2章・22 悪役令嬢 1
あたしは以前に比べてだいぶ慎重になったと思うのだけど。
予期せぬ事態って起こるもんだね。
今、医務室で。
マリアンナと二人っきりという謎な状況にいる。
放課後あたしはキンバリー先生と二人医務室で、秘密の相談していた。
マリアンナの動向に関わらず、フェヴリエ・パーティーでミリアムとレティが断罪される可能性があるかどうかについてだ。
その最中、職員室で年配の先生が倒れたと連絡が来て、キンバリー先生はそちらへ向かった。
あたしは医務室で待つことにしたのだけど、そこにマリアンナが現れたのだった。
また何か企んでいるのかと警戒したけど、向こうもあからさまに驚いていたし、何より手に当てているハンカチが血に滲んでいた。
「キンバリーは?」とマリアンナ。
あたしは正直に説明をした。で、手はどうしたのかと尋ねたら、なんと自分でやったという。
「じ、自分で!?ダメだよ、そんなの」
慌てるあたしにマリアンナはバカじゃないのと言った。
「変な誤解してるよね?」
彼女はため息をつくと、キンバリー先生の椅子に座った。
「ゲインズブールの所のなんだか分からない置物を割っちゃったのよ。それでザックリ切れたの」
「なんだ、自分でやったって、そういう意味か」
あたしはてっきり、実家にも拒まれて落ち込んだマリアンナが発作的に…って考えてしまったよ。
「あなた、本当にイラつく子だわ」とマリアンナ。
というか、マリアンナは癒し魔法が上達しているのだから自分で治せばいいんじゃないのかな。
「でもやっぱり、あなたが前世の記憶持ちでしょ。こんな放課後に二人きりで話しているなんて怪しいもの」
自信満々なマリアンナ。
ずばり、正解なんだけど。どう対応しようか。
「あたし、ずっと救護医はゲームにも登場しないイレギュラー。モブキャラ以下って思っていたけど、案外ラスボスなのかな」
マリアンナは机の上のガラスケースに入っていたガーゼを勝手に取ると、ハンカチを床に捨てて傷口に当てた。かわいそうだけど、あたしはどこに消毒液があるかすらも知らないし、下手に間違えた薬を使うのも怖いので、先生が戻るのを待つことにした。
「どうしてあなたたちは結託したのよ。あたしを陥れるため?それともあの年増、うまく取り入ってあなたと結婚するつもりなのかしら。中身が女だとしても、名門公爵家の息子だものね。子爵家の魔法オタクよりは利用価値がありそう」
ねえ、どうなのよ、と質問してくるマリアンナ。
「なんで先生が僕とゲインズブールを天秤にかけるのさ。何の話だかわからないよ」
あたしのその返答を聞いたマリアンナは、おかしな顔をした。
「…あなた、転生者じゃないの?すっとぼけているの?それとも、キンバリーが救護医なのは偶然と思っているの?…まあ、あたしも最初はただのイレギュラーだと思っていたけどね。でも前世の記憶があるなら、そんなはずはないわよね」
あたしは彼女の言葉を反芻した。
なんだか変だ。キンバリー先生がなんだって?
どういう意味だ?
「イレギュラーって、何?」
マリアンナはますますおかしな顔をした。それから。
「だってゲインズブールルートの悪役は救護医だったでしょ」
…。
「ええーーーっっつ!!」
あたしは叫んで立ち上がった。
「なにそれ、どういうこと!?キンバリー先生が悪役令嬢なの!?」
「やっぱり、あなたが転生者なのね」
とマリアンナ。
しまった。騙されたのか。
あたしはストンと椅子に座った。
ああ、びっくりした。
ひどい嘘をつかれて心臓がまだばくばくいってるよ。
「あなた、覚えてないの?それともゲームを全部やってないの?」とマリアンナ。「ゲインズブールルートの悪役令嬢は救護医のロルカ・ハーバーだよ?」
え。
「誰、それ?」
頭が混乱する。
「知らないわよ。ゲームではそうだった。でも今、この世界の救護医はキンバリーじゃない。そんな女はモブにもいなかったし、イレギュラーだと思っていたのよ。あたし、ゲインズブールなんて目じゃないし、最近まで気にしていなかったんだけど。よくよく考えたら、実際の登場キャラの代わりにいる女に前世の記憶があるって、おかしいわよ。絶対に何かある」
「ちょっと待って。ゲームではゲインズブールルートの悪役令嬢はなんとかハーバーという名前の救護医なんだね」
「そう。ロルカ・ハーバー。多分歳はキンバリーと同じくらい。ゲインズブールに密かに片思いをしている設定だった」
どうだろう。そう言われればそうだった気がする。でもなにしろ六年、いやもうそろそろ七年前の記憶だ。どうにもはっきりしない。
「でも実際の救護医はキンバリー先生で、片思いもしてない」
「それはどうかな。世話はよく焼いてるよ」
「…どうなってるの?」
「あたしが知りたいわよ」
そもそもキンバリー先生は、ゲームの記憶があまりないと言っていた。知らず知らずのうちに救護医におさまってしまったのだろうか。ゲームと違う展開なんてたくさんあるし。
あ。
「ついでにバレンルートだと誰なのかな?」
「それも知らないの?委員のディアナ・マンニーニよ」
「ええっ!」
なぜ?あんなに快活でいい子が?
