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悪役令嬢の双子の兄に転生したので、妹を全力で守って恋を応援します!《旧版》  作者: 桃木壱子


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幕間・兄の限界

兄フェルディナンドの話です。

「邪魔する」

 片手をあげて挨拶をする。


 騎士団本部。普通の来客が入るには厳重なチェックがあるけれど、僕はずいぶん昔から顔パスだ。一応、礼儀として守衛やら受付やらの検問には声をかけるけれども。それは僕のためではなく、親友の円滑な人間関係のためだ。


 勝手知ったる建物だ。階段をあがり、ずらりと並ぶ扉の中から、目当ての部屋を探す。ここは何故か部屋の扉にネームプレートをつけない伝統がある。一説には侵入者を惑わせるためらしいが、非効率だ。


 間違いがないよう、しっかり確認をして扉を叩く。通常なら在室している時間だ。

 中から親友の声がして、僕は入室した。


「何しに来た」挨拶もなしに不審顔をする親友。「まだ勤務中だろう」

「僕は効率よく働いているからね。多少の自由はきく」


 小隊長室にある家具はどれも実用一辺倒だ。部屋の主用の大きな執務机と副官用の小ぶりな執務机、書類棚、外套掛け、小さな卓。それと大きな長椅子がひとつ。


 騎士団本部には仮眠室もあるのだが、こいつは個人的な理由で帰りたくないときに、この長椅子で夜を過ごしている。本人からそう聞いたことはないけれど、副官がこっそりと教えてくれたのだ。


 なにしろ副官は僕たちの同級生で、アンディの数少ない友人だからだ。


 今も僕のアイコンタクトを正しく理解して、所用を済ませてくると部屋を出ていってくれた。

 僕は長椅子に座り、親友は自分の机の縁に腰かけた。


「聞いただろ?」

 と問えば、こいつは頷いた。

 昨秋に起きたヴィーの襲撃事件。その黒幕が判明した。

 動機もわかり、一応すべての片はついた。

 真相が表沙汰になることはない。


「腹が立つ。ヴィーを襲っておきながら、のうのうと生きているなんて」

 あの日のことを思い出すと、胸が潰れそうになる。

 連絡を受けて駆けつけた僕が見たのは、泥にまみれて無惨な髪型のまま、泣きじゃくるミリアムと抱き合っているヴィーだった。愛しい妹を懸命に宥めているヴィーは、紙のように白い顔をしながらも、ミリアムを安心させるために気丈に振る舞っていた。


「『のうのうと』ではないだろ。それ相応の罰は受けた」

 優等生の返答をする親友。

 こいつはあの時、ペソアにいた。もしあの双子を見ていたら、相当に怒り狂ったことだろう。きっと血眼になって犯人を追ったに違いない。

 だが、幸か不幸か、あの時こいつはいなかった。


「甘いな。僕は許せない」

「十分な処罰だろ」


 親友の顔を伺う。

 こいつは昔から、怒れば怒るほどそれを表に出さない癖がある。

 長い付き合いなのだ。冷静に聞こえる口調の中に苛立ちが、平静に見える表情の中に怒りが隠れていることくらい、お見通しだ。




 こいつには暗黒時代ある。特殊能力としか言い様のない魔力と、無理解で阿呆な父親とに追い詰められていた時期だ。

 あの頃の僕はまだ子供で、必死にうわべを取り繕っていたこいつの異変に気づいたのは、こいつが臨界点を越える寸前のことだった。

 それからこいつの支えになったのは、僕だ。僕がいなければ、一体どうなっていたことか。恐ろしく、悲しい結末だっただろう。


 支えたのは僕だと自負しているが、癒しになったのは僕の愛しい双子たちだ。その頃双子は生まれて半年ほど。ミルクの匂いがして温かく柔らかくて、指を出せば握りしめてくれて、この世界の何よりも可愛らしかった。


 まだ多くの感情を知らない赤ん坊は、他人の感情を無条件に感じ取ってしまうこいつにとって、安心して接することのできる数少ない人間だっただろう。


 うちに来れば必ず双子に会った。双子が機嫌よく笑っているときも健やかに眠っているときも下の臭いをさせて泣いているときも、いつも穏やかな顔で見守っていた。


 やがて双子が歩くようになり、話すようになっても、こいつは双子が大好きだった。

 特殊能力と父親と、うまく折り合いをつけられるようになってもそれは変わらなかった。


 幼児の双子は、それは天使のように清らかで愛らしかった。お揃いの服を着て可愛らしくとことこと歩き、舌足らずに『にいに』『あーさま』と僕たちを呼ぶ様に、胸がキュンとしたものだ。


 こいつは僕以上に双子をかわいがっていた。会えばぎゅっと抱きしめ頭を撫でて、双子に求められればおんぶもしたし馬にもなった。双子もこいつが大好きで、会えば満面の笑みで駆け寄って、嬉しそうに抱っこをせがんだものだった。


