2章・20 過ぎ去る二学期
ゲインズブールは丸一週間、学校を休んだ。
その間、平日の放課後、週末とキンバリー先生がマリアンナの指導をしたのだが、特に問題は起きなかったそうだ。
さすがのマリアンナも、かなり自分の立場が危ういことを認識したようだ。アルに認めてもらうには癒し魔法の上達しか手立てがなさそうなことも。
キンバリー先生のことは、やはりモブキャラ以下と見下しているらしい。だけど魔力が強く難しい魔法が使えることには、一目置くようになって、指導に関しては素直に耳を貸すようになったそうだ。本気で焦っているらしい。
彼女の当面の目標は、汚名をそそいでアルからの評価をあげること。
クリスマス会で一曲でいいから、一緒に踊ること。
そのために知恵を貸してほしいとキンバリー先生は頼まれたそうだが、はっきりと断ったと言っていた。
「どこまで頭の中がお花畑なんだろう。モブキャラ以下は主役には絶対に協力しないといけないって言うんだよ。誰がするか!」
そう言って先生は、憤慨していた。
ちなみにゲインズブールを運んだお礼として、キンバリー先生には医務室のティーパーティーに呼ばれた。
あたし、ウォルフ、ジョー。それからミリアム、レティ、アルにバレン。
結局、いつものメンバーじゃないかというジョーの突っ込みを受けながら先生は、だって女子も呼ばないと先生が陰口叩かれちゃうよと笑っていた。
そこでミリアムとあたしが女子会の招待状を渡したら、先生は目を丸くして、女子って年齢じゃないんだけどと呟いた。でもすごく嬉しそうな顔だった。よかった。
◇◇
キンバリー先生と友達を屋敷に呼んでお茶会をしたり(泊まりには来てもらえなかった!)。
時々アンディと街歩きに出たり。
ウォルフやバレンたちと委員会で忙しくしたり。
レオノールとハイハイ競争をしたり。
ミリアム、アル、レティ、ジョーと遊んだり。
あたしが悪役令嬢に呼び出されることもなく、マリアンナが何か仕掛けてくることもなく、穏やかな日々は瞬く間に過ぎていった。
そんな平穏な日常に、とんでもない凶報が飛び込んできたのは、クリスマス会の三日前の夜のことだった。
ペソアの第四王子、つまりバレンのすぐ上のお兄さんが、廃位されて国外追放になったのだ。
あたしとミリアムはその報せを屋敷で父様から聞いて、すぐに王宮に向かった。バレンは何の関係もないし、普通に過ごしているとフェルは宥めてくれたけど、とてもじっとしていられなかった。
王宮のバレンの私室にはアル、レティ、ジョーが集まっていた。バレンはあたしたち双子を見ると、なんだお前たちもかといつも通りの顔で言った。
「心配をかけて悪いな。だが俺には関係ないから大丈夫だ」
関係ないって言っても、実のお兄さんだ。心配ではないのだろうか。それに留学は?このままシュシュノンにいられるのだろうか。
何から質問していいかわからず、うろたえてバレンの顔とみんなの顔を見ることしかできない。
それはミリアムもジョーもレティも同じだった。
バレンは困ったように吐息した。
「兄は功を焦って判断ミスをした。彼のしたことはペソア王家にとってマイナスでしかない。今回のことは順当な処罰だ」
そう話すバレンは、いつもの俺様の顔ではなく、王子の顔をしていた。少なくとも、表向きはお兄さんの件を納得しているらしい。
「俺は変わらず留学を続けていいと、ペソアからもシュシュノンの国王陛下からも許可を得ている。心配するな」
それを聞いて、ようやく安堵できた。
志半ばで帰国なんて、悲しすぎる。
「兄君はどうするんだ?」とジョー。「お前を頼ってここに来るのか?」
いや、とバレン言葉を切って、傍らの侍従を見る。その侍従が
「シュシュノンへの入国は禁じています。留学中であるバレン殿下のお立場を悪くするようなことを防ぐためです。もしこちらに入国すれば、逮捕していただく手筈になっております」
と答えた。
「となると兄君はドードリア共和国に行くしかないわけか」とジョー。
あたしたちにとって、ドードリアは遠い国だ。文字通り距離も遠いし、政治体制の違いからなんとなく謎の国というイメージだ。もちろん政治や商売レベルの交流はあるけど。
兄君は無一文で放り出されたわけではなく、所有していた財産の半分と2人の使用人と共に旅立ったそうだ。
ペソアはドードリアとそれなりに交流があるし、兄君の知人もいるから心配することはない、と侍従が説明した。
…。
ていうか。
誰だ、この侍従は?
