2章・19 キンバリー先生
その夜に、先生からあたしとミリアム宛てに手紙が届いた。何一つ問題は起きてないから、安心するようにって書かれていた。
細やかな気配りにますます先生が好きになる。
手紙を読んでいたのは談話室で、暖炉そばではフェルとアンディがチェスをしていた。エレノアは母様の元に行っていていない。
先生のことを考えて、思わずアンディの顔を見た。
あたしの疑問を敏感に察知したのか、うんざり顔の元恋人は、
「復縁はないぞ」
と言った。
「そうじゃないよ。キンバリー先生にも幸せになってほしいけど、先生にとっての幸せってなんだろうと思ったんだ」
そうねとミリアムもうなずいた。
「そんなもの、当人に尋ねなさい」
とフェル。その通りなんだけどさ。
「きっと教えてくれないよ」
なんとなく、そんな気がする。
ヴィーちゃんと話していたらとか、シュタイン家のお菓子を食べていたらとか、そんなことを言ってはぐらかしそうだ。
「先生、大変そうなんだもの」とミリアム。
「好きでやってるんだ」とアンディ。
「そうだよ。ご両親は他の仕事もお見合いも勧めているからね」とフェル。
あたしとミリアムは顔を見合わせる。
「他でも働けるの?」とミリアム。
「医者の資格も持っているから、働き口はあるぞ。女だからどこに行っても苦労はあるだろうが」
アンディの話によるとキンバリー先生は早いうちから一人で生きていく覚悟をしていたそうだ。シュシュノン学園に入る前に医者の養成学校に父親のコネで潜りこみ、学園在学中も放課後に通い、卒業後は一年間研修をして医師免許を取得したらしい。極めて異例で、周囲からはかなりの反発や、いやがらせを受けたそうだ。
「先生、かっこいい」とミリアム。
「なかなかの傑物だよ」とフェル。
学園に勤めているのは、医師としとて働くための準備だそう。なにしろ国の16歳から18歳の全貴族が通う。顔を売り顧客獲得するには良い現場だ。
なかなかにしたたかだ。
だけどその分、学園の男性教師たちからは疎まれているらしい。女のくせに、と。
「あれだけ嫉妬されているのに、しっかり教授職を取ってるしな」とアンディ。
「教授職って何?」とあたし。
教師には普通の教師と格上の教授の二種類のランクがあるそうだ。当然教授のほうが権限も名誉も給料も上だ。
とはいえ誰でもなれるものではなくて、幾つもの論文提出と教授の推薦が必要で、更に内務省にある魔法学科の審査を受けなければならないそうだ。
「ゲインズブールは?」とあたしは訊いた。
「ただの教師だ」とアンディ。
「その割に態度は大きいね」
あたしの言葉にくすりと笑うミリアム。
「今、教授職をとるので必死になってるよ」とフェル。
「そうなの?魔法にしか興味がないんじゃないの?」
「権限が違うからね。彼は魔力が少ないことが不利だけど、マリアンナの指導がうまくいけば功績が加味される」
なるほど。だからあんなに指導が厳しいのか。やっぱり、マリアンナに少しは同情するな。
「でもそれで倒れちゃうところがダメ人間なのかな?」
そうねとうなずくミリアム。
「ああ。カッツが風邪で屋敷に強制送還だって?」とフェル。
「…なんで知ってるの?」
フェルは内務省に勤務しているけど、国政に関わる部署だ。管轄が違う。
「君たちが通う学園の情報は網羅している」
ドヤ顔のフェル。
ミリアムと顔を見合わせた。お互いにビミョーな表情をしている。
これで本当にエリートなのだろうか。
「…キンバリー先生がそのことで呼び出されたみたいだけど、知っている?」
フェルはうなずいた。
「本当に先生が叱られるの?大丈夫なの?」とミリアム。
