2章・23ミリアム
医務室でマリアンナと二人きりで話をしてから、彼女の中で何かがふっきれたのか、アルに怒涛のアプローチが始まった。
今まで装っていたさりげなさをかなぐり捨てて、好きですとはっきり口に出してアルの周りをうろうろ、うろうろ。
アル本人もあたしたちもクラスのみんなも戸惑ってはいるけれど、こそこそ裏工作を仕掛けられるよりはマシ。
ジョーとあたしとで盾になって、アルを守っている。
断罪イベントが怖いので、ミリアムと念のためレティには、アルのことは男子組に任せてマリアンナに絶対に関わらないでと頼んである。
そうそう、バレンルートで名前の上がったディアナ。キンバリー先生も記憶にないようで、マリアンナの話が真実かはわからないまま。
でもこっそりティントレットとキースに確認してみたところ、悪役令嬢らしいことは何一つしてないようだった。
よかったよ。
キンバリー先生も、マリアンナとの関係は悪いけれど悪役令嬢につながることは何もしていないと言う。だから安全だろう。
やっぱり一番心配なのは、ミリアム。
彼女はアルが好き。
マリアンナが果敢にアプローチをかけているのを見ていて、心穏やかではいられないみたい。近頃表情は曇りがちだし、元気もない。あたしはものすごく心配だ。
フェヴリエ・パーティーはクリスマス会のように気軽に誰とでも踊る、という雰囲気ではないそうだ。
なにしろ直前にはバレンタインもある。本命に告白してダンスを申し込む、というのがフェヴリエの慣習らしい。
もちろん本命も婚約者もいない生徒(あたしだ!)は、気軽に誰とでも踊っているみたいだけど。
おかげでまたバレンに、ジュリエットの格好で一緒に踊らないかと誘われた。もちろん丁重に、腹パンチを決めてやったけどさ。バレンも意外にムキムキらしく、まったく効いてなかった。悔しい。
とにかく、そんな慣習があるから、学内は誰が誰にダンスを申し込むかの話題でもちきり。
特に王位継承権第一位のアルベールには、みんな興味津々だ。
ちなみに世間様の一番予想は、ミリアムだ!当たり前だよね。ミリアム以外に似合う女子なんていないよ。
◇◇
そうしてバレンタインデー前日。
ミリアムとあたしは二人で、初めてチョコを作った。
一応この世界でも女子が男子にあげるのがメインなんだけど、せっかくなので二人でチョコ作りを楽しんだ。
ミリアムもあたしも、お互いの分のほか、アル、ジョー、レティ、フェル、アンディ、ウォルフ、バレン、キンバリー先生、エレノア、レオノール、それから父様の分を作った。
あたしの場合はそれにプラスして、委員会のみんなとウェルトンの分。ミリアムも自分付きの侍女二人の分を作った。
さてさて。この手作りチョコ、みんな内容は同じだ。
ミリアムは本命の分を作らなかった。
あたしの部屋で彼女と一緒にラッピングをし終えると、ウェルトンがすかさずお茶とお菓子を出して、部屋を出て行った。
ずっとこの機会に切りだそうと考えていて、ウェルトンに二人きりにしてくれるよう、頼んでいたのだ。
ひととおりチョコにまつわる楽しい会話をしたあと。あたしは思いきって言った。
「ミリアム。僕はミリアムとアルはお似合いだと思っている。二人が結婚してくれたらすごく嬉しい。ミリアムはどう思っているの?」
ミリアムは。質問されると気づいていたのか、ちらりとも動揺を見せなかった。
「大事なお友達よ」
あたしはミリアムの目を見る。
どうして隠すのだろう。なんのために?
あたしを信用してない、なんてはずはない。ウォルフみたいにお節介が嫌だから?