「えーと、彼は?オットーはどうしたの?」
とバレンに尋ねた。バレンの傍らにいる侍従はだいたいいつもオットーなのだが、さっきから説明してくれているこの侍従は、見たことがない。
みんなも気になっていたのか、一様にその侍従を見た。
バレンはそうだった、と頷いた。
「紹介をしていなかったな。俺の従兄弟で第一侍従のヨハン・ムジークだ」
ヨハンは頭を下げた。
「こいつ、ホームシックから鬱になりかけてな。夏前に一時帰国させていたんだ。状態がよくなって、ようやく戻ってきた。オットーは第二侍従だ。半年近くもヨハンの代わりを勤めさせていたからな。褒美で四週間の休暇をやった」
夏前というと、アルとバレンが和解する前なのかな。だからあたしたちは彼を知らないんだ。
ヨハンは、バレンと同じように快活そうに見えるけれど。それでも精神が参ってしまうほど、他国で暮らすって大変なんだ。
アルもアンディもがんばったんだな。
それにしても、バレン。四週間も休暇を出すなんて。あたし、ウェルトンにそんなに休みを出したことないや。いつもそばで頑張ってくれているのに。反省。
「バレンって気前がいいのね」
レティも同じことを思ったのか、感心の眼差しだ。
すかさずジョーが、レティの手を握る。顔を赤らめたレティは、ジョーにもちろんあなたもよと告げる。
すっかりラブラブだ。
「いちゃつくのは自分の部屋でやれ」とバレン。「お子様には目の毒だろ」
…。
ジョーがなぜかあたしを見た。
…あたしか!!
「お子様って僕のこと!?」
あたしが飛び上がらん勢いで訊くとバレンは澄ました顔で、他に誰がいると言う。
「気にしないのよ、ヴィー」というミリアム。
ミリアムだって恋愛のれの字も垣間見せないけど。
けど、ばいんとした胸と抜群のスタイルは、とてもではないがお子様ではない。
それに比べてあたしは、どうだ。入学からまったく体型が変わっていない。筋トレもかかさずしているのに。
「そういえばお子様はその後、女子からダンスの申し込みをされたのか?」
…バレンめ!
言ってはいけないことを!
「いいのよ、バレン。ヴィーはわたしの相手をしないといけないのだから」
ミリアムが助け船を出してくれる。
「お前はアルベールとずっと踊っていろ」とバレン。「会の間中、双子でくっついて過ごすなんてむなしすぎるだろうが。ヴィーには俺が適当に女子を紹介してやろう」
ニタニタ笑うバレン。
女子と踊りたいわけじゃないけど、ミリアムにはアルとラブラブしてほしい。
「必要ないわ」ピシャリとミリアム。「むなしくないもの」
「ヴィー。むなしくなったらいつでも言えよ」
これは、バレンなりに気をきかせているのだな。
「考えておくよ」
そうしろと上から目線で言うバレンはいつもと変わりない。
お兄さんとの仲がどうだったのかは、わからないけど。普段通りのバレンにミリアムもあたしも、多分みんなもほっとして。
なんとなくみんなが順々にバレンの肩を抱いておやすみの挨拶をして、彼の私室をあとにした。
◇◇
バレンの兄君の件は学校中で話題になったけれど、それも短い間だった。
すぐにクリスマス会になり、よその国の話はすぐに忘れられた。
クリスマス会。あたしは色々と構えていたのだけど、拍子抜けするほど何も起こらなかった。
会までに起こると思われた、文化祭のご褒美によるキスからの、悪役令嬢に詰られる展開も起こらなかった。
なぜだ。そりゃ平和なほうがいいけどさ。
当日も委員として裏方仕事は忙しかったけど、それだけ。
有志による降誕劇と聖歌の披露なんてなんの滞りもなく、あたしは委員の腕章をつけて走り回っているうちに終わってしまった。
舞踏の時間は、ほとんどをミリアムとアルと、壁の花として過ごした。
二人の前には時々ダンスの申し込みに来る強者が現れたけれど、みな一律にお帰りいただいた。
マリアンナもアルの元へ来た。なんの捻りもなく、正攻法でダンスを申し込んだ。もちろん彼女も他のみなさん同様、断ったけど、あたしは彼女をちょっとだけ見直したよ。
で、あたしは。気の毒に見えたのかな。クララが気軽な感じで、一曲踊りましょうよと声をかけてくれた。
ありがとう、クララ!