「まあ、大丈夫だよ。カッツが魔法指導に優れているのは事実で、そのカッツのサポートができるのはキンバリーしかいない。他の教師では手に負えないみたいでね」
あたしは春にゲインズブールに呼び出されたときのことを思い出した。
魔法書に夢中だったゲインズブールに、鬼の形相で怒鳴られたキンバリー先生は、まったくもって動じてなかった。
だけど同僚の教師たちでは、あんなヤツのサポートにつくのは、プライドが許さないだろう。
「マリアンナの特別指導がある限り」フェルは話を続けた。「キンバリーは叱責されても切られることはないよ」
「…それって都合よく使われているだけじゃない」
ミリアムが怒気をにじませた声で言った。
「そうだね。でも、どこにでもあることだよ」
な、とフェルはアンディに言い、アンディもチェス盤を睨んだまま頷いた。
「利用されるのが嫌なら、もっと上の立場に登っていくか、仕事を辞めるかしかない。あの学園で働いている以上、ナターシャは覚悟を決めてるぞ」
あたしはミリアムと視線を交わした。
ナターシャ。
チェスに集中しているからか、アンディはキンバリー先生の名前を言った。いつもは名字で呼ぶのに。
本当に、付き合っていたんだ。
「アンディが先生と付き合っていたのっていつ頃なの?」
あたしの質問に、チェスから目を離さないアンディは、いつだったかな?と質問で返した。
「お前は回転が早すぎるんだ」とフェル。「せめて覚えていられる範囲にしてくれ」
「最低」と顔をしかめるミリアム。「やっぱりキンバリー先生にアンディはもったいないわ」
「僕もそんな気がしてきた」
「だから、ないって言ってるだろ」とアンディ。
あたしは卓上の手紙を見た。
上品な香りがする高級な便箋に、書かれている文字も美しい。この手紙だけを見れば、書いた人物は身分が高く品の良いご婦人だと推察するだろう。
キンバリー先生の庶民的な口調や豊かな表情は前世の名残かと思っていたけど、違うのかもしれない。
この古くさい世界で女性ひとりで生きていくために、せめて同性の敵をつくらないようにあえて完璧美女にならずにいるのではないだろうか。
なんだか切なくなって、でもキンバリー先生はそんな風に思ってもらいたくないだろうなと考えて。
あたしは先生の応援団になろうと決めた。
「ねえ。ヴィー」
「なあに。ミリアム」
「わたしね、考えたの」ミリアムは目をキラキラさせている。
「キンバリー先生を応援するの」
「すごい。僕もそう考えたところ」
さすが双子、とあたしたちは手を取り合う。
「僕たち、宰相の子供だもんね。こんなときぐらい肩書きを利用しなくちゃ」
「そうよ。わたしたちが先生を大好きなこと、もっとアピールしましょ」
「また夏休みみたいに、お茶に来てもらおうよ」
「素敵。女子会にしましょう。ヴィーは特別枠ね」
「いいね、いいね。たくさんお菓子を用意しようよ。あ、僕もプリンを作ろうかな」
「いいわね!一緒に作りましょ。みんな驚くわ」
二人できゃっきゃと計画を考えていたら、フェルがぼそりと
「のんきな双子だなあ」
と呟き、アンディが
「兄妹でバランスがとれているんだろ」
と返事をしているのが聞こえた。
「兄妹でバランスか…」とフェル。「常々、なんでエレノアの一途さがお前にないのか不思議だったのだが、なるほど、そういうことか」
「…遠回しににのろけるなよ」
と苦笑いのアンディ。
「あっちも、仲がいいよね」とあたし。
「本当に」とミリアム。「いいバランスだわ」
あたしたちはこんなにたのしい夜を過ごしているのに。
キンバリー先生は毎日寮で一人でいるのかな。
週末にお泊まりを誘ってみよう。
あ。あたしはダメかな。
一応、男子だし。
ミリアムに頼んでもらおう。