ミリアムはあたしの手を握った。
「ヴィー、そんな顔をしないで」
あたしはどんな顔をしているのだろう。そう言うミリアムは今にも泣き出しそうだ。
「ねえ、ミリアム。僕はミリアムが大好き。ミリアムが好きならアルじゃなくたって、ウォルフガングだってバレンだって、ジョーだって応援するよ。それだけは忘れないで」
ミリアムの大きな目に涙が浮かんだ。
見る間に溢れてこぼれ出す。彼女は顔を伏せ、流れる涙をぬぐいもしない。
「どうしたの、ミリアム。僕、君を傷つけるようなことを言ったかな!?」
彼女は首を激しく左右にふると顔をあげて
「わたし、ヴィーが大好き」と絞り出すように言った。「大好きなのよ、ヴィー。あなたをおいて、ひとりで恋愛とか結婚とかは考えられない」
涙は流れ続ける。
「…ミリアム。僕ね、アンディに聞いたんだ。フェルが結婚しちゃって淋しくないかって。そうしたら、淋しいけれど幸せでいてくれたら嬉しいって。僕もそうだよ。ミリアムが誰かと結婚したら淋しい。だってずっと一緒だったもの。でも、ミリアムが幸せでいることが僕の幸せなんだよ」
しゃくりあげるミリアム。
「わたしだって、ヴィーには幸せでいてほしいの」
「僕はいつでも幸せだよ。それに、内緒だよ。大人になったら僕とアンディとキンバリー先生の、結婚できない三人で旅をするんだ。フェルに禁止されてるスキーや海に行くんだよ。すごく楽しみなんだ」
「…なあにそれ」ミリアムは少し笑ったようだ。「本当に?三人で行くの?」
「うーん、まだアンディにキンバリー先生の話はしてないんだ。でもアンディとは行くよ。約束したんだ。だからキンバリー先生も誘ったの。めちゃくちゃ楽しそうでしょ?だから僕のことは心配ないよ。幸せだもの」
「そう。そんな約束があるの」
ミリアムは涙を手の甲でぬぐった。まだしゃくりあげているけれど、落ち着いたようだ。
「素敵。アンディとキンバリー先生がヴィーと一緒にいてくれるなら、いいわね」
「でしょ?」
「ねえ、ヴィー」
「なに?」
「あなたに好きな人ができたら教えてくれる約束をしたわよね」
「もちろん、ミリアムに一番に知らせるよ」
「絶対?」
「絶対!」
ミリアムの目から、また大きな目に涙の粒がポロポロとこぼれる。
「…ヴィー。わたし、アルが好き」
「うん」
あたしはミリアムの手を握り直した。
「応援するよ」
だけど彼女は首を横にふった。
「アルに好きになってもらいたいとは思っていないの」
「なんで!?ミリアムの他にアルに相応しい女の子なんていないよ」
「ありがとう」ミリアムはにっこりと笑った。「でも、本当にそうなの。いつか考えは変わるかもしれないけれど、今は、このままでいいの」
「…わからないよ」
「…そうね。学園を卒業するころには、もっと現実を見ないといけないかもしれない。でも今はまだいいのよ。ヴィーだってまだ旅には出ないでしょう?」
「そうだけど…」
「まだ子供でいたいの。ね?」
そういうことってあるのかな?
あたしはろくに恋をしたことがないから、わからないよ。
でも。ミリアムが本当の気持ちを教えてくれたのだ。
「わかった。ミリアムの気持ちに反することはしない。でもフェヴリエはどうするの?」
「もちろんヴィーと踊るわ。…それともヴィーはもう約束がある?」
「ないよ」
よかったと微笑むミリアムは最高にかわいい。
「もう少し…双子は双子らしく楽しみましょう」
◇◇
その日の夜。
なかなか会えないアンディに手紙を書いて、ウェルトンに部屋に置いてきてもらった。
短く一文。
『ミリアムが打ち明けてくれたんだ。』
それだけ。
そうしたら朝、すでに出勤したアンディから手紙が届いていた。
『よかったな!』
と一言。
と思いきや、署名の下に走り書きが追加されていた。
『お節介焼くなよ』
だって。
信用ないなあ。
あたしはミリアムの気持ちを最大限尊重するのに。
まあ、散々アンディとキンバリー先生の復縁を企んだから、仕方ないか。
…そういえばバレンが文化祭のとき、あたしに協力をしてくれたっけ。
あれはあたし発信じゃないから、セーフかな。
だったらまた…
いや、お節介って怒られるかな。
応援しないって、難しいなあ。




