけどと苦笑するジョー。
「ブラン商会は今、一番勢いのある企業だからね」とアル。「慎重にならざるを得ないよ」
「そ。義理はクリスマス会で果たしたからな」
「…そうなの?」
「頑張っていたものな」とアルベールは吐息した。「あの時間内に顧客関係者を全部回すのは大変だっただろう」
「そうなの!?モテモテで鼻の下伸ばしてたんじゃないの!?」
「…それはちょっとばかり可哀想だ」とアル。
ジョーもうなずく。
「あいつにとっては仕事だったぞ」
だってあたしはそんな話は聞いてないよ。
え、なんで?
ウォルフガングと仲がいいと思っていたのはあたしだけ?
かなりショックなんだけど。
「…クリスマス会のダンス、ヴィーは落ち込んでいたからな。話題にしないよう気を使っていたよな」
ジョーの言葉にアルがうなずく。
…今も気を使ってもらってるよね。
「ま、モテモテは事実だな。チョコの数がすごかった」とジョー。
「…ひとりで食べるのかな?」
吹き出すジョー。
「ウォルフガングのチョコを狙うなよ」
なんでわかったんだ。
「姉や妹にやるってさ」
「あ、そっか。残念」
「ヴィーもたくさんもらったのに」とアル。
「アルはどうするの、レティとじゃ食べきれないよね」
「侍従たちと分けるよ」
「ミリアムと僕のは食べてくれるよね」
「もちろん。大切に食べるよ」
さっきの王子様スマイルではなくて、柔らかな笑顔でうなずくアルにほっとする。
「ありがとう」
「…アルはいつか王様になるんだよね」
あたしの質問にアルはひとつ瞬いて、恐らくね、と答えた。
「僕は長男じゃないから、爵位は持てない。だいぶ身分差ができちゃうけど、ずっと友達でいてほしい」
きのうミリアムが言っていた。学園を卒業するころには、現実を見なきゃいけない。バレンも同じようなことを言っていたっけ。
いつまでも今のままじゃいられないんだ。
「ヴィー」
アルは珍しく力強い声を出した。真剣な表情。
「当たり前じゃないか。僕たちはずっと友達だよ」
隣ではジョーも頷いている。
あたしは笑顔で返した。
「うん。ずっと、ね」
もしアルがミリアムではない女の子を好きになったら?
それでミリアムが泣いてしまったら?
あたしはアルと友達でい続けられるのかな。
疎遠になってしまうのではないかな?
でもずっと友達でいたい気持ちは変わらないだろう。
だからこそ。アルとミリアムが結ばれてくれると嬉しいな。