「バレンの数多いるガールフレンドのひとり、って設定」
まったく記憶にない。
ほんと、ミリアムとレティのことばかり考えていたからなあ。
あたしは二人を守る決意でこの学園に入学したんだ。
「マリアンナ。確かに僕は前世の記憶があるよ。ミリアムとレティが悪役令嬢になるのを阻止しようと思っていた」
「やっぱり」
「ディアナとキンバリー先生も悪役令嬢になる可能性があるなら、僕は全力で阻止する」
「あの女教師は怪しいわよ」
もし先生があたしに隠している何かがあったとしても。それは決してあたしにマイナスになることではない。先生はそんな人じゃないって確信している。
「でも僕は四人とも悪役令嬢にはならない、断罪されないって信じてる」
マリアンナは、ため息をついた。
「少なくともレティシア、ディアナはないでしょ。あたしはジョシュアとバレンは眼中にないから。キンバリーはそもそも、このゲームにどう関わってるのか分からないから何とも言えないけど」
『ゲーム』。マリアンナのその言葉に引っ掛かった。彼女にとって今この生活はゲームなのかな。
あたしはこの世界をゲームの世界かもと考えてはいるけれど、この日々をゲームとは思っていない。
「アルベールのことは諦めていないわよ。だからあなたのかわいいミリアムがどうなるかは分からない」
「何かしかける気?」
「ミリアムに?それはないわよ。そんな時間があったらアルベール攻略に費やす」
なるほど。それは嘘ではないように思える。フェヴリエ・パーティーまでもう二月ないのだ。
むしろ今の時点でアルを諦めないマリアンナはすごい。
「ねえ、アルベールのトラウマって何?」
マリアンナの質問の意味が、すぐにはわからなかった。
すっかり忘れていたのだ。ゲーム設定だと、アルは女性に対して何かのトラウマがあり、恋に後ろ向きなことを。
「…分からない」
「ケチね。教えなさいよ」
「本当に心当たりがないんだ。今の今まですっかり忘れていた」
「そうなの?使えないヤツ」
確かにレティが王宮の意向で婚約をしているのに、アルが婚約をしていないのは不自然な気はする。
だけれどギリギリまで王妃に相応しいひとを探したいという彼の言葉を信じていた。アルは真面目で堅実なタイプだから。
でも実はあたしが知らないだけで、隠されたトラウマがあるのだろうか。
「ごめん、ヴィーちゃん、待たせたね」
と言いながら医務室に戻って来たキンバリー先生。
マリアンナを見ると、素早くあたしに駆け寄った。
「マリアンナ、ここで何をしているの?」
「ケガをしたの」と彼女は手を出した。
「癒せば?」とキンバリー先生。
「出来ないから来てるんでしょ!そのくらい分かるでしょ?嫌みなの?」
「癒せないの?」
と尋ねた。上達しているとキンバリー先生は言ってたけれど。
「傷系はまだあまり習ってないの。病系っていうか、気を浄化するのは上手いのよ」
「へえ。そんなに違いがあるんだ」
「努力クラスのあなたには高度すぎる話だったわね」
マリアンナは急に上から目線になった。
でもその手はキンバリー先生に消毒されている最中。あまりかっこよくはない。
「ヴィーちゃん」と先生。「大丈夫だった?マリアンナになにかされていない?」
はい、と答える。
マリアンナは何か言いたそうな目を向けてきたけど、無視した。
だって、あたしが信頼しているのも大好きなのも、マリアンナじゃない。キンバリー先生だから。
読んで下さりありがとうございます。
舌の根も乾かぬうちに、すみません。
どうにか3月中に終わらせたいので、基本的に毎日2回アップします。
21時、22時です。
どうぞ皆さまは、ゆっくりお読み下さい。




