2章・22 悪役令嬢 2
手当てが終わったマリアンナが医務室を出ていくと、キンバリー先生は椅子に座って大きなため息をついた。
「ひとりにしてごめん。本当に何もなかった?」
「うん。僕が転生者だってバレちゃったけど、それだけ。それより倒れた先生は大丈夫なの?」
「たいしたことないよ。風邪気味で喉が痛くてろくに食事をとってなかったって。屋敷に帰って粥でも食べろって叱っておいた。いいトシしてそんなことも分からないアホウだよ」
「ねえ、先生」
「なに?」
先生は魔法で水をお湯に変えて新しいお茶をいれようとしてくれている。
「マリアンナが教えてくれた。バレンルートとゲインズブールルートの悪役令嬢」
先生の手がピタリと止まる。
「そっか」
それだけ言うと、何事もなかったように再び動き出した。
そしてあたしに新しいお茶を渡してくれると、
「バレちゃったか」
と困ったような顔をして言った。
「…先生、分かってたんだ」
うんとうなずく先生。
「私ね、父親の権力を使って無理やりここに就職したんだよ」
先生は首の後ろを掻いた。
この仕草、見たことある気がする。
「いつも偉そうなことを言ってるのにさ。かっこ悪いでしょ。だからヴィーちゃんに知られたくなかったんだ」
はははと力なく笑う先生。
「先生、あたしに言ったじゃない。『かっこ悪い、上等』って。あの時、めちゃくちゃお説教されたよね」
「…そうだったね」
先生はにっこりと笑ってくれた。
「ヴィーちゃんには敵わないな」
「だって、あた…、僕、先生のこと好きだし、信頼してるよ」
「ありがとね」
早いうちから結婚は無理だろうから仕事に生きようと決意していたキンバリー先生は、手に職をつけるために医師養成学校に入った(これも父親の権力を使ったと恥ずかしそうに教えてくれた)。
けれどそこは完全な男社会。一生ものの資格だけれど、一般社会でも貴族社会でも女性である先生が顧客を獲得するのは相当な困難にみえた。
そこで先生は、前にアンディが話していた通り、顔と信頼を売るためにシュシュノン学園に目をつけた。折よく、新しい勤務医を募集もしていた。
学園の勤務医は、実は医師の資格がなくてもよいそうだ。隣の研究所に医師も薬草の研究家もいるからだ。
だから勤務医は代々、学園を卒業した庶民の女子が、腰掛け程度に勤めていたらしい。
そこに侯爵家のお嬢様が勤務したいと名乗り出ても、誰もいい顔をしなかった。生意気だ、扱いづらい、といった理由で。
そこをキンバリー侯爵が権力で黙らせ、無理やり娘を採用させた。
そういうことらしい。
先生がこの世界がゲーム『シュシュノン学園』の世界だと気づいたのは、勤務二年目に入学してきたゲインズブールを見たときだそう。
あの特異な外見に見覚えがある、と思ったのがきっかけらしい。
それからだいぶ月日が過ぎてから、自分がゲインズブールルートだと悪役令嬢のポジションである救護医におさまっていることに気づいたそうだ。
「気づいたときは、さすがに動揺したよ」とキンバリー先生。「でも私の計画は学園に10年勤めて、貫禄をつけてから開業なんだ。だから仕事は辞めたくなかったし、ゲインズブールに近づかなければ大丈夫だろうと考えた。実際はこの通り、完全に保護者の立場になっちゃったけど」
「なんとかハーバーって人は存在してるの?」
「いるよ。私の二コ下。でも私がいたから勤務医にはなれなかった。代わりにブラン商会に就職してサクッと結婚して、今は二児の母」
そうか。それならそのハーバーさんが関わってくることはなさそうだな。
「ごめんね、隠していて」
「…先生。内緒なんだけどね」
あたしは声を潜めた。
「あた、…僕も絶対に結婚できないんだ。だから大人になったら、結婚できない同士でアンディとあちこち旅をする約束をしているんだよ」
先生は、楽しそうだね、と言う。
「先生も一緒に行こうよ。スキーとか海とかさ」
先生は腕を組んで遠い目をした。
「スキーか。懐かしいなあ。前世ではシーズン中は毎週末行ったよ」
「じゃあ、決まり。その時、先生が独身だったら一緒に行こう」
「…じゃあ頑張って貯金するか」
「やだ、先生。アンディと同じことを言ってるよ」
それは嫌だなあと笑う先生と一緒に笑って。
いつまでもこんな楽しい日が続くといいなと思った。




