幕間・赤毛と怒りんぼう
赤毛のウォルフガングの話です。
ヴィーは朝からずっと怒っている。
三歳児のようにぷんぷんと。
三学年合同委員会のときは、一応普通にふるまっていたのだが、終わったあとに三年生からクリスマス会の申し込みをされたものだからまた、三歳児に戻ってしまった
一年生用の委員会室に流れてからは、不機嫌を隠そうともしない。
「一体どうしたんだ、ヴィーは」
とバレンがオレに尋ねると、ヴィーはキッとオレをにらんだ。とんだとばっちりだ。
「ついにお前がなんかしでかしたのか」
ニヤニヤするバレン。なんだよ、ついにって。
「オレは関係ない」
「イケメンは消えてなくなれ!」
とヴィー。
他の面々も不思議そうにヴィーを見る。
口をへの字にしたヴィーだったが、ディアナにお菓子の鉢を目前に出されて、観念した。
「ひどいんだよ!僕、今日だけで六人からクリスマスのダンスを申し込まれたんだ」
みんなは顔を見合わせる。
「どこがひどいの?」とディアナ。
膨れっ面のヴィー。
「全部、男」
オレの言葉にみんなが驚きの声をあげる。
「ありえないよ!」とヴィー。「ジュリエットで踊ってください、って言われるんだ!」
ぶっとバレンが吹き出した。
「なるほど、劇か。あれで血迷ったヤツらが申し込んできたってことか」
そうなんだと頷くオレ。
「ジュリエットもなにも、クリスマス会は制服だよね!どうしろって言うのさ!」
更に吹き出すバレン。
「それでもヴィーと踊りたいってことか?血迷いすぎて忘れてるのか?」
「知らないよ!」
毎年クリスマス会の服装は個人が好きなものを着られたらしいのだが、なぜか今年から体育祭同様、制服着用になったそうだ。
それでも、と言うかなんと言うか。
ヴィーは朝、登校早々に三年生男子に申し込まれたのを皮切りに、さっきのヤツまで都合六人、わりと真剣にダンスを申し込まれている。真剣なぶんたちが悪い。
「クラスの男子にもかい?」とキース。
「いや、さすがにいない」とオレ。
「まあ、そんな度胸のあるヤツはいないよな」
バレンはくっくっと笑う。
いつだったか劇の練習にフェルディナンドがやって来て男子供に睨みを効かせたことは、一年生の間では有名エピソードだ。
双子を溺愛するあの馬鹿兄を、敵にまわそうという強者はなかなかいないだろう。
「喜べ、それだけお前のジュリエットが完璧だったってことだ」とバレン。
こいつは時々すごく真っ当なことを言う。
ヴィーは仏頂面のまま、口の端だけわずかににやけた。なんてチョロいヤツ。
「…ミリアムが女子として完璧なおかげだよ」
「ナイスコンビネーションだったわけだ」
バレンは鉢に手を伸ばすと菓子を取って
ヴィーの前に置く。
「ほら、褒美だ」
「…ありがと」
お前、そいつに何をされたか忘れたのかと言ってやりたい。
だが、オレも同じことをしているので、何も言えない。
「せっかくだから、俺も申し込もう」
「はぁっ!?」
バレンの言葉に途端に目を険しくするヴィー。
「余興で喜ばれるかもしれないぞ」
「ばっかじゃないの!!」
オレはヴィーの肩に手をおいて宥める。
「からかわれているだけだ。いつもの意地悪だぜ」
笑いが止まらないバレンと、いい加減にしろと叱るキース、膨れるヴィー。
「バレンなんか嫌いだ!さっさと国へ帰れ!どうせかわいい女の子にたくさん申し込まれてウハウハなんでしょ 」
「当たり前だ、俺は顔も性格も素晴らしい上に、ペソアの王子だぞ」
キースが苦笑している。
「イケメンなんて嫌いだ」
「ヴィーだって、ものすごい美少年よ」とディアナが慰める。
「だが中身がガキだからな」とバレン。
「で、」とバレンはオレを見た。「ヴィーの世話係は?モテモテで、余計にヴィーが膨れているのか?」
「そうだよ!」
と素直なヴィー。
待て。そこは突っ込め。オレは世話係じゃない。
「腹立つよね。ミリアムの手下のくせに!僕なんて男子からしか申し込まれてないのにさ」
あら、とディアナ。
「ヴィーは素敵なのにね」
「…ありがとう」
ディアナに褒められて、それとも不満をぶちまけて、少しは落ち着いたのか、ヴィーは一息ついて菓子に手を伸ばした。