君は天使だ!
クララに誘われたあたしは、チラチラとわざとらしくミリアムを見た。
「わたしに気にせずに、行ってらっしやいな」と言ったミリアム。
「でもなあ。僕が踊っている間、ミリアムのところへ嫌なヤツが来ないか心配だもの。ミリアム、アルと踊っていてくれないかな。そしたら僕も心おきなく踊れるよ」
ミリアムは小首をかしげてアルを見た。
その仕草がすごくかわいかった!
ほら、アル、ダンスを申し込むんだ、頼む、申し込め、ミリアムはすごくかわいいぞ!こんなミリアムを無視できるのか?さあ、ダンスを申し込め!申し込まないと呪ってやる!
そんなあたしの念が通じたのだろう、アルは
「ミリアムがフロアに出ていたら、ヴィーは安心できるんだね」
と聞いてくれた。うんと答えたら、ミリアムとアルは、それならそうしようかとうなずきあった。
やったあ、と心の中だけでガッツポーズをして、救いの女神のクララに感謝をしながらあたしは楽しい気分で一曲踊った。
ミリアムもアルも楽しく踊っているように見えた。
ちなみに。レティとジョーはあたしたちと話しているか、ずっと二人で踊っているかだった。
そして、モテないヴィーの敵、バレンとウォルフは次々と相手を変えて踊り続けていた。
もちろん、あたしは心の中で叫んでやった。
イケメン滅びろ!
そうして楽しいだけの平和なクリスマス会が終わり、シュシュノン学園の二学期もまた終わりとなった。
☆おまけ・赤毛のクリスマス会前日譚☆
明日はクリスマス会。講堂はすっかり様変わりしている。委員の仕事があるからとゲインズブールに言われて来たのに、オレの他には誰もいない。
「ねえ、ねえ、ウォルフガング!」
その声に振り返った俺は目を疑った。こちらにやってくるヴィーがなぜかジュリエットの衣装を着ている。
「どうしたんだ、そんな格好をして!」
「僕もよくわからないんだ。この衣装を着て講堂へ行かないと落第させるってゲインズブールに脅されたんだよ」
「あのクソ教師!何を企んでいる?」
「何も企んでなんかいないよ」
と声がして下手の入り口からキンバリーが出てきた。
「明日の最終チェックだよ。フロアの状態を確認したいから、ちょっと二人で踊ってくれないかな」
「踊るってヴィーと俺が!?」
そうと頷くキンバリー。
「…それで僕はこんな格好をさせられたの?」
再び頷くキンバリー。
急に鼓動が早くなった。
ヴィーとオレが踊るのか?こんなに可愛いジュリエットの格好をしたヴィーと?
この扮装のヴィーの可愛さはその辺の女子を軽く凌駕する。
ヴィーとはずっと友達をやってきた。
…だけれどさすがにこれは。この可愛さはいけない。
こんなに可愛いヴィーの手を握り踊れというのか。
まずい、お化け屋敷で繋いだ手を思い出した。
冷静にリード出来る気が全くしない。
だがカッコ悪いところを見せるのは嫌だ。
がんばれ、オレ。
「先生」とヴィー。「僕、女子パートは踊れないよー」
あっけらかんとした声に、膝から崩れ落ちるかと思った。
そりゃそうだよな!
◇◇
と思ったところで目が覚めた。
どうやら夢だったらしい…。
夢なら踊れる設定にしろよ!
バカっ!
☆☆後書き☆☆
本編、幕間のどちらでもないので、こちらにアップしてしまいました。
夢の中まで苦労性のウォルフガングでした。