 今じゃそんな双子もすっかり大きく成長してしまったけれど。こいつが双子を好きなことは変わらない。


 周りは僕のことを馬鹿兄と言うが、本当はこいつだって馬鹿兄なのだ。僕はおおっぴらにしているけれど、こいつは格好つけて隠しているだけ。


 だから。今だって常識人みたいに話しているけれど、腸は煮えくりかえっているに違いない。


「僕の前で繕ったって意味がないだろ」

 親友は眉間に皺を寄せた。

 僕も取り繕う気はない。すべての毒を吐く。

「きれいに終わらせやがって。黒幕を引きずり出して来いってんだ。何が政治的配慮だ。何の落ち度もないまだ子供のヴィーを下らない理由で殺そうとして、卑怯にもほどがある。なのにその罪を問われないなんておかしいだろ。世間にヤツの矮小さを公表しろ」


 僕が捲し立てる間に、親友の人相はどんどん悪くなっていった。


 ああ、腹が立つ。吐きそうだ。本当になんで、罰することが出来ないんだ。

 生き残った実行犯は死罪になったそうだが、それだって公にされていない。公的には事故死扱いだそうだ。


「軽蔑されるべき罪を犯したことが闇の中だ。そんなことがあっていいのか」

 悔しい。政治的配慮、わかるさ。先人たちが築いてきた平和を壊すことはできない。だけれどそのために、唾棄すべき犯罪者が罪に問われないなんて、悔しすぎる。


「僕のかわいい双子をあんな目にあわせやがって、どんなにヴィーが怖かったか。あの日のヴィーがどんなに震えていたか。その恐怖を味わせてやりたい」



「…あのクソ王子」

 地を這うような声に親友を見た。片手で顔を覆っているが、凶悪な表情になっているのはわかる。きっと僕も今その顔だ。

「ぶち殺してやりたい」


 それがこいつの本音だ。









 僕が宰相の息子でそれなりの地位に着き、国内なら意見が通りやすかろうと、ペソア王室の決定を覆すような力はない。

 こいつが騎士団長の息子でそれなりの地位に着き、誰にも負けないだけの剣の腕があろうとも、ドードリアへ行ってヤツを引きずってくる権利はない。



 僕たちにできるのは、この小さな部屋から血反吐を吐くように呪詛を吐くことだけだ。

 悔しいけれど。




「…せめて、この件を有効なカードにするしかない」

 僕たちにはそれすらも、提案することしか出来ない。父はきっとそうしてくれると信じているが。


 親友は何も言わず、ただ、ひどい形相のまま床を睨み付けている。


「…ウォルフガングには伝えるのか?」

「え?」

 思わぬ名前に、聞き返した。

 親友は視線を変えないまま、

「ウォルフガングだ。あいつは現場にいて、ある程度知っているのだろう。今回のことだって耳に入るはずだ」

「そうか…。僕としたことが、すっかり失念していた」

「おじさんは何も言ってなかったのか?」

「ああ」

 父も冷静に見えたけれども、やはり納得はしていないのかもしれない。


「推察してもらう、それだけでいいんじゃないか」

 頭のいいヤツだ。わざわざこちらから言わないでも理解するだろう。

「…気に食わない結末とはいえ、一応、決着はついたんだ。改めて報告と礼ぐらいしてやれ」


 改めて親友を見る。相変わらず床を睨んだままだ。

 時々ずるいと思う。こちらの感情はこいつにだだ漏れなのに、こいつの感情は僕にはわからない。


「お前は本当にあいつを買っているな」

「…俺が知る限り、あの世代の中では随一だ」

「まあ、悪くはないけどね」

 あれはいずれ、どの道に進んでも役に立つ男になるだろう。

 筋を通しておいて損はない、な。


「わかった、話そう。お前は同席するか?」

「いや、」親友は苦笑して顔をあげた。「最近、あいつは反抗期らしい。感情が刺々しいんだよ」

 なるほど。

「恐らくシュタイン家に入り浸ってないでさっさと結婚しろって思っているな」


 お前、と呼びかけたものの…呆れてしまう。こいつは馬鹿なのか?本気で馬鹿なのか?

「…全騎士団員がそう思っているよ」

「ああ、そうか」

 周囲がどれほど心配しているか理解していないのか、こいつは。

 ひとの感情がわかるくせに。

 それとも都合が悪いことはシャットアウトできるようにでもなったのか。


「わかってる」と親友。「呆れるな」

「わかってるなら、少しは安心させてやれよ」

「…騎士団をクビにされたら、まずはドードリアに行くかな」

「…僕も行こう」

「お前はエレノアを心配させたらダメだろうが」

「ただの旅行だよ」

「それならいいか」


 扉がノックされる音がして、副官が顔を出した。

「アンディ、鍛練はどうする。来客中と言うか」

「どれだ?」と僕は尋ねる。「少年団?予科練?」

「いや、団員」

 答えた親友はにやりと笑った。騎士団員同士の鍛練の時間らしい。

「それは丁度いい」僕は副官を見る。「こいつ、今日は止まらないぞ。覚悟をしておけ」

「お前も暇なら混じっていけ」と親友。

「僕は暇じゃない。でも、そうだな。仕事なんてやっていられるか」


 よし、と僕らは立ち上がる。

 何一つ納得できない怒りを沈めるために。


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