そもそもこの菓子鉢はヴィーが持ち込んだものだし、補充しているのも消費しているのも断トツでヴィーだ。
「まあ、僕はミリアムとしか踊らないからいいんだけどさ」
「なんでだ?」とバレン。「またあいつ、ヴィーじゃないと嫌だと駄々をこねているのか?」
違うよ、とヴィー。ため息をつく。
「ミリアムはもともと人見知りで他人が怖いんだ。学校に入ってだいぶよくなったけどね」
「朝から、彼女も申し込みをたくさん受けてたんだよ」とオレ。
それも主に上の学年から。見知らぬ男子が次々と訪れる状況に、ミリアムの顔はどんどん強ばっていった。見かねたヴィーとアルが彼女の盾になり、すべて二人が断りを入れていた。
結局ミリアムは、当日ヴィー、アル、ジョー、レティの四人がガードすると決めたようだ。
クラスの男子には残念がっていたヤツらもいたが、男子は一律にシャットアウトにしたほうが、角がたたないだろうという判断らしい。
「モテるのも大変ね」とディアナがため息をつく。
「君だって朝イチで申し込まれていただろ?」とティントレット。
「私は」と彼女は顔を赤くした。「たくさんじゃないもの」
「え、なになに。詳しく!」
ヴィーが身を乗り出す。
「そろそろ仕事」
オレがビシリと言うとヴィーは恨めしそうな目を向けた。
それでも手元の資料を開く。
「いいじゃないか。今日の僕はやさぐれているんだよ。楽しい話題がほしい」
自分でやさぐれてると言うか。
「じゃあ、ほら、世話係。兄上に迎えに来るよう手紙を送ってやれ」とバレン。
なんでオレが。
「アンディは夜勤」とヴィー。
「…お前、あいつの勤務を把握してるのか?」と呆れ顔のバレン。
「うん。面倒だから勤務表をもらうことにしたんだ。あ、ウォルフガング、お説教はいらないよ」
…先に封じられてしまった。
「面倒だからって。どんだけ甘いんだ」
バレンの意見に賛成だ。
「いいんだよ。使用人たちも助かるから」
「お前の屋敷に住んでるのかよ」とバレン。
そうだそうだ。
「もう、うちの子になっちゃえって言ってた」
否定はしないのか。
「フェルディナンドさんも親友には甘いな」
そんなオレの言葉に返ってきたのは。
「違うよ、父様」
ヴィーの言葉に唖然とする。
宰相をしているシュタイン公爵にはあまり会ったことはないが、威厳あるお堅いイメージだ。
だが超絶過保護と噂されているのだ。身内と身内同然の息子の親友には激甘らしい。
「あ、内緒ね」とヴィー。「一応、父様は静観する立場をとっているから。でもうちで過ごしているんだから、どっちの味方か公言してるようなもんだよね」
それもどうかと思う。
騎士団長のやり方は極端だが、言っていることは普通の父親だ。
「ブルトンさんのこと?」とディアナ。「うちの弟たちも少年団でお世話になっているから、心配してるみたい」
キースとティントレットも頷く。こいつらも少年団出身だからな。あの人が父親から絶縁をちらつかされていることを知っているのだろう。
「小隊長なのにきちんと指導してくれるって、慕っているみたい」
ディアナの言葉にヴィーは嬉しそうに頷いた。
「アンディは苦労したみたいだからね。自分がした意味のない苦労を、下の世代にはさせないっていう考え方なんだ。…って父様が言ってたよ。当たり前だけど、すごいことだっていつも褒めてるんだよ」
まるで自分が褒められたかのような顔をするヴィーを見て、少し、反省をした。
あの人のずば抜けた能力を、騎士の家系だからと考えたことはある。
オレは商人の息子で、スタート地点が違うのだ。だからこその大きな差なのだ、と。
常日頃ではないがたまに気分が落ち込むと、そう考えて自分を納得させていた。
結局それは、不甲斐ない自分への言い訳だ。
「でも大丈夫だよ」とヴィーはディアナにっこり笑った。「心配ないよって弟さんたちに伝えてあげて」
仕事しようかと資料に目を落としたヴィー。
「そうだ」とすぐに顔をあげる。「あとでディアナの話を聞かせてよ」
◇◇
委員会を終えて帰宅する馬車の中。
乗り込み扉を閉めるとすぐに、ヴィーは大きなため息をついた。
「すっかり遅くなっちゃった」
ヴィーがこんな愚痴を言うのは珍しい。疲れたかと尋ねると、違うと答えた。
「王宮に行きたかったんだ。でももうこんな時間だからね。諦めるしかないや」
「何か大事な用があったのか?」
それなら遠慮せずに先に帰宅してよかったものを。
「いや、そうじゃないよ。レティと話したかっただけ。ミリアムにあとで教えてもらえばいいんだけどさ。直接聞きたかったなって」
なるほど。
今日のレティとジョーは今までとは違った。
ジョーはいつもに増してレティのそばばかりにいて、レティはレティで始終幸せそうな顔をしていた。
気になってレティの袖口をよく観察していたら、ちらりと見覚えのあるリボンが見えた。確かに先日まではなかったものだ。
どうやらジョーが、ようやく恋人たちの護符をプレゼントしたようだ。
いつも以上にラブラブな二人に気づいた双子は、何があったかレティから話を聞きたかったのだろう。
ヴィーはけっこう他人の恋バナが好きだ。休み時間にはよく女子にまざって話している。
だから女子から友達としか認識されず、ダンスも誘われないのだ。本人はまったく気づいてないようだが。
「でもさ、おかしな話だよね。婚約者がいるジョーだってダンスの申し込みを受けているのに、なんで僕はないんだろう?。やっぱり男らしさが足りないからだよね」
「…誰もお前にそんなものは求めてないと思うぞ」
でもさあ、とふて腐れるヴィー。プライドってものが、なんて言っている。
「じゃあ聞くが、お前は踊りたい女子はいるのか?ミリアム以外で」
「意地悪な言い方だなあ」
「いるのか?」
「…キンバリー先生」
「絶対に今、考えただろう」
「…まあね」ヴィーはため息をついた。「確かに女子と踊りたいわけじゃないよ。あまりに男子から申し込まれて、女子からはゼロだから、不安になっただけ」
…それはそうか。周りは笑っていればいいけど、当の本人からしてみれば異常な出来事だろう。
「前に言われたんだ。顔もしゃべり方も女っぽいって。ウォルフガングにも入学前に仕草をどうにかしたらって指摘されたよね。気をつけているつもりなんだけど、なかなか直らない」
確かに言った。ヴィーがあまりに自分の外見を気にしているから、つい余計な助言をしてしまったのだ。
「…あれは、悪かった。ヴィーはそのままでいい」
「…うん」
ヴィーが本当に納得しているかはわからない。きっと今日一日でだいぶ傷ついたのだ。なんでオレは気づかなかったんだ。
「…誰がお前に女っぽいっなんて言った?」
ヴィーにそんな嫌みを言えば、ミリアムたちが黙っていない。間髪入れずにオレを平手打ちしたように、すぐさま反撃するはずだ。
『かわいい』はいいのだ。だが『女っぽい』は彼女たちの前では禁句だ。だからクラスのヤツらは間違っても言わない。
ヴィーは質問に答えず、顔を車窓に向けた。
「ミリアムが知るとまた怒る」
「誰にも言わない」
「ウォルフガングのことは信用しているよ。でも、僕のことでミリアムを煩わせたくないんだ。今のは口が滑った。お願いだから忘れて」
そういう問題じゃない。ミリアムたちやオレの知らないところで、ヴィーがひどい言葉を投げつけられたことが問題なのだ。
…そう言ったら、また『僕はそんなに守ってもらわなくて大丈夫』と怒るだろう。
「ヴィー」
「なに?」
「困ったことがあったら、すぐ言え」
ヴィーはオレを見た。
「みんな、フェルやアンディが甘すぎるってすぐに言うけどさ…」
「ん?」
「みんなもかなり僕に甘いよね」
同い年なんだけどなあ、おかしいなあ、とぼやくヴィー。
「…マスコットキャラだからしょうがないんじゃないか?」
なんだと!?と険しい表情になるヴィーを見て吹き出す。
「アルはお前にぴったりなことを言ったよな」
ひどいよ、と三歳児のようにぷんぷん怒るヴィーに笑う。
明日。アルとジョーにヴィーが傷ついていると話そう。対策を練らないといけない。
読んで下さってありがとうございます。
次回、本編に戻ります。